第7話 最終作戦-1

 背丈の倍以上はある扉を、一人で開けた。

 音を立てないよう、細い隙間から体をねじ込むようにして、薄暗闇に忍び入る。

 探していたものは、すぐ見つかった。元から、探す必要もなかったのだが。

 

「聞こえていますか?おれですよ」

 

 暗闇に蹲る巨体に、声をかける。

 喉から出た声に、震えがないことに安堵する。

 怯えてはならず、怯えを悟られてはならなかった。

 懐に入っている、決して捨てられないものの重みを感じながら、告げた。

 

「あなたに、頼みがあるんだ」

 

 巌のような体が、闇の中で身を起こすのが見えた。

 













 

 先輩、シャクラ、フェイ、それから自分が護衛することになった東方面担当の輸送船の船長は、軍港に停められた船の側で出会うなり、開口一番こう言った。

 

「歴戦のドラゴン乗りと魔力持ちっていうから、どんなのが来ると思ったらチビとうらなりじゃない」

 

 かしらァ!と焦った声を上げる、日焼けしたむくつけき男共を従えているのは、自分やフェイとそれほど歳が違わなそうな、少女だったのだ。

 だがそれよりも、うらなり呼ばわりされてぽかんとしたシャクラの顔がおかしくて、つい吹いてしまう。

 一方先輩は毎度のような茫洋とした顔で、船と、船に繋がれている巨大な魔力結晶を見ているだけだ。

 見ようによってはなるほど、俺は確かにうらなりに違いないのだから驚くようなことではないだろう、とかなんとか自己完結しているのだ。

 何か言ったほうがいいだろうに。そういうところだと思うのだ。

 ともあれ先輩はいつも通りで、それを見たシャクラの裏切られたような顔がおかしくて、さらに止められなくなる。

 確かに、二人とも顔の造作が雄々しいとか逞しいとかよりも、綺麗とか美少女とかいう方面に整っている。

 ぶっちゃけた物言いをすれば、女装したら映えそうな顔なのだ。したことないだろうけど。

 なんにしても、ドラゴン乗りを捕まえてのうらなり呼ばわりは初めてだった。

 

「そこの赤毛のチビ、あんたは何を笑ってんのよ」

「ああ、すんません」

 

 少女の目がじろりとこちらを向いた。

 日焼けした褐色の肌に、よく光る黒い目。縮れ気味で癖の強い巻き毛も、黒々として艶があった。

 

「アンタ、【海のいとし子】ですよね。海辺で産まれた【魔力持ち】の中にそう呼ばれる船乗りがいるって聞いたことがありまスけど、会ったのは初めてです。よろしくお願いしますよ」

 

 【魔力持ち】やドラゴン乗りが南大陸で生まれるようになってから、数百年経っている。魔族と戦う道に身を投じた者もいれば、大陸の中に広がって普通の暮らしを育む者がいるのだ。戦う力があっても、全員がそれを殺すために振るえるわけじゃないのだから。

 彼らが生きていくその年月の中でできあがったものの中には、由来や根拠があるのかないのか定かでない風習や言い伝えも、数多あるのだ。

 【海のいとし子】は、その中で生まれた風習の一つで、海の側で生まれ波や風の扱いに長けた【魔力持ち】の子どもが、そう呼ばれる。

 彼らはふさわしい能力と胆力さえあるならば、年齢や性別に関わらず船の頭となることもあると聞いたことはあったが、実際に会うのは初めてだった。

 そうでないなら、この歳で船の頭にはなっていないはずだ。

 果たして、【海のいとし子】という言葉を聞くと、少女は眉を開いた。

 

「へぇ、空からあたしらを見下ろしてばっかりのトカゲ乗りかと思ったら、意外と物知りなやつもいるのね」

「トカゲはやめといたほうがいいですよ。聞かれたらぱっくり喰われると思うんで」

「……契約している龍を火吹きトカゲ呼ばわりして平気な人間は、こいつくらいだ。ドラゴン乗りでないならば、やめておいたほうが賢明だ」

 

 だからもう少しやわらかく言えないのだろうか。真実なのだが。

 こいつ、と言いつつこちらを親指で示した無表情な先輩と、ひょいと肩をすくめた自分を見て、少女はふぅんと鼻を鳴らした。

 

