第1話

ガタンガタンと、電車が揺れる。

ローカル線の、古い型の電車だ。

「ワビサビ」があるとも言えるが、見方を変えると新型を導入する予算さえ与えて貰えないとも言える。

窓から見える景色も、よく言えばのどかな田園風景であるが、



「………びっくりする位何もないわね」



ワビサビへの理解が足りないスカーレットからは、そんな意見しか出てこない。



「まあ、地方の田舎ですからね、ここ」



今日のはみだしテイカーズの二人は、この電車に乗って目的地を目指している。

というのも、いつものごとく陸路をバルチャー号で進んでいたのだが、原因不明の地震による落石で、道が塞がれてしまった。


ので、バルチャー号を一旦Dフォンに仕舞い、代わりに電車で目的地を目指す事になったのだ。



「………スカーレットさん?何を見てるんです?」



ふと、スカーレットが携帯電話スマートフォンで何かを見ている事に気づいたアズマは、それを覗き見する。


そこには………いかにも怪しいブログのようなサイトが表示されていた。

サイト名を見ると「秘密結社御化倶楽部ひみつけっしゃおばけくらぶ」とあった。

それを見て、アズマはなるほどなと納得する。



「ああ、「おばくら」ですか」

「あら、知ってたの?」

「ええ、僕が小学生の頃に流行ったオカルトサイトです………まだ更新してたんだ」



「おばくら」の愛称で呼ばれるこのサイトは、小学生を対象にしたオカルト・怪奇現象を専門に取り扱うサイトだ。


読者諸君も小学生時代に、都市伝説や心霊の類いに興味を持った者は多いだろう。

それは、1999年アンゴルモア・ショック以前はファンタジーRPGの中のみだった世界が、現実に現れたこの世界でも変わらない。


いや、テレビや携帯の画面の中から飛び出してきたようなモンスター達が身近になった事で、より洗練されていると言っていい。

スカーレットが見ていた記事も、そうした物の一つと言っていい………かも知れない。


それは。



「怪異の存在は、魔力やモンスターかもしれない………って」

「ぶっとんでるでしょ?これ」



内容は、それまで存在が語られていた怪異………人面犬や口割け女といった現代の妖怪達の正体は、モンスターではないか?という説。


なんでも、アンゴルモア・ショック以前に、小規模ではあるもののこの世界と異世界を繋ぐゲートが開いた事があった。

そして彼等怪異は、モンスターやダンジョン同じようにそこからやってきたのでは?

という仮説が語られていた。


スカーレットが言ったように、ブッ飛んでいるというか、荒唐無稽な説だ。

アンゴルモア・ショック事態、本来交わるハズのない平行世界同士が一時とはいえ繋がった、大事件なのだ。

そう、誰にも気づかれずにポンポン発生する物ではない。



「でも………僕はいい線行ってるとは思いますよ」

「ううむ、言われてみれば………」



しかし、アズマの言うとおりあながち間違いとは言えないのもまた事実。

そも、アンゴルモア・ショック自体、何故起きたかとかどんな現象だったのかという、詳しい事はほとんど解ってないのだ。


過去に小規模の物が発生していたという可能性はあるし、実際人面犬はモンスターのマンティコアに近かったりする。


もっとも、これも予想に過ぎない机上の空論であり、実際にかつて世間を騒がせた怪異達の正体が異世界の存在かは、解らないのだが。



スカーレットとアズマが、そんな怪奇の世界に思いを馳せていた、その時。



『お客様にご連絡致します』



突如、車内に車掌の車内放送が響く。



『当列車は、この先の線路上で落石が発生した為、八尺坂駅より折り返し運転を行います、お客様には大変ご迷惑を………』

「うっそぉ………」



なんと、落石で線路な塞がれてしまったらしい。


スカーレット達の目的地は、その八尺坂駅よりも先にある。

が、そこから先までは向かえない。

仕方なくスカーレット達は、その八尺坂駅で降りる事となってしまった。



………後に起こる事を考えると、ある意味では「呼ばれていた」のかも知れない。






………………






ブシュウッ!


