ラノベハンター ~52歳オヤジのフィールド・ノートより~

けたじぃ

大阪・阿倍野編

第1話 ここはラノベの聖地なのか 大吉堂・前編

 地下鉄昭和町駅の改札を出て、階段を上るとなんとも良い匂いがする。ボストンという名のハンバーグレストラン。この界隈では知らぬ人のいない老舗チェーン店であると、以前テレビで紹介されていた。ご当地ハンバーグチェーンと言えば、静岡の「炭焼きレストランさわやか」が有名である。自転車で日本一周した人たちの話で、とびきり美味しいと聞いていた。しかし以前旅した時に食べたが、牛肉100%というのが私には今ひとつだった。その点全国チェーンの「びっくりドンキー」はビーフとポークの合挽き肉で、こちらのほうがしっくりと来る。しかも、あそこのいちごミルクは絶品だ。果たしてこのボストンの肉は何を使っているのだろう。帰りにでも寄ってみようか、などと考える。昼食として天王寺の駅ナカで立食いうどんを食べてきたばかりなのに。


 さて、ここに来たのはハンバーグが目的ではない。本日の目的地はこの大阪メトロ昭和町駅から歩いて10分ほどの距離にある、大吉堂という古書店である。ライトノベルに興味を持ってからネットを漁っていると、このお店のツイートが出てきた。YA(ヤングアダルト)やライトノベル、児童書、ジュブナイル、ファンタジー、ミステリ、SFなど「10代の心(実年齢問わず)を刺激する本」を扱っているお店とのことである。古書店としては、かなりめずらしいコンセプトだ。


 そもそも私がライトノベルに興味を持ったのは、2006年頃。「涼宮ハルヒの憂鬱」のアニメに感激したのが始まり。そこからスニーカー文庫などのライトノベルレーベルに手を出すようになり、それなりにたくさん読んでいた。ただ2010年を過ぎた頃には飽きてしまい、読むのを止めてしまっていた。それが2020年に筒井康隆のジュブナイルSFを読んだあと、なぜか無性にライトノベルが読みたくなり、主に単巻モノのライトノベルをブックオフなどで収集するようになった。そのうち90年代物が欲しくなってくるのだが、ブックオフやまんだらけなどではあまり見かけない。そこで古書店を巡り始めた。ひょっとしたら掘り出し物があるかもしれないからだ。そんなときに大吉堂のツイートに出会ったわけである。


 ソノラマ文庫やコバルトシリーズなら、古書として大切に扱われていることもあるが、90年代くらいのものはなかなか見かけることはない(それゆえに見つけた時の嬉しさは格別なのだが)。大吉堂のツイートにアップされている本棚の写真を見ると、ライトノベル好きには涎が出そうなラインナップが並んでいる。しかもその中に以前から欲しいと思っていた本が写っているではないか。値段はどれくらいなのかはわからないが、これは行ってみなければと思った次第だ。


 大通りから離れ住宅街に入る。平日の昼間ではあるが、自転車で行き交う人が多い、さすが大阪。何となく、大阪の人はいつも自転車に乗っているイメージである。いつも急いでいるような。お寺が見えたところで曲がると、右手にちょっとおしゃれな長屋風の建物が見える。大吉堂は以前、このおしゃれ長屋に店舗を構えていたが、最近ほんのちょっと離れたところに移転したようだ。おしゃれ長屋から徒歩1分、町家風の間口の狭い建物が現在の大吉堂だ。


 大吉堂のマスコットキャラであるブタの絵が書かれたA型看板が立てられ、横にはちょっとばかりの100円均一本。ここにはライトノベルはなくて、一般向けの本が並べられている。さぁ、いよいよ中に入ってみる。


 扉はあるが閉まってはいない。そう言えばツイッターのつぶやきに、入りやすいように扉は閉めないと書いてあったな。昔ながらの古書店は扉が開きっぱなしのところが多いような気がする。最近できたような、ちょっとおしゃれな、古書店というよりはカフェみたいなお店は、たいてい扉が閉まっているかもしれないなんて思いつつ。一歩踏み入れたところで、ざっと店内を見る。間口に比べ奥行きのある店内。いわゆるうなぎの寝床ってやつか。ツイッターの画像である程度見慣れた棚が並んでいる。


