第4話

「………この町には、八尺坂には「妖怪」がいる」

「「妖怪ぃ?!」」



何を言い出すのだと、スカーレットもアズマも目を丸くした。

そして、図書館で大声を出した事で視線を集めてしまった事に、バツが悪そうに縮こまると、会話を再開する。



「………何よ、妖怪って」



なんとも突拍子のない答えに、スカーレットは新しく質問を投げ掛けた。

まさか、昔に流行した腕時計の玩具がごとく、妖怪の仕業とでも言うのだろうか。



「よく聞いてくれました!」



スカーレットが視線でそう語っていたのを察したのか、コハルは新しい資料を、スカーレットの前に広げた。


一つは、最初に見せた風土記の別のページ。


戦国時代、八尺坂の前身となった村の若者が見たという、山に現れた物の怪モノノケについて記録されていた。



「子供を誘拐してゆくモノノケがいる、そう記されていますわ」

「モノノケて………」



証言を元に書かれた絵には、垂れ耳ロップイヤーの兎を人型にしたような、白い人型の怪物が描かれていた。

胸の膨らみや腰のくびれから、どことなく女性的な印象を受ける。



「それと、こちら」



次に見せたのは雑誌「アトランティス」。

都市伝説やUMA、怪奇現象やUFOといった「そっち方面」の代表的な雑誌だ。

そこには、70~80年代にかけて確認されたという、ある未確認生物の情報が記されていた。


記事には宇宙人として紹介されていたが、その姿。

全身が白い体毛に覆われ、二本の耳らしき物が頭から伸びた、人型の異形。

最初に見た八尺坂に出たというモノノケにそっくりだ。


更には、目撃された場所が八尺坂に集中してるというから驚きだ。

記事には「八尺坂には宇宙人の基地があるのでは?」とも記されている。



「ふふふ、まだまだありますわよ………」



それを筆頭に、コハルは様々な資料を見せつけた。

新聞、ネット記事のスクラップ、児童書、etc、etc………。


どれもが、UMAだとか宇宙人だとかの特集であり、その全てに八尺坂に現れたという謎の存在についてが記されている。


その全てに、白い体毛を持った耳の長い異形の存在が語られているという事は、共通している。

そして、子供を誘拐するという記述も、ちらほら見られた。



「………まさか、この町で起きてる誘拐騒ぎは、妖怪が犯人とか言い出さないわよね?」

「察しが良いですのね、その通りですわ」

「えぇ………」



スカーレットは困惑した。

行方不明者が続出する八尺坂の裏には、この耳の長い妖怪の存在がいるというのだ。


いくらなんでも、妖怪が犯人というのは荒唐無稽が過ぎる。

それこそ、そんな話は今時漫画でもやらない。


若干呆れた様子のはみだしテイカーズの二人だが、コハルは話を続ける。



「考えてもごらんなさい、確かにアンゴルモア・ショック以前は、怪物は空想の産物だった………でも、今は違いますわよね?」

「そう………ね」



コハルの言う通り、異世界からやってきたモンスター達は、どれも人間が夢想してきた架空の怪物達に似ていた。

ゴブリンしかり、スライムしかり、スケルトン、オーク、そしてドラゴン………。



「そして、1999年のアンゴルモア・ショック、あれが初めてじゃないとしたら………?」



それは、スカーレット達が数時間前に見ていた秘密結社御化倶楽部ひみつけっしゃおばけくらぶも語っていた説と同じ物。



「それって………カルトサイトでやるような内容じゃ………」

「所がぎっちょん、実は日本の東大やカリフォルニア大学でも研究が進められている仮説ですのよ?」

「マジ?」

「マジよりのマジですわ」



スカーレットは改めて、自分の無知を恥じた。

コハルが適当な事を言っているかもとも思ったが、こんな所で嘘を教えても仕方がない。



「現に、世界中の歴史で確認された超常現象はのいくつかは、アンゴルモア・ショックの小型版、という考えが有力てすわ」



現に、神隠しを初めとする奇っ怪な失踪事件の数々は、「あちら側」に吸い込まれたという説が学会では有力だと、コハルは語る。

なるほど、言っている事はぶっ飛んではいるが、やはり人気漫画家。

学はある事は、口調の端々から感じられる。



「へぇ………」

「ふふん♪」



………が、どや顔で語るコハルを見ていると、やはり何処か胡散臭く見えてしまう。



「………ここで、以上の話をまとめてみましょう」



さて、ここでコハルの主張を整頓する。


1999年のアンゴルモア・ショック以前から、その小型版や、未遂の出来事。

つまり、今世界に満ちているモンスターやダンジョン、魔力の故郷である異世界が、こちら側と繋がる出来事は起きていた。