「悪かったわね。あんまり予想と違うのが来たから驚いたの。トカゲ乗りって言ったのは謝罪するわ。あたしはメイファ。あんたが言ったように【海のいとし子】で、こいつらの頭よ。今回はあのデカブツを運ぶ船の一隻を任されたってわけ」

 

 デカブツ、と言いつつメイファは、指で船に繋がれた巨大な魔力結晶を指した。

 つまり、結晶化するまで魔力を注がれた、とぐろを巻いた蛇のような形に固定されたドラゴンの亡骸を示したのである。

 この世界の生き物には、魔力限界と呼ばれる限界値が存在する。

 それを超えて魔力を注がれた生き物は、ああして体が結晶化し、水晶のような結晶体、魔力結晶になる。なってしまう。

 あのドラゴンは死んでから魔力を注がれて結晶化したようだが、生きている時分に多量の魔力を浴びても生き物は結晶化するし、死ぬ危険はある。

 魔力結晶自体は水に浮くほどに非常に軽い不思議な結晶で、砕くと中に詰まった魔力を開放できる特性上、燃料源のようにして様々に使われる。

 ちなみに、食べると口がひん曲がりそうなほどのエグみがある。見た目は光の加減で七色に光り綺麗なのだが、二度は食いたくない味をしているのだ。

 

「あたしらは、あれを指定された座標まで何が何でも運ぶ。あんたたちは護衛と、結界術発動が任務なのよね。魔力を注ぐ起点者になるのは誰なの?」

「オレです」

 

 ひょいと手を上げれば、メイファ以外の他のやつらがぎょっとした顔になった。

 ドラゴン乗り三人のうち、見た感じ一番貧弱そうなのが作戦の要の一つとかそりゃ不安であろうが、あからさま過ぎて少し凹む。

 が、船の頭は違ったらしかった。

 

「そ。じゃ、お互い死なないように頑張りましょ。船はあたしたちが死んでも進めるから、空は任せたわ」

「了解ですよ。だけど、死ぬってのはやめてくださいね。アンタ、船の長なんですから」

「物の喩えよ。頭の固いやつね。ま、あたしらの船壊したら、ぶち転がしてやるからね」

 

 歯切れよく言い切り、さっさと話を進めていく。こういう場合に交渉が上手いのはフェイであるため、自分は一歩下がった。

 自分だと、根本的に粗野というか、礼儀がなってないのがばれてしまうのだ。

 

「よく知っていたな」

 

 さくさく話を進める金髪と黒髪の女の子らを見ていると、腕組みをした先輩に話しかけられる。

 それか、と自分は頷いた。

 

「【いとし子】のことですか?前、海辺に住んでたっていう食堂の人から聞いたんですよ。ほら、時々多めによそってくれるオッサン、いるじゃないですか」

「だとしても、よく覚えていた」

「オレ、知ってることの偏りがひどいですからねぇ。知らないことは減らしておいたほうがいいでしょ?人と話すのは、そんなに嫌いじゃないですし」

「ええ。知識は力ですからね。良いことです」

 

 いきなり会話にひょっこり出て来たうらなり、じゃなかったシャクラは、妙に訳知り顔だった。

 とはいえ実質、戦い以外の知識が抜けがちで、下手をすると常識外れ呼ばわりされかねないのが、自分と先輩である。

 うんと幼い子どものころからドラゴンと契約していた分、精神的な繋がりも太く強く、人龍一体のように動ける。

 が、反面諸々が疎いし変に脆い。だから、あんなに我を忘れてしまったりする。

 普通の知識や振る舞いを学ぶ時間を、ほぼそっくりそのまま龍との修行に費やし、常に自意識の隣に龍の意識を感じ続けているからだ。それこそ、自分とドラゴンの自我の境目を見失うのではないかと思うほど。

 自分はまだいい。

 【前】の記憶がある上、契約したときのコクヨウの自我自意識はメレンゲのほうがまだ固いという有様であったから、自分の物心はすぐついた。

 だけど、先輩はどうなのだろう。

 年齢を鑑みても、一桁のころに龍と繋がったのは確実だ。

 