 入って正面の島には100円均一棚、こちらは店頭にあったのと同じ一般書のようだ。すぐ右手は児童書の棚。名作ものや絵本なんかが並んでいる。その奥にはYA(ヤングアダルト)の単行本が。さらにその奥にはライトノベルが。左手手前には高さ1mくらいの高さの棚で、3x3に区切られた委託ボックスコーナー。ここはカウンターも兼ねているようで、カルトンが上に置かれている。その奥の棚は創元推理文庫や横溝正史の黒い背表紙が見えるのでミステリコーナーか。さらにその奥にはハヤカワ文庫なんかが並んでいるのが見える。そしてさらにその奥はライトノベルだ。多分、目的のものはそこにあるはず。


 客は私以外誰もいないよう。これならじっくり棚を味わえそう。とりあえず右側の棚から見て回ることにする。興味のあるところからではなく、あまり興味のないところから攻めていくのだ。人がたくさんいるようなら、欲しい本を真っ先に確保するが、ここはゆっくりとお店を攻略しようと。足を踏み入れると、奥から店主の「いらっしゃいませ」の声が聞こえる。


 児童書はパスだ。となりのYA(ヤングアダルト)本は、図書館なんかでよく見かける分厚い単行本。棚の上の方はコバルト文庫やピュアフル文庫、ライト文芸、職業ものや部活ものが並んでいる。古いものだけでなく、このへんは新しいものも押さえているようだ。コバルト文庫では藤本ひとみのものが、ズラッと並んでいる。無いとは思うが氷室冴子『少女小説家は死なない!』がないか、よくチェック。少女小説家の実態を赤裸々に描いたという、大森望・三村美依『ライトノベル☆めった斬り!』に紹介されていて気になった本だ。残念、やはり無い。


 次に現れるのはファンタジー小説たち。このあたりは海外物の単行本が多いよう。ハリーポッター世代でもないし、ファンタジー系はちょっと苦手なので、このへんはタイトルを眺めるだけ。近年の定番であろう小野不由美『十二国記』シリーズや上橋菜穂子『獣の奏者』シリーズをきちんと押さえてある。下の方には秋田禎信の富士見ファンタジア文庫版『魔術士オーフェンはぐれ旅』シリーズが並んでいるではないか。90年代を代表するライトノベルの1つ。これは全巻揃っているのか。すごいな。ファンタジーの棚に紛れているが、上遠野浩平『ブギーポップ』シリーズも20冊近く並んでいる。全巻揃っていないようだが、これだけ揃っているのは珍しいのではないか。ま、普通の古書店にはないか。


 ファンタジー棚の隣はライトノベルがたくさん。ジャンル分けしにくいものが並んでいるようだ。そこで目に入ったのが一迅社文庫の十文字青の作品。『ヴァンパイアノイズム』『絶望同盟』『全滅なう』なんかが並んでいる。一迅社文庫は2008年から2016年まで出版されていた文庫で、特徴は白地の背表紙に必ず少女のイラストが入っていることだ。遠くから見ても一迅社文庫とわかるので、賛否両論あるだろうがアピール力という意味では成功しているのだろう。現在はすべて絶版なので、新刊書店で見ることはもちろんない。刊行停止から5年以上が過ぎ、ブックオフなどでも見ることが少なくなってきている。


 そんな一迅社文庫には、意外と隠れた名作が多いと聞いている。特に最近『裏世界ピクニック』で人気の宮澤伊織『 ウは宇宙ヤバイのウ! ~セカイが滅ぶ5秒前~』はSFマニアの評価が高いようで、amazonではプレミア価格がついているくらいだ。棚に並んでいる十文字青『絶望同盟』も名作単巻ラノベとして、よく挙がるタイトル。棚から手にとって見る。上半身裸の少女が2人、背中をこちらに向けて振り返っている。ひとりは黒髪ロング、もうひとりは薄紫色のショートカットでなぜか首から顔にかけて包帯が巻かれている。その背中には、それぞれ筆文字で「絶望」「同盟」と書かれている。とにかくインパクトのある表紙だ。裏表紙にはあらすじのようなものが書かれている。「ロリコンである自分に絶望している」「女としての自分に絶望している」「世界すべてに絶望している」「なんとなく絶望している」色々と絶望している、はみ出し者高校生4人の青春ストーリーと。パラパラと中をめくると、口絵も肌色成分が多い。エロ小説なのか、それとも真面目な青春小説なのか。これは買って読んでみるしか無いだろう。値段を見ると300円だ。変にプレミア価格でない所が良い。買いだ。