電車は止まり、来た道を逆へと進んでゆく。

クーラーの聞いた電車から降りた事で、じっとりとした蒸し暑い気温と、照りつける太陽が再び襲ってきた。


スカーレットとアズマが降りた、その「八尺坂はっしゃくざか」駅の周りには、それなりの住宅街が広がっていた。

さっきまで見ていた田園風景と比較すると近代的ではあるが、やはり田舎の町という言葉がよく似合う。



「………ほんと、何も無いわね」

「あはは………」



それがこの、八尺坂という町だ。

家はあれど、娯楽はほとんどない。

遠くを見ればそれなりに大きな建物こそ見えるが、ほとんどは年期の入った民家ばかり。


地方の田舎の住宅地といえば、大体はこんな感じだろう。

アズマも、地方とはいえ都市に住んでいた人間だからか、この時ばかりはスカーレットの意見に同調していた。


おそらく少し行けば、コンビニぐらいはあるかも知れないが………。



「うーん………」



スカーレットはDフォンに表示された時計と地図、そして空を見上げて考える。

時刻は13:50分を指している。

夏日故に太陽はまだ頭上にある。


本来は電車を使って目的地に向かう予定で、落石が無ければ、後駅を三つ越えた先に向かうハズだった。


今から、バルチャー号で先の駅に向かえば、引き続き電車の旅を続けられる。

が、地図を見て解った事だが、ここから次の駅まではかなり距離があり、おまけに山道を通らなくてはならない。

目的地に到着する頃には夜中になってしまう。


予定なら数十分で到着するハズだったが、これではとても無理だ。



「仕方ない、泊まれそうな場所を探しましょうか」

「そうですね」



予定を変更して、今日はこの町で一夜を越す事にした。

周りは住宅地ではあるが、探せばホテルぐらいはあるだろうと考えて。

ホテルが無ければ、適当な公園で野宿するだけである。



「………うーん」



町中を歩きながら、スカーレットは周囲を見回す。

確かに、周りはただの住宅街だ。

けれども、ただの住宅街とは違う点が一つ。

それは。



「………何?この張り紙の多さは」



家の塀、掲示板、電柱。

空と地面以外、どこを見ても目につく張り紙の多さ。


それこそ所構わずベタベタ張っている訳でこそないが、どこを向いても必ず張り紙が目に入る程度には張られている。

アメリカ育ちのスカーレットはともかく、日本人のアズマから見ても、これは異常な光景であった。



「えっと………えっ、何これ………」



それだけでも異常ではあるが、問題はこの張り紙の内容である。

アズマが、その内の一枚を覗き混んだのを見て、スカーレットも見てみる。



「行方不明………見かけたら連絡………?」



それは、行方不明者の捜索を依頼する手配書。

行方不明になったらしい高校生の顔写真と、行方不明になる前日の服装、連絡先が記されている。


それだけなら、なんて事はない。

行方不明者の手配書自体は、アズマも見た事はある。



「こっちも………こっちも!こっちも?!」



驚くべき事である。

その隣、そのまた隣、背後も、掲示板も、電柱も。

さっきから度々視界に入っていた手配書は、なんとその全てが行方不明者の捜索を依頼する物なのだ。



「これ………全部行方不明者の手配書じゃないの………?!」



それを知った途端、スカーレットは背筋に悪寒が走った。

同時に、主人公が怪奇の村に迷い混んでしまった、古いホラー小説を思い出した。


小説と違い、はっきりと邪悪が存在しているかどうかは解らない。

が、この異様な手配書の嵐を見ていると、嫌でも考えてしまう。


自分達は、小説のように「まずい所」に迷い込んでしまった。

もしくは、この場所に「呼ばれた」のではないか?と。


この暑ささえも、不気味に思えた。

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