第3話
アズマは、この漫画を知っている。
この主人公も、敵も、絵柄も知っている。
むしろ、今の日本で知らない者はいないだろう。
「
「いかにも」
黒ずくめの女は特に否定もせず、堂々と言い切った。
………この「
それも、売れっ子の超人気漫画家なのだ。
今描いているのは、そんな彼女が名を広めるきっかけとなった代表作にして、
現在漫画雑誌「週間少年ジャック」で連載中の漫画「魔狩りの夜が来る」の一ページ。
歴史の闇で暗躍する邪悪な力を持つ吸血鬼と、それと特殊な呼吸法で力を得て戦う剣士達との戦いを描いた話。
女性漫画家とは思えない癖の強い画風や、独特の擬音から謙遜する者も多い。
が、人間讃歌をテーマにした熱いストーリーは、一度読んだ者を逃がさない。
今連載しているのは初代主人公の孫が活躍する第二部であり、
アニメも現在、1800年代のイギリスが舞台の第一部が放送中。
作者である彼女も作品共々乗りに乗っており、このご時世に、漫画の印税と給料だけで都内の一等地に家を建てたというから驚きだ。
「ウラサワ・コハル………ああ!「マガリ」の!?」
「そうです、そうです!」
外国人であるスカーレットですら作品の相性を知っている事からも、その人気は伺える。
「でも、そんなコハル先生が、何故こんな所に?」
「ふふ、漫画のネタにしようと取材に訪れたんですの、この八尺坂には面白い伝承がありまして………あら?」
ふとコハルが、スカーレットとアズマの手に巻かれたDフォンに気付き、ベールの奥の顔でニヤリと笑みを浮かべた。
「もしかしてあなた達………
「………はい、まぁ」
コハルのベール越しの笑顔を前に、スカーレットとアズマは少し不安そうな顔になる。
何も、こんな事は珍しくない。
そもそもテイカーという職業は、これを読んでいる読者諸君の世界線で言う所のYouTuberやバンドマンのような目で見られている職業だ。
ましてや、相手は大物漫画家という、社会的な成功者であるコハル。
色眼鏡で見られる事も、嘲笑の一つや二つが飛んで来る事も、覚悟の上だ。
「丁度よかった!あなた方、ワタクシに少し雇われてくれませんこと?」
「………はい?」
しかし飛んで来た言葉は、二人の予想の斜め上を行くものだった。
「だから、貴方方の戦闘力をお借りしたいんですの、報酬は弾むと約束しますわよ?」
漫画家が、テイカーの戦闘力を欲しがっている。
これは一体どういう事なのか?
このとき、アズマにもスカーレットにも、コハルのベールの奥にある真意は解らなかった。
………………
予定を変えてティータイムを手早く終えたスカーレットとアズマは、コハルと共にサトーダイヤモンドーを後にした。
アブラゼミのジージーという声と、暑さと張り紙が作り出す気味の悪い雰囲気の中を、コハルに続いて歩いてゆく。
そして一行が辿り着いたのは、八尺坂にある市立図書館。
再び、クーラーの冷たい風に晒されつつ、アズマはある事を問うた。
「図書館………って事は、調べものですよね?」
「ええ」
「………ネットとかじゃダメなんですか?」
これは現代っ子としては当然の疑問。
インターネットに子供の頃から触れていれば、当然出てくる疑問だ。
だが、それはコハルも同じ事。
当然ながら、わざわざ図書館を選んだ理由はちゃんとある。
「ネットじゃあ検問で隠されてしまうんですのよ、八尺坂が隠したがってる、あれやこれやがねぇ………」
意味深げに、ベールの奥でニヤリと笑うコハルは、それこそ漫画の登場人物のようにミステリアス。
それが、演技やからかいの類いでなかった事は、アズマはすぐに知る事となる………。
「うわ、おっぱいでっか………!!」
「なんだよあのダブル美女?!」
「え、AVか何かの撮影か………!?」
図書館では、静かでいる事がマナー。
けれども、スカーレットとコハルという巨乳美女二名が現れた事で、図書館は少しだけ沸いた。
が、二人は勿論、アズマもそれを気にする事なく、コハルの持ってきた一連の資料に目をやる。
それは「八尺坂風土記」等といった、この辺りの歴史について記した、古い書物。
第二次世界大戦あたりに書かれたような物がほとんどだ。
「これ………かなり昔の本よね?」
「ええ、この図書館のマスターは、本を大事にする人間なのでしょうね、漫画家としても、好感が持てますわ………」
100年レベルも前の書物が残っている事は、はっきり言って驚きだ。
それはコハルの言う通り、この図書館が本を大事にしているからに他ならないし、
漫画という本の一種に関わるコハルとしても、少し嬉しい。
「同時に………事件を闇に葬らないようにしたのでしょう」
「闇………?」
「ええ、ある意味では八尺坂の黒歴史と言えますが故に………」
コハルは、広げた本の片隅を指差した。
それは、かつてこの辺りに勤務していた警察官が個人的に書いていた日誌が、本になった物。
そこに記されていたのは、かつての第二次大戦時の記録。
当時、空襲から逃れる為の疎開先となった八尺坂には、当然ながら多くの子供達がやってきた。
の、だが。
「疎開に来た子供が行方不明………え、うそ………ええっ?!」
アズマもスカーレットも、目を見開いて驚いた。
そこに記されていたのは、疎開してきた子供の大半が行方不明になっていたという事件。
見れば、当時の事を記した新聞にも、小さく載っていた。
大事件ではあるが、地方の田舎の事件だった事、そして戦後のゴタゴタから、新聞に小さく載る程度に終わっていたが。
「それだけじゃありませんわ………」
続いて、コハルが出してきた別の資料。
それは、八尺坂の所属する市の記録のような物。
役員か、市の歴史について調べる自由研究でもやっている学生でもない限りは見ない物だ。
「ウソ………何よこれ………」
ここにも、2000年代………アンゴルモア・ショック前後から、八尺坂で行方不明になった者が増えているという記録があった。
それも、十代後半~30代前後の若者に集中している。
他の町の記録もあったが、それでもこの八尺坂だけ飛び抜けている。
アズマの勝手な予想ではあるが、おそらく日本各地の町と比べても多い方と思えた。
「見ての通り、この町は昔からよく人が行方不明になる町であり………それは、今でも続いているんですの」
ここに来るまでに見た、嫌でも目に入る行方不明者の手配書。
あれは、最近起こった事ではなく、もっと昔から起きていた事だったのだ。
「………ウラサワ先生」
「何かしら?」
意味深げな笑みを崩さないコハルに対して、スカーレットは意を決したように問う。
そもそも、こういう意味深げな態度というのは、90年代なら好まれただろうが、今はアニメのキャラクターでも嫌われるものだ。
はっきりした事を好むスカーレットなら、なおの事。
「………この町に「なに」がある?」
だから訪ねた。
とっとと結論を話せと。
「ふふふ、せっかちさんですのね………」
コハルは、非常識な面もある。
だが、これ以上やればスカーレットの怒りを買う事は知っていた。
だから、結論を話す事にした。
「………この町には、八尺坂には「妖怪」がいる」
「「妖怪ぃ?!」」
最もそれは、スカーレットとアズマがおおまかにやっていた予想の、遥か斜め上だったのだが。
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