「レト、ひたむきに魔族を狩り続ける戦士としての在り方をやめろとは言いませんが、それ以外のことも学ぼうという姿勢を身につけるべきかと。先達として不甲斐ないではありませんか」

「……わかっている。反省している」

「失礼ながら、どこがですか」

「俺は、反省している」

「顔がぴくりとも動いていないのですが。そちらの前世は彫刻か何かだったのでは?」

「彫刻が生まれ変わるわけがないだろう。お前は何を言っているんだ」

 

 いや、やっぱり大丈夫か、と人の頭上でぽんぽんと景気よく交わされる会話を聞いて思う。

 一応今から生きるか死ぬかの戦いに行くのだが、この調子が崩れないのは肝が据わっているからなのか、なんなのか。

 ドラゴン乗りは、戦いを厭わないドラゴンの性質に染められていくと言うが、強ち迷信ではないのかもしれない。

 だから自分も、変に緊張しなくて済んでいるのだが。

 

 と、思ったところで自分たち三人の頭に、空気の塊がごん、ごん、こん、とぶっつけられた。

  

「そこのドラゴン乗り三人組。話がまとまったわ。さぁ、行くわよ」

 

 魔力でほんの少しだけ地面から浮遊したまま、腕組みをして仁王立ちをするのは、金色の髪を海からの風になびかせるフェイだった。

 その背中には黒い海が広がっていて、群青と、白銀と、黒の三頭のドラゴンたちが、翼を広げて飛んでいた。

 

「ふざけてねぇよ」

 

 言って、笑って、自分は桟橋の方へ、黒のドラゴンが待つ方へと歩いて行った。












 結界の要石の一つである魔力結晶を運ぶ船を守るのが自分たちだけなのかと言えば、無論そんな訳はない。

 レグルスの言う通り、次代の乗り手とその師匠に選ばれた者たち以外のすべてをかき集めた総力戦なのだ。

 そこまでせねば、もたないというのが本当のところだろうが。

 そうしてかき集められた戦力、複数のドラゴン乗りと【魔力持ち】たちからなる【組】によって、結界の要石を載せた船は、何重かの円を描くようにして守られる。

 自分たちの組は、その円の最も内側を担当するのだ。

 東方面第二結界石の起点者を任された自分が含まれている組が、最も船に近いところに配置されたのは、偏に結界を起動しやすくするためだ。つまり、一番落とされたら困るのだ。

 だから、自分たちからやや離れたところにはまた別な色のドラゴンたちが飛んでいるし、彼らの存在もなんとなく感じ取れた。

 飛び立つ前、その馬鹿魔力量で頼むぜ、と言ってきた人たちである。馬鹿は余計だ。

 

「やっぱり、バレるか」

 

 案の定、北大陸方面から湧いて来るのは、蝗の大軍のような黒い影共。

 些細な感傷など消し飛ばす光景を前に、そんな言葉が漏れた。

 ぐるる、とコクヨウが喉を鳴らし、鶴のように長い首を巡らせてこちらを見る。とんとん、と鞍の分厚い革越しに首を叩いた。

 

「炎はまだだ」

 

 ドラゴンの炎は文字通りの高火力だが、射程距離がやや乏しい。

 だからこっちだ、と弓を手に取る。

 

『総員、遠距離攻撃発射準備!』

 

 全体に念話で指示を飛ばすために、今は眼下の船に乗っているフェイの声が頭の中に響いた。

 視界の端で、シャクラと先輩がそれぞれに弓を構えるのが目に入る。

 前に展開したドラゴン乗りたちも同じくだろう。

 ドラゴン乗りの力にも耐えうる弓を、満月のように引き絞る。魔力を込め、弓の先に『圧縮』させた。

 

『撃て!』

 

 響いたフェイの『声』に従い、矢を解き放った。

 矢が飛び、黒い群れに突っ込むや否や爆発を起こす。

 着弾と同時に圧縮された空気が解放され、周りを吹き飛ばすのだ。間違っても、対人には使いたくない技で、そしてとても疲れる。

 洋上で蠢く黒い霞と比べれば余りにささやかな、火花のような光がいくつと瞬き、ばらばらといくつもの影が落ちていくが、霞が薄れる様子は一向になかった。

 

