第2話

ミーンミーンと、どこかの木に止まったセミの声が聞こえてくる。

じめじめした暑さは、薄着のスカーレットとアズマの肌を汗で濡らし、じっとりとした気持ち悪さを生んでいた。


手配書は、進めど進めど失くなる様子はない。

ようやく活気のある大通りに出たが、相変わらず視界のどこかには手配書が入り込む。



「………ねぇ、なんか気味悪くない?」

「僕もそう思います………これだけの張り紙、しかも全員行方不明だなんて、どう考えても異常です………」



大通りには、最初から探していた小さな民宿らしき施設が見える。

それと、もう一つ。

主に地方を中心に展開している大型デパート「サトーダイヤモンドー」の店舗だ。

駅についた時に遠くから見えた大きな建物の正体だ。



「いいわね、晩御飯にお弁当でも買いましょうか」



一晩過ごす故に、軽くお惣菜でも買おうかと、スカーレットとアズマはサトーダイヤモンドーに向かう。

あるいは、異様な手配書だらけの町から、少しでも目を背けようとしていたのかも知れない。


が、見ればサトーダイヤモンドーのに、何やら人だかりが出来ているではないか。

それは。



「おねがいします………どうか息子を………おねがいします………」



年老いた、夫婦と思しき二人の男女。

その周囲に、おそらくボランティアか何かと思われる集団が立ち、通行人に対して何やら紙を配っていた。



「おねがいします………」

「あっ」



そう遠巻きに見ていると、ボランティアの一人が気付いたのか、アズマに配っていた紙を渡してきた。

何だろうと見てみると、そこには、案の定………。



「行方不明、金供兵カナゾエ・ツヨシ………」

「これも行方不明の手配書?!どうなってるのよ………」



またも、行方不明者の捜索を依頼するチラシだった。

行方不明になっているのは、「金供兵カナゾエ・ツヨシ」という男子高校生。

八尺坂の隣町に住んでいるが、ある日この町で行方不明になったという。


相手が相手、内容が内容だけに突き返す事もできず、アズマはそれを折り畳んでポケットに仕舞う。

そしてスカーレット共々、ここでも行方不明の話題を見た事に対する気味の悪さを感じながら、改めてサトーダイヤモンドーのドアを潜る。



「………お父さんとお母さん、ですよね」

「そうね」

「………いいな、あそこまで心配して貰えて」

「………そうね」



そしてアズマは、実の親にあそこまで心配してもらえるツヨシという青年を、ほんの少し羨ましく思っていた。

実父は、上部を取り繕う程度の心配しか、しそうにないからだ。






………………






サトーダイヤモンドー内を、晩御飯のついでに適当に散策しようとしたスカーレットとアズマ。

熱気の中に晒されて汗まみれの身体には、店内を冷やすエアコンは冷たく感じる。

寒暖差で体調を崩さないよう、気をつけなければならない。



そんな調子で歩いていると、デパート内にカフェを見つけた。

それなりに客席のある、モダンな雰囲気のカフェだ。


とはいえ、客席のテーブルと椅子にはそれなりに年期が入っており、サトーダイヤモンドー共々、昔から存在していた店だという事が解る。



「丁度いいわ、ティータイムにしましょう」

「いいですね、それ」



歩き続けた事と、どこに行っても行方不明の話題がついて回る事から、すっかり気が滅入ってしまったスカーレットとアズマ。

丁度、時計も午後2時45分を指しているという事で、休憩を兼ねたティータイムおやつと洒落込む事にした。



「すいません、サンドウィッチ二つ、ドリンクは私がコーヒーで」

「あ、僕はカフェオレでお願いします」



椅子に腰掛け、店員に注文する。

後は、頼んだ料理が運ばれてくるのを待つだけだ。



「………んっ?」



ふと、喫茶店にもう一人、人影がいた。

最初から居たのだが、スカーレットもアズマも気がつかなかっただけだ。


後ろ姿しか見えないが、なんとなく年齢はスカーレットに近い気がする。

ゴシック感のある黒いドレスワンピースに身を包み、更に黒いベールで顔を隠している。

髪は黒く艶やかで、背中の辺りまで延びている。


