第7話
八尺洞窟。
いつの頃からか、そんな名前で呼ばれるようになったこの洞窟には、ある言い伝えがある。
ある武家の次男坊が、跡取りである長男や家族から「出来損ない」だといたぶられていた。
ある病気で刀が握れなくなったが為だが、その時代は戦えない男には尊厳はない物とされていたからだ。
最初はからかいや小突く程度だったものが、次第に食事を抜かれたり、出会い頭に殴られるようになった。
酷い時には刀で斬りかかられ、治療もされなかったという。
つまる所、憂さ晴らしの為に一人を犠牲にしていたのだ。
そんな扱いを受け続けてまともで居られるワケがなく、次男坊はついに気が触れてしまった。
これに対して武家は、次男坊を地下牢に幽閉し、食べ物も飲み物も与えず飢え死にするのを待った。
残酷なようだが、今ほど余裕もない時代では当然の事であった。
ましてや、外面と面子を気にする武家とあれば、なおのこと。
それから数日。
最初は喚き叫んでいた次男坊も、いつしか疲れ果てたのか静かになった。
ようやく、面倒な奴が死んだ。
その日の夜は、
その最中。
武家の屋敷に、無数の蛾が襲来した。
蛾の大群は、まるでそれが一つの意思を持っているかのように、地下牢へと向かっていった。
武家の人間たやたそれを追うと、地下牢の前で蛾が女の姿ヤミノビジンやたわたたゆわ、なんと素手で牢を破壊。
既に虫の息であった次男坊を抱き上げると、再び蛾の大群に戻り、次男坊を連れて夜の闇へと消えていった。
翌日。
蛾の大群が消えた方角へ、武家が山狩りに向かった。
先も語った通り、武家の面子の為だ。
もし次男坊が生きていれば、自分達がしていた所業が知れ渡る事になる。
そして、次男坊の履いていた鞋が、ある洞窟の前に落ちていた。
その洞窟こそ、八尺洞窟である。
………………
………その、八尺洞窟。
ダンジョンでありながら、立ち入り禁止区域として封鎖され放置されていたそこは、当然ながらスカーレットが入り慣れたダンジョンのような整備はされていない。
自然のままの洞窟が、魔力によって拡大し、広がっているのだ。
ので、この八尺洞窟がどれぐらいの難易度のダンジョンなのかは解らないし、過去の攻略情報を役立てる事も出来ない。
当然ながらマップはないので、目印となるポインター………未知のダンジョンの調査に使われるアイテム、通った場所に自動的に配置される目印………を撒きながら、一同は慎重に進んでいた。
………キキィィ!!
しかし、敵は現れる。
中型犬ほどの大きさの、甲殻に覆われた蜘蛛のようなモンスター。
名を「タラテクト」。
和名「ヨロイグモモドキ」。
名前の由来は、ファンタジー作品に登場する蜘蛛のモンスターである。
だが、学名のパグールス・テレストリスから解る通り、外見は蜘蛛のようでありながら生物学的には甲殻類………特にヤシガニやヤドカリに近いモンスターである。
故に、顔の周りには小さなハサミがある。
………まあ、蜘蛛も甲殻類に近い生物ではあるのだが。
キキィィ!!
キィィ!!
そして、危険性はヤシガニ以上。
その鋭い脚は、人間の表皮など容易く切り裂くダガーナイフ。
それが、甲殻に覆われた筋肉をバネにして、飛びかかってくる。
タラテクトは糸は出さない。
その代わり、ハエトリグモのように飛びかかり、その鋭い脚で切り裂くのだ!
「罠のつもり………ですわね?」
しかし、そんな事は知っている。
スカーレットは勿論の事、コハルでさえも。
ある程度テイカーをやっていれば、知識面ではそれぐらい身に付く。
大事なのは身体が………経験を積み、それに対応できるかだ。
「遅い!」
コハルは早かった。
右手にダゴン、左手にハイドラを握り、引き金を引く。
ズダダダダッ!ダゴンより吐き出される火属性の弾丸。
バババババッ!ハイドラより吐き出される水属性の弾丸。
二丁のマジックガンより放たれる弾丸は、迫り来るタラテクトを次々と撃ち貫き、物言わぬ屍へと変える。
その様は、まるで舞を踊っているようであり、振り袖と裾が鳥の翼のようにはためき、二つのバストが弾む。
キキィィ!!