 当り前だ。

 あちらは大陸一つ分の生命をすべて腹に収めた化物。喰らい殺した亡骸を、いくらでも投入してくる。

 そこに生命はなく、感情もなければ恐怖もない。

 体が完全に破壊されない限り、何度でも動かせる傀儡の大軍だ。

 恐らく他の九つの船も、同じように襲われているのだろう。

 

 指定された海域まで船を守りつつ魔族を斬り払い、そこからさらに五十秒、魔結晶と起点者を壊されないようにしなければならない。

 そこに至るまでに、一体どれだけ死ぬのだろう。どれだけのドラゴンが落ち、哭き唄が空に轟くのだろう。

 

 それでも、この世界の生命を伸ばさなければならない。

 空と海の半ばを黒く染め上げられ、大陸は二つのうち一つが呑み込まれ、今尚喰らわれつつある世界であっても。

 

 今は無理でも、いつか、遠い未来。

 自分じゃない誰かが世界を救う、そのときまで。

 

「さぁてと、オレに今やれるだけの精一杯を、やりますかっと」

 

 次の矢を弓に番え、魔力を込める。

 半分だけ世界に残る青空を切り裂いて、高々と矢が飛んで行った。


 












 開戦してから数時間が経っても、まったく戦いは終わらなかった。敵が、減らないのだ。

 それも当然で、何せこちとら相手の本拠地である北大陸へ向かって行っている。数も増えれば、敵の層も当然分厚くなっていくのだ。

 

 ああ本当、堪らない。

 

「こッの!堕ちろ!」

 

 巨大化した烏のような化物鳥の羽を射抜いたところを、コクヨウが後ろ脚で蹴り飛ばす。骨の折れる鈍い音がした。

 キィィィィィ、と金物同士をこすり合わせたような不快な音をまき散らしながら、化物烏は海へと落ちていく。

 その遺体を下から飲み込むのは、巨大な鮫である。

 黒い体の所々からは肉が剥がれ、骨すら見えている。胸が悪くなるような腐臭が一気に辺りに広がった。

 そいつは大きく裂けた口を開き、化物烏を飲み込んだ。仲間を喰らった分で、自分の飢えを凌ごうというのだ。

 

「チッ!」

 

 ─────しくじった。燃やし損ねた。

 

 燃やしておかねば、ああして相手の糧になるなんてこと、わかっていたのに。

 自分とコクヨウが空に束の間留まったそのとき、濁り切った鮫の目が、ぎょろりと空にいるこちらを捕らえる。

 

「右旋回!」

 

 間一髪で、コクヨウが身を捻る。空いた空間を、鮫が吐いた黒い液体が駆け抜けた。 

 躱しそこなった液体が片腕に撥ねかかる。じゅ、と熱い痛みが走った。手綱を握った右手から、一瞬力が抜けた。

 同時に横殴りの強風が叩きつけられ、体が鞍から離れる。

 

 ─────落ちる!!

 

 逆さになった視界に刹那、群青の鱗が翻った。

 魔力で以て操った風で、ぐるりと体の上下を引っ繰り返す。足の下には、化物鮫の体があった。

 剣を両手で握りしめ、魔力を込める。刀身より長く、魔力刃が精製された。

 そのまま、銛のように長く伸ばした剣を鮫の頭に突き刺した。巨体がのたうち回り、黒い液体を吐き散らして鮫は荒れ狂う。

 深々と突き刺した剣に両手でしがみつく。そのまま、全身の力を使って剣を捻った。

 ぶちりと肉と神経、骨が断ち切れる太い音がした。しかし足が滑り、ふわりと宙に投げ出される。

 水面に叩きつけられる衝撃を予想して、ぎゅっと身を縮めた。

 

「ジザ!」

 

 だが直前で襟首を強い力で掴まれ、引っ張り上げられる。ぐえ、と喉が締まって変な声が出た。

 気づけば、剣を持ったまま自分は宙に浮いていた。

 ぶらぶらと頼りなく揺れる足の下では、白銀龍が吐いた炎で燃えつつ、黒い海へと沈んでいく鮫の巨体があった。

 あの化物鮫の黒い液体が撥ねた腕を見れば、防具の隙間から覗いている服が溶け、下の皮膚が爛れている。

 嫌なにおいまで漂って来て、うわ、と鼻にしわを寄せた。

 