その際に、ある一種のモンスターが地球にやってきた。

仮に、これを「妖怪A」と呼ぶ事とする。


妖怪Aは、どういう訳かここ八尺坂に住み着いた。

そして時折現れて、人間を連れ去っていた。

恐らく、食料にでもしていたのだろう。


直に、妖怪Aの存在は人間の知る所となったが、逆にそれが妖怪Aの隠れ蓑になってしまった。

なんせ、昔の人々はモンスターやダンジョン所か、魔力すら知らないのだ。


結果妖怪Aは、資料が示す通り「妖怪」「UMA」「都市伝説」として人々の間に広まった。

そんな形で広まってしまえば、世間からは|体験談や遭遇例は出るが基本は嘘として処理されるオカルトとして認識されてしまう。


最悪な事に、どうやら妖怪Aは知能も高いらしい。

自分から生まれたオカルトを隠れ蓑に、周到に、用心深く、人間を拐い続けた。


おそらく、種の存続が可能な程の数がいたのか、あるいは単体で生殖が可能な生物だったのだろう。

妖怪Aは、戦国時代から時代を越え、歴史の影に身を潜めつつこの八尺坂で人間を誘拐し続けていた。


そして。



「妖怪は………今もこの八尺坂にいる」



今もまだ、人間を拐い続けている。

行方不明事件の皮を被って。


そう考えると、スカーレットとアズマはゾッとした。

そんな狡猾で、恐ろしい存在がこの八尺坂に潜んでいる。


もしかしたら、自分を獲物に捉え、今この瞬間にも何処かからこちらを監視しているかも知れない。

根拠のない思い込みではあるが、そんな悪寒を抱かせるには十分な情報である。


………同時に、コハルが自分達を雇いたいといった言葉の真意も、なんとなく見えてきた。



「………ワタクシ、真意は別として、その妖怪に関する取材をしたいと思ってますの」

「で、その護衛に私達を雇いたいと」

「そゆコト♡」



ベールの奥でニッコリと笑い、コハルが次に取り出してきたのは地図。

この八尺坂の地理を示したマップであり、コハルはスッ、とその一点を指差す。

そこには「八尺洞窟」と書かれていた。



「八尺洞窟、この八尺坂に存在するダンジョンであり………危険なので立ち入り禁止区域になっている、そしてワタクシは一週間資料とにらめっこした結果、ここが怪しいと見てますの!」

「ちょい、ちょい待ち!」



なるほど、ダンジョンに入るとなればテイカーを雇うのも頷ける。

だが、スカーレットにはひっかかる所が一つある。



「………何か?」

「何かって、立ち入り禁止区域に入るって?」

「………そうですが?」

「バカッ!」



そう、コハルは立ち入り禁止とされている場所に入ろうというのだ。

言う間でもないが、未成年者であるアズマはもとより、スカーレットとコハルがやれば立派な犯罪である。



「あなた、テイカーを勘違いしてるんじゃないの?私達は、そりゃあ日本では後ろ指を指されるような職業だけれど、自分から犯罪をする程落ちぶれちゃいないわ!」



スカーレットの怒りは、ごもっともだ。

ただでさえテイカーというだけで色眼鏡で見られ、犯罪者予備軍のような扱いを受けたのだ。

それに「犯罪の共犯者になれ」なんて事を言われて、怒らないハズがない。



「残念だけど………あなたの依頼は受けられな………」



スカーレットが、コハルの依頼にNOを突きつけようとした、その時。



だんっ!



と、広がった資料の上に、コハルが何かを差し出した。

何かの束かと思ったが、その正体を知るや否や、スカーレットとアズマから言葉が失われてゆく。



札束である。



銀行員か、フィクションで無ければ一生見ない程の一万円札の束が、スカーレットとアズマの前に突きつけられたのだ。



「………スカーレットさん、アナタ、外国人にしては犯罪へのハードルが日本人並みですけれど………」



唖然とするアズマとスカーレットを前に、コハルはベールの中で不敵に笑った。

それは妖しく、暗く、そしていて妖艶で………



「こんな言葉を知ってます?「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」って………」



………狡猾で、卑怯であった。


コハルは知っているのだ。

テイカーという職業が、何かと金が湯水のように必要になるという事も。

自分には、それをなんの躊躇いもなく出せる程の財力もある事も。


そして………スカーレットもアズマも、大金を前に首を横に振れる程、聖人君子ではないという事も。

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