張られる弾幕の嵐の中、その死角を縫って一匹のタラテクトが飛ぶ。
せめて、コハルに一撃を浴びせようと。
しかし、コハルはしたたかな女であった。
「遅い!」
キキィ!?
ばきんっ!
と、飛びかかってきたタラテクトを、爪先で蹴りあげた。
そして、I字バランスの形に開いた足の先………ショットブーツの厚底に空いた穴を、蹴りあげられたタラテクトに向ける。
ガウンッ!!
瞬間、厚底より放たれた魔力の銃弾が、タラテクトの脳を撃ち抜いた。
ショットブーツは、内部に魔力弾幕を発射する小型マジックガンが内蔵されているのだ。
不意打ち用、との事だが正直使いこなしているテイカーはほとんど居ない。
しかし、コハルは易々と使いこなしている。
やはり、彼女は天才としか言えない。
「すごい戦い方だ………」
アズマも、自分の出番がほとんど無かった事もあり、素直に驚いていた。
立ち入り禁止区域に入っている手前、その戦いを録画する事も、倒れているタラテクトを魔力にして持ち帰る事もできない。
が、もし彼女の戦いを動画に出来たなら、きっと今まで以上の再生数と広告収入を得る事が出来るだろう。
このタラテクトの亡骸だって、魔力に換算すればしばらくは生活に困らない。
ヴィンテージの外車………それもコレクターが喉から手が出る程欲しがるようなそれだって、買えてしまうだろう。
「たしかに、すごいわね」
「スカーレットさんも、そう思いますか………」
それは、テイカーとしてはこの中で一番のベテランであるスカーレットからしても、そうらしい。
「ええ………すごいパンツだわ」
「はい?」
「見なかった?さっきキックした時に見えた、スケスケのすごいパンツ」
パンツの話かよ!
と、アズマは少しズッこけた。
しかし、コハルの持つテイカーの才能が、かなりの物である事には変わりない。
これだけの逸材が埋もれてしまう事に、スカーレットは改めて、日本の反テイカー感情の罪深さを思い知った。
「………あら?」
アズマとスカーレットがそんなやり取りをしていると、激戦を終えたコハルがある物を見つけた。
壁で蠢いていた小さな物を、なんだろうと手に取る。
見ればそれは、白く小さな小さなタラテクトだった。
「あっ、タラテクトの幼体ね」
気付いたスカーレットは、珍しい物もいるものだとそれを見つめる。
甲殻類であるタラテクトではあるが、卵にいる期間は通常の甲殻類より長い。
地球の甲殻類が孵化してから二段階ほど成長し親の形になる所を、第三形態の所謂「稚ガニ」の状態になって生まれてくるのだ。
親と違うのは、身体の大きさと、甲殻が脆い事だろうか。
コハルは、手に伸ばしてタラテクトの幼体をヒョイッと掴んだ。
そして、何を思ったのだろうと見守るスカーレットとアズマの眼前で………。
「………ぱくっ」
「「!?!?!?」」
食べた。
まるで、一口サイズのスナック菓子を口に放り込むがごとく、タラテクトを食べてしまったのだ。
ボリボリと甲殻を噛み砕く音を響かせるコハルを、スカーレットとアズマは愕然として見つめている。
「な、ななな、何やってんのよ!?」
「あら、タラテクトって美味しいんですのよ?チョコレートみたいな味がして」
確かに、モンスターもこちらの動物と代わらず、その身体を構成しているのはたんぱく質。
一部の国や地域では、モンスターを使ったグルメが人気でもある。
けれども、タラテクトはそのグロテスクした外見から、少なくとも食べようとする者はいない。
食べたという前例も聞かない。
………たった今のコハル以外は。
「それに、エビやカニだって食べてるじゃありませんの、あれと同じですわ」
「いや………そう………なの?」
スカーレットとアズマは思った。
確かに彼女は天才だ。
しかし、やはり天才と変人は紙一重なのだ、と。
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