第5話

コハルによってもたらされた財力は、結論から言うとはみだしテイカーズの力になった。

消耗していた装備を点検・整備に出せたし、コハルも宿泊しているという高級ホテルの部屋を得る事が出来た。


最高の環境で、最高のリフレッシュが出来るのだ。

………これからやる、犯罪行為に備えた。


スカーレットはkuluクールーで頭が三つあるサメが暴れる映画を見ながら、シャンパンをラッパ飲みしながらゲラゲラ笑っている。

アズマは、あの日のような「あやまち」が起きないようにと、ある場所に避難していた。


そこは、ホテルの大浴場だ。

地下から組み上げた温泉で満たされたそこは、学校のプール並みに大きく、中心に置かれたマーライオンの彫刻が口からお湯を吐き出していた。



「はぁ………」



湯船に浸かりながら、アズマは深くため息をつく。

時刻は深夜。

周囲に客はいない。

そもそも高級ホテル故に、はみだしテイカーズ&コハル以外、ほとんど泊まっていない。


以上の好条件から、 大浴場は貸し切り状態にも関わらず、アズマの心はぴくりとも動かない。


そりゃあそうだ。

装備が整備から帰ってくるまでの一週間、その間のインターバルが終われば、これから自分は立ち入り禁止区域への侵入という犯罪をやる事になるのだから。


それは日本人という、犯罪者への対応………司法ではなく、世間が向ける感情と私刑の恐ろしさを知る人種であるアズマならすれば、気分のいい物ではない。

あの時、大金とスカーレットの選択に吊られてYESを選択してしまった自分への自己嫌悪けいべつに苛まれ、湯船の中で踞る。


地下から組み上げた温泉を湯船に吐き出している、大浴場のマーライオンも、アズマには自分を叱責しているように見えた。

牙を剥いた顔で、少し昔に流行ったドラマのように「お前はゴミクズだ!」と吐き捨てているようにも見えた。



「………返す言葉もないよ………実際、僕はゴミクズだからね」



湯船に口をつけ、ブクブクと泡を立ててみる。

そんな物で気が紛れる訳もなく、アズマは相変わらず、マーライオンに睨まれ続けている。



………ガラリッ



ふと、大浴場の扉が開く音が聞こえた。

続いてヒタ、ヒタ、ヒタと、こちらに歩いてくる足音が聞こえる。

部屋を出てすぐの自分のように、誰もいない大浴場を独り占めしようとする客がいたのか?と、アズマは振り向いた。


そこには………



………さて、知っての通りアズマは男性である。

ので、当然ながらここは男湯である。

普通、他に客が入ってきたとしたら、男性が来たと考えるのが普通。


だが、振り向いた視線の先に居た存在は、男性と認識するのはいささか無理があるように感じる。

丸みを帯びた肩、豊満な乳房と尻肉、ぷっくりした唇。


どこをどう取っても、それはむっちりした女体であった。

と、いうか。



「あら、アナタも入ってらしたのね」

「わぶふっ?!」



コハルだった。

ベールのない素顔は、切れ長の目にアメジストのような紫色の瞳が輝いていた。


腹は少々緩んでいたし、乳房も垂れていたが、それがまた熟れた大人の色気をかもし出していた。



「失礼しますわよ」

「え?!い、や、あ、その!?」



コハルは、眼前に男のアズマがいて、かつ双方一糸纏わぬ全裸であるにも関わらず、何の躊躇いもなく隣に入ってきた。

何の恥じらいもなくである。



「し、失礼しまし………」



だが、アズマはそのままでは居られない。

彼の中の常識と善性が全身全霊で叫ぶ事に従い、とっとと湯船から逃げ出すように上がろうとする。



「お待ちになって、アズマ君」

「ひぃっ!?」



が、コハルは逃がさなかった。

そんなアズマの手をがしっ、と掴んだのだ。

まさか警察にでも突き出すつもりかと思ったが………



「少し、お話がしたいんですの」

「は、話………?」

「ええ、お付き合いいただけるかしら?」



………そうでもなかった。

