第8話
探索は続く。
八尺洞窟はダンジョン化によって拡大しているらしく、想像以上に長く続いていた。
スカーレット、アズマ、そしてコハルは、ポインターを一定感覚で配置しながら、何かないかと探索を続ける。
「………ねぇ、漫画家さん」
「何です?」
そんな中、スカーレットがコハルに話しかけたのは、ある疑問が浮かんだからだ。
「ここら一帯の歴史については、もう調べたのよね?」
「ええ、全てではありませんが」
「じゃあ………ここに、昔外国人が来たとか、そんな話はある?」
「えっ?」
話を聞いたコハルは、フム、と少し考える。
取材の際に得た知識は、今も頭の中にある。
そして、検索の結果は。
「………とくに、そんな記述はありませんでしたわ、でも、それが何か?」
「ええ、それならいいわ………うん」
スカーレットは何か引っかかるようではあったが、コハルがそれ以上追及する事はなかった。
アズマもまた会話に割り込む事はなく、黙々とポインターを落とし続ける。
「………んっ?」
「アズマ君どうかした?」
「いえ、何も………」
アズマもまた、何か違和感を感じたが、それ以上は何も言わなかった。
ただの気のせいだと、僅かな気味の悪さの中で片付けたから。
………………
しばらく歩き続け、たまに襲いくるモンスターを倒したりしながら、コハルとはみだしテイカーズの二人は探索を続けた。
けれども、あるのは岩の壁かモンスターだけで、妖怪所か、何かがいたような痕跡すら見つからない。
モンスターでさえも、見たことのない新種だとか、件の妖怪と似通った特徴だとか、高レベルの強敵ですらない、
ゴブリンやスライム、そして最初に現れたタラテクトのような、どこのダンジョンにでもいる雑魚モンスターばかり。
根気よく何かないか探したが、八尺洞窟は、どこまでいってもよくある低級ダンジョンであった。
正直、期待はずれであるが、この手の伝承の類いなど、実際こんなものである。
「………帰りましょうか」
もう何匹目になるか解らないスライムの亡骸の前で、コハルが呟いた。
諦めたのだ。
口では言わないものの、がっかり、と顔に書いてある。
「ま………まあ、オカルトなんてそんな物よ、漫画家さん………」
「妖怪がいない事にがっかりしてるんじゃありませんの………何のインスピレーションも得られなかった事に、がっかりしてるんですのよ………」
ズーン、という効果音が聞こえてくるようだ。
がっくしと肩を落としたコハルを見ていると、創作に関わっていないスカーレットもアズマでも、彼女の心中を察する事ができた。
しかしながら、創作に関わっていないが故に「少し大げさでは………?」とも思ったりしたが。
「これ以上は無意味………帰りましょうか、付き合わせてごめんなさいね」
「い、いえいえ………」
肩を落としたコハルと共に、ポインターを回収しながら帰路につくはみだしテイカーズの二人。
立ち入り禁止区域に入るという犯罪を犯しているワケだから、捕まらない為に証拠は消さないといけない。
憤りを覚える読者諸君もいるだろうが、どうか抑えて頂きたい。
これは、犯罪行為を助長する目的で書かれた作品ではないのだから。
「………んっ?」
ポインターを回収していたアズマであったが、ふとその視界に妙な物が入った。
「スカーレットさん、コハルさん………あれ」
スカーレットとコハルも、アズマが指差す先に目をやる。
そこには、八尺洞窟の壁に開いた、横穴が広がっていた。
一瞬、ただの横穴だと思ったが、Dフォンに表示されたここのマップを見て、二人もその異常性に気付く。
「………ポインターが撒かれてない?」
「はい………」
八尺洞窟を進む目印に、通った場所に撒いたポインター。
だが、眼前に伸びる横穴には、そのポインターの反応がない。
しらみ潰しをするように探索し、その度にポインターは撒いた。
見落としたルートがあるとは考えにくい。
「ちょっと………まさか新しく開いたなんて言うんじゃ………いえ、ダンジョンなら」
スカーレット自身はまだ経験した事はなかったのだが、特定の条件を満たす事で新しいルートが解放されるダンジョンがあるらしいというのは、風の噂に聞いている。
所謂「隠しダンジョン」というやつなのだが、まさか、八尺坂洞窟がそうだと言うのだろうか。
「で………どうします?」
「どうって………」
一同は、しばらく考える。
確かに、ついさっき帰ると宣言したばかりだが、そもそも今回の
仕事内容は護衛だが、その大元の目的を考えるなら、やる事は一つ。
「………行きますわよ」
「では」
「………うん!」
アズマがポインターと魔法の準備。
前衛のスカーレットとコハルが各々の武器を構え、未知のルートへの一歩を踏み出した。
………………
「おかえり、ぼうや」
………………
何か、声のような物が聞こえた。
今度はアズマだけでなく、スカーレットにも、コハルにも聞こえた。
その、「誰だ?」と反応した一瞬。
注意を、目の前から離した、ほんの一瞬の出来事だった。
「………は?!」
スカーレットとコハルは、眼前に広がる光景に目を疑い、そして見開いた。
さっきまで、目の前に広がっていたのは八尺洞窟の岩肌だったハズだ。
だが今はどうだ。
地面は気の床へと代わり、岩の壁は漆喰か何かのような白い壁といくつもの紙の引き扉に。
天井には障子張りのランタンが吊り下げられ、光源となっている。
「な、何よこれ………!?」
早変わり、なんてレベルではない。
つい先程まで八尺洞窟の暗闇にいたハズのスカーレットとコハルだが、気がついた時にはどこかの屋内にいた。
まるで、高級な旅館の一角というか、日本文化に被れた下品な金持ちの住むお屋敷にありそうな、そんなどこかの屋内に。
なんとなくコハルは、自分の作品で以前に書いた「遊郭」にも似た雰囲気だと感じていたが、そんな事を気にしている場合ではない。
「幻覚………ではなさそうね」
「ええ、意識がハッキリしていますもの」
モンスターが幻覚魔法を使ったのではとも思ったが、スカーレットは経験から、コハルは知識からそれを否定する。
幻覚魔法………幻を見せる魔法というのは、音波なり薬物なりで対象者を一種の催眠術にかけた状態にふる魔法だ。
その性質上、相手は夢遊病のような状態になる為、今のように意識がハッキリしているような状態になる事はあり得ない。
ましてや、知性のないモンスターがやるような魔法なら、なおのこと。
つまり、今スカーレットとコハルの眼前に広がる光景は夢でも幻でもなく、列記とした現実である。
「ワープでもしたの?!だとしてもここは………!?」
「新手の
あまりにも奇々怪々すぎる状況に、警戒し、混乱しつつも辺りを見回すスカーレットとコハル。
「アズマ君、私から離れないで………」
そしてここで、もう一つの事に気付いた。
それは。
「………アズマ君?」
呼び掛けるも、答えは帰ってこない。
振り向くも、そこに姿はない。
自分の後ろにいたハズの小さな少年は、姿も声もなかった。
「どうしましたの?」
「アズマ君が………消えた!?」
早速、この状況の犠牲者が一人出た。
秋山東が、その姿を消して………八尺坂にいくつも張られた手配書のように、行方を眩ませてしまったのである。
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