「大丈夫か?」

 

 首を捩じれば、上には濃い青の瞳を大きく見開いた先輩の顔があった。割とぼろぼろというか、全体的に薄汚れているが、大きな怪我はないらしいことに安堵する。

 先輩が水面ギリギリをシランで飛んで、自分の襟首を掴み、引っ張り上げてくれたのだ。

 その背後には、かぎ爪を光らせる化物烏三匹が迫っていた。

 

「先輩!上!」

 

 ぱ、と先輩が襟首から手を離した。当然自分の体は石のように落ちていくが、下に飛んできていたコクヨウに掬い取られる。

 しがみつけた鞍の上から見上げれば、先輩が危なげなく化物烏の首を三匹まとめて斬り落としているのが目に入った。

 錐揉みしながら落ちていく鳥を、シランの炎が燃やした。

 

 ほ、と息を吐く。吐くと同時に、じくじくと腕が傷みを訴えて来た。

 酸のようなものをくらってしまったのだ。もしかしたら、胃液かもしれない。

 袖を捲り、鞍に下げた水を腕にかけて酸を濯ぐ。やらないよりましな応急処置だが、今はこれ以上のことはできそうになかった。

 

 まだ、終わっていないのだ。

 海面が不自然に揺れたかと思うと、飛び出して来るのは鱗をぬめらせる鰐。

 

「サメの次はワニかよ!」

 

 北大陸周辺の水生生物はどれだけ喰われていたのかと、今更な罵倒を心の中で吐く。

 海面からの一撃を避けたコクヨウの棘が生えた尻尾が、鰐の首を薙いだ。棘に切り裂かれて喚く鰐の脳天に、自分の放った矢が突き刺さり、爆発した。

 頭部を大きく抉られた鰐の巨体は、それでも動きが止まらない。

 しつこいとばかりに大口を開けたコクヨウが、その喉笛を食い千切った。

 千切れた鰐の頭と、黒いタールのような血を噴き上げる巨体が、銀色の泡を巻き込みながら海へ沈む。その体に、コクヨウが留めの炎を吹きかけた。

 海の中でも尚、魔族の体を焼く龍の炎は消えないのだ。

 

「コクヨウ、大丈夫か?」

 

 どろどろとした黒い血を浴びて、鼻面から牙からまっくろくろすけになってしまった黒龍は、赤い目を光らせながらぶふ、と鼻から白い煙を吹き上げる。

 

「よし、まだやれるな!」

 

 言いながら、横から飛びかかって来た有翼骸骨三体にまとめて剣を振るった。

 羽を斬り落とされて腰の骨を砕かれ、蹴り飛ばされて落ちていく骸骨を、コクヨウの炎が燃やす。

 はぁ、と息を継いで、ふと前を見た。

 それが、命運を分けた。

 

 黒い霞か蝗のように海の上に蟠る魔族の群れ、その中で何か、、と光るものが視えた気がしたのだ。

 そちらに視線を合わせた瞬間背中を駆け抜けたのは、とてつもない悪寒。

 ただの魔族にはあり得ない『気配』が、あった。

 

 ここから逃げろ、と本能が叫ぶ。でも、逃げられない、と理性が叫んだ。

 

 だって、だって自分たちの背後には、船がある。

 船にはフェイが、自分の大事な友達がいる。

 メイファがいて、船員たちがいるのだ。

 

「先輩、シャクラさん!」

 

 上空にいる二人と二頭のドラゴンに届けと、全霊を込めて叫んだ。

 確信なんてない。

 ないけれど、ここを耐えなければならないのだと、その想いだけで自分は吠えた。合わせるようにコクヨウが空を向き、甲高く澄んだ声で鳴く。

 何かに気づいたかのような顔をした先輩を乗せた群青の龍と、たった今化物鳥の首を食い千切った白銀龍が、呆気にとられたかのような乗り手を乗せたまま、同時に舞い降りて来る。

 

「半球型防護壁、展開!」

 

 声と心の同時で叫んだ。

 叫ぶと同時に、視界が、真白に焼かれた。

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