まるで、海外の葬式のような装いの、黒ずくめの女がそこにいた。

そして彼女は、席に座ったまま何やらスッ、スッ、と音を立てている。



「なんだろ………」

「ちょっと、スカーレットさん!」

「いや、ちょっと見るだけよ、ちょっと………」



覗き見るのは失礼だと解っていたが、スカーレットの好奇心が勝った。

物音を立てず、こっそりと、黒ずくめの女が何をしているか覗き見る。

そこには。



「………ッ?!」



黒ずくめの女は、手にペンタブレットを握っていた。

伸びる先は、液晶タブレット。


タブレットを見て、ネットサーフィンかゲームでもしているのでは?と思ったが、違った。

彼女達持った液晶に広がっていたのは、いくつかツールのついた白紙の画面。


タブレットに最初から入っている、ペイントツールだ。

それで、何をしているかと言うと。



「ま………漫画………!?」



彼女は、ペイントツールで漫画を書いていた。

たしかにこのツールでも絵は書ける。

だが最低限の機能しかないが故に、タブレットで本格的に漫画、もしくは絵を書くには向いていない。

ほとんどのクリエイターが、専用のアプリやソフトを使っている。


だが、この黒ずくめの女は、ペイントツールで本格的な漫画を書いていた。

コマも、トーンも、指先のペン一つで書き上げてゆく。



「あ、あんな複雑な構図を下書き無しで………?」



何より驚くべきは、下書きをしていない点。

その上で、空中で斬り結ぶ剣士とロボット兵器を描いている。

中世の貴族のジャケットに描かれた細かいディテールや、蒸気駆動を思わせるロボットの機械パーツも、だ。


まるでコピー機やプリンターが、内部の白紙にインクを吹き付けて画像を出力ように、みるみる内に漫画が出来上がってゆく。



「………ふぅ」



1分もしない間に、先程まで白紙だった電子のキャンバスに、バトル漫画の1ページが現れた。

スカーレットとアズマの素人意見ではあるが、普通なら30分はかかるような物が、だ。


すぐに目を離すつもりだったスカーレットも、それを制止しようとしたアズマも、彼女のペンタブ捌きに見とれていた。


………流石に、ここまで見られて気付かない人間はいない。



「………盗み見とは、お行儀がよろしくありませんわよ?」

「あ、す、すいません………」



咄嗟に謝るスカーレットとアズマだが、彼女が漫画の中にしか居ないような「ですわ口調」を話した事もそうだが、何よりその美貌に見惚れた。


肌は陶器のように白く、ベールの中から覗く目は切れ長。

所謂「姫カット」と呼ばれる切り揃えられた髪は、漆でも塗ったかのように艶やかだ。


スカーレットの野性的で荒々しい「動」の美しさとは対局の、

清楚だとか、大和撫子だかに例えられる「静」の美しさを感じさせる、大人のお姉さんだ。


………が、そんな「静」の美しさとは、相対している部分が一つあった。

それは。



「まあ、ワタクシの書く漫画に見惚れてしまう事は、仕方のない事ですが………」

「「(おっぱいでっか………)」」



その乳房である。

ドレスワンピースにぎちぎちに詰め込まれたそれは、レースになった胸元から見事な谷間を見せつけていた。


まるで、マゾ向けエロ同人誌から飛び出してきたような、爆乳マダム。

スカーレットも、おそらく自分より大きいかも知れないと思う程だ。



「………ん?」



そんな黒ずくめの女の美貌に驚きつつも、ふと彼女の手元のタブレットに気付いた。

もっと言うと、そのタブレットに描かれた漫画の一ページに気付いた。


その、剣を持って戦う少年剣士の姿は、見たことがある。

蒸気駆動のロボットも、見ればその中心に牙の生えた人間のような生体部分が。



「あの………もしかして、あなた………!」



アズマは、この漫画を知っている。

この主人公も、敵も、絵柄も知っている。

むしろ、今の日本で知らない者はいないだろう。



浦沢小春ウラサワ・コハルさん………?!」

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