とりあえず、人生終了せずに済む事は解ったが、アズマはこうも思った。


漫画家を初めとして、クリエイターの類いという物は変態の集まり。

というのは、あながち偏見ではないのかも知れない、と。


現にコハルは、アズマの隣でその艶かしい女体を晒しているにも関わらず、顔色一つ変えないのだ。





………………






大浴場の天井は高く、ぽちゃりと落ちた雫が水面を揺らす。

そんな中アズマとコハルは、二人並んで湯船に浸かっている。


裸を見られているのに、気にしているのはアズマだけという奇妙な状況の中、コハルが話を切り出した。



「………日本で、行方不明者って何人いると思います?」

「えっ?」

「8万人ですわ、一年間でざっとこれだけ」



アズマは気にしていなかったが、物凄い数である。

しかし、何故いきなり行方不明者の話をし出したのだろうか?



「もしかして、それも妖怪の………?」

「そこまでは解りませんわ」



天を仰ぐように、コハルが天井を見上げる。

その横顔は、どこか憂いを含んでおり、また達観しているようにも見えた。



「それだけの人数が毎年消えておきながら、何故誰も気にしないか、わかります?」

「さ、さあ………」



こちらを向き、見つめるコハルの視線は、まるで全てを見透かしているようだ。

一糸纏わぬ、陶磁器のように白く豊満な裸体も相まって、直視できず目を反らすアズマ。


しかしながら、彼女の言う事も気になる。

8万人もの人間が消えておきながら、誰も関心を持たないというのは、たしかに異常だ。

普通なら、ニュースになって広まっているハズなのに。



「………消えていい、と思っているからですわ」

「えっ………?!」

「言い方が悪かったですわね、消えた人間に対して誰も興味を持たないから、ですわ」



言い方をよくしても、これはとんでもない説である。

驚くアズマに対して、コハルは解説を続ける。



「例えばですが………酔っぱらいの男が運転している車が、幼い女の子を弾き殺したとして、どうなります?」

「………ニュースに、出るとか?」

「もう一つ」

「えっと………世間から叩かれますね」



そうした事例………というか、実際にそんな事件があった事を、アズマは知っていた。

連日、それに関するニュースが流れ、ネット上でも犯人の惨たらしい死を望む怨嗟の声が巻き上がったのを、覚えている。



「では………殺されたのがホームレスのおじさまだったら?」

「………あっ!」



アズマは、そこでハッとなった。

上記の女児が死んだ話は、事件から何年も過ぎた今でも蒸し返されている。


対する、ホームレスの例。

こちらも、事件が起きた際にはニュースにはなるが、それっきりだ。

誰も騒がず、それ以降ニュースにもならず、いずれ忘れ去られて消えてゆく。



「個人的に調べたのだけれど、この町で行方不明になった人達っていうのは、ほとんどが男性で、その多くが中年を過ぎたおじさま………そりゃあ、話題にもならないワケですわね」



言われてみれば、町に張られていた捜索手配書も、ほとんどが男性の物だし、子供もいたが成人の割合が多い。


小さな女の子と違い、歳を取った醜い男は、世間からかわいそうとは思われない。

だから、死のうが、行方不明になろうが、誰も助けてくれない。


残酷で、理不尽で、けれども大衆の産み出した物である「空気」。

コハルの微笑みは、それから目を反らして善人を気取る世間への、嘲笑にも見えた。



「………仮に、妖怪が居たとして、アナタ達はテイカーだからそれを倒すでしょうね」

「………おそらくは」

「もし倒したとしても、行方不明者が帰ってくる保証はないし、全てが解決するワケではありませんわ、それをお忘れなく………」



そんな事は、アズマにも解っていた。

故に、違うとは言えなかった。

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