 ふと棚の上を見ると、『灼眼のシャナ』や『フォーチュン・クエスト』など長期シリーズ物が積まれている。そこに『ガンパレード・マーチ』シリーズがあるではないか! しかも、第1巻を除く、榊涼介版が全て。『高機動幻想ガンパレード・マーチ』は、謎の生命体「幻獣」と巨大人型兵器を使って戦う人類を描くPlayStation用シミュレーションゲームが原作だ。原作の最後まで小説化したあとは、榊涼介がオリジナルで展開。2000年からスタートし2015年まで続き、計45巻。私もひと区切りのつく九州奪還編の終わり(21巻)までは読んでいたが、それ以降は読んでいない。その時ですら新刊書店で全巻揃っているのを見たことがなかったのだが、ここで(別著者の1巻を除く)44巻全部揃っているのを初めてみた。ちょっとした感動である。すごいぞ、この本屋。


 ここで右側の棚は終了。真ん中の島の棚は一般書籍のようなので、ここはパス。入口から見ると左側の奥に位置する棚に移動する。本日の目的はこのあたりにあるはずだ。ツイートの写真でこのあたりは、頻繁に写っている。棚の上の方にはアニメノベライズ作品が並ぶ。アニメージュ文庫の『六神合体ゴッドマーズ 十七歳の伝説』に『戦国魔神ゴーショーグン』、コバルト文庫の若桜木虔『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ、『1000年女王』『銀河鉄道999』等などの松本零士作品、私の年代にはドンピシャのもの。


 すぐ下には広井王子やあかほりさとる作品。このあたりは良く知らない。そして、神坂一『スレイヤーズ!』シリーズがたくさん並んでいる。これも全巻揃っているのかな。変わったところで『スレイヤーズでりしゃす』という角川mini文庫も何冊かある。こんなのは初めて見た。それら以外も興味深い作品がたくさん。そして...


 本日の目的、富永浩史『俺の足にはえらがある』(富士見ファンタジア文庫)が下の方にひっそりとあった。こちらは90年代の単巻ラノベを、ネットで検索しているときにヒットした作品。まずタイトルに興味を持った。このタイトルからは内容は想像できない。amazonに掲載されているあらすじによると、改造されてしまった彼女に誘われ、自身も改造されて悪の組織で活躍する、トクサツピカレスク・ラブコメディと紹介されていた。改造人間なので、足に鰓があるというわけか。なにこれ、面白そうと思ったのが始まり。


 しかも、イラストを手掛けているのが、あさりよしとお。その昔、『月刊少年キャプテン』で「宇宙家族カールビンソン」を連載していた人だ。その前に「魔黒州城」という、お城がロボットに変形する「超時空要塞マクロス」のパロディのような漫画も読んだ記憶がある。当時、SF好きだった私には懐かしくもあり、親しみもある絵。これは読んでみたいと思ったが、amazonではプレミア価格で3,000円なんて値段がついていた。さすがにこれには手が出ない。いつか値段が下がったらと考えていたところ、大吉堂の棚に並んでいるのを見つけたわけだ。大吉堂での値段は、なんと350円。96年に出版され、今ではなかなか手に入らない本。それがこんな値段でいいのか? もちろん買いだ。


 『絶望同盟』に『俺の足にはえらがある』を確保。『ガンパレード・マーチ』の44巻セットも見られたことだし、ああ大満足と思う。しかし、大吉堂の棚はまだまだ続くのである。(続く)


※登場する書籍や値段は、私が訪れた時の記憶に基づいています。在庫や値段は古書店なので変化している場合がありますので、ご注意ください。

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