第5話 師匠と弟子-2

「馬鹿ですかあなたは。いや真正の馬鹿でしょう。根拠を述べろと言われて、無いとはどういうことなのですか」

「……何も無いわけじゃない。ただ、あそこでは説明が難しかった」

「あのね、レト。あなた、もう少しわかりやすく言葉で伝えてくれないかしら。さっきのあなた、ドラゴン乗りの長に喧嘩を売ったも同然よ」

 

 獣脂を使った松明に照らされる龍舎の中である。

 車座になって座りつつ、先輩を言葉で袋叩きにする自分たちの姿が、地面に丸まるエラワーン、シラン、コクヨウの三頭の瞳に映っていた。

 こうして見ても、やはりコクヨウは他の二頭に比べると二回りほど小さい。まだ生まれて十一年しか経っていない若いドラゴンであるから、それは当然なのだが。

 完全におもしろがっている光を目の奥に浮かべているコクヨウの、鋭い脚の爪の付け根をかいてやっていると、シャクラに睨まれた。

 

「ジザ、あなたからも何か言ってください。そちらの兄弟子でしょう、こいつは」

 

 基本、誰に対しても丁寧な言葉遣いを崩さないシャクラなのに、こいつ呼ばわりとは相当頭に来ているのだなぁと思いながら、名残惜しい現実逃避をやめる。

 無表情のまま背筋をやたら伸ばして胡座をかいている先輩に、向き直った。

 

「あのですね、先輩。どんだけ付き合い長かろうが、オレにもわからないことはあるんですよ。そもそも、なんでいきなりオレに来るなとかいうんです?アンタ、そんなふうに加減する人じゃないでしょ」

 

 先輩と自分を鍛えてくれた師匠の教えは、一言で言えば『死ぬまで殺せ』である。

 魔族を見縊るな。

 一匹残さず殺し尽くせ。

 お前たちはドラゴン乗りなのだから。

 と、これが基本だった。

 あの人、魔族への殺意が異様に高かったし、魔族を殺すためなら他は些事だという変に世捨て人のようなところがあったのだ。

 恩師ではあるし尊敬もしているが、先輩のただでさえ乏しかった社交性が悪化した原因の一つは、間違いなくあの人である。

 そこに師事した結果か、先輩は手合わせでもなんでも他と比べると苛烈になりがちだ。

 さっきの手合わせも、こっちの両腕や肋骨を遠慮なく叩き折ろうとしていた。まともに当たれば粉砕骨折ものだ。

 かく言う自分も、先輩の額に突きを見舞おうとしていたから、鍛錬や戦いに関してあの師匠に習い、染まった自分たちは同レベルである。

 【原作】のレテも同じ師に教えを受けていたのかもしれないと考えると、さらに彼女の凄さがわかろうというものだ。

 

 だからこそ、今回は先輩らしくないのだ。

 戦う力と意志がある者に、戦うなというなんて、あり得ない。

 

 思い返すと改めて腹が立って来て、つい拳を固めた。

 

「ほら、口は悪いけど素直なジザが拳を持ち出したくなるほど、あなたやらかしてるのよ。キリキリ吐きなさい」

 

 風を纏い始めたフェイをちらりと見て、先輩は腕を組んだ。

 

「……夢を、見るようになったんだ」

 

 訥々と、先輩は語り出した。

 

「十日ほど前からだ。同じ夢を続けて見るようになった。……お前が、死ぬ夢だ」

 

 周りの音が、ひゅるりと落ちるように遠ざかった。

 

「オレ、ですか?」

「お前だ」

 

 こくりと、先輩は頷いた。

 

「俺たちは、海の上で魔族と戦っている。今まで経験したことがないような、ひどい戦いだ。シャクラもフェイもいるが、皆酷く傷ついている」

 

 何か言おうとしたシャクラを、自分は手を振って止めた。先輩の言葉は、遮らないほうが良い。

 

「その中で、お前が死ぬ。お前だけが死ぬんだ」

「……どうやって?」

「お前が死ぬところは、俺にはよく見えない。見えないが、コクヨウが哭くのが聞こえる。あいつの【哭き唄】が、何度も何度も聞こえるんだ。頭が割れそうになるほどの、つらい音だ。目が覚めても、忘れられない」

 

 【哭き唄】は、乗り手を失ったドラゴンが放つ愛惜と追悼の咆哮だ。

 自分も聞いたことはあるが、胸を掻きむしり、耳を塞ぎたくなるほどの甲高い音である。

 敵を発見した際に発する警告音【龍笛】などと同じ、特別によく聞こえる龍の声。

 ドラゴン乗りであるならば、聞き間違いようがない。

 

「そういう夢が、ずっと続いている。……聞いた話なんだが、俺たち魔力を扱える人間の夢は未来を映すときがある、と」

「だから、正夢かもしれないと思って、オレに来るなって言ったんですか」

 

 もう一度、頷かれた。

 なんとも言えない沈黙が落ちるが、すぐさま破壊された。

 

「ばっかじゃないのかしら。いえ本当に、もう大ばかよ」

 

 肩の上にこぼれる金色の髪を軽やかに手で払い、フェイは指を先輩に突きつけた。

 

「わたしたちみたいなのが見る夢が、未来予知?そんなこと、あるわけが無いわ」

「十日も続いている夢なのにか?」

「それはそれであなたの心理的な問題だけれど、精神感応力がある【魔力持ち】でもドラゴン乗りでも予知夢なんて見ないわ。あのね、わたしたちは単に、本来の人にない器官を得て、自然に流れる魔力を使えるようになっただけ。未来なんて視えないの」

「いやそれだけでも十分凄くないか?てか【魔術師】でも未来は……」

「ジザ、あなたまで何を言っているの。未来は、観測できないものなの。ずっと昔の、ドラゴンと人間が繋がっていなかったころの『魔法使いのお話』には出てくるけれど、ああいうのは、全部おとぎ話よ」

 

 珍しくむきになったように、フェイは立て板に水とばかりに続けた。

 

「いい?未来は視えない。わたしたちにできるのは、頭で考え続け、考えることを捨て去らないで、足を止めないことだけ。定められた予知も、覆らない結末も、あってはたまらないわ」

 

 だというのに、とフェイの周りで風が渦巻く。水桶が揺れて、エラワーンの瞼が動いた。

 

「悪夢を見るほど不安があるなら、魘されるほどにひとりで背負い込むなら、勝手に決断する前になんとか言いなさい。なんの為に、わたしたちは四人で一緒に戦うの。できないことを、お互いで補うためでしょう」

「……確かに才や力だけで言うならば、お前が一番優れているでしょう、レト。ジザが最も経験が浅いのも、コクヨウが幼いドラゴンであるというのも事実です」

 

 けれど、とシャクラは白銀に光る瞳で言うのだ。

 

「お前の弟子を、舐めるな。それはお前たちの師や、お前自身をも貶める恥ずべき行為だろう」

 

 今度こそ、本当に沈黙が満ちた。

 ぐるる、とエラワーンとシランが喉を鳴らす音も、沈黙を破るには至らない。

 至らないが、この空気は破らなければならなかった。

 一丁の柝を入れるように、音高く手を叩く。三人がこちらを向き、なるべくなんでもないように聞こえるよう声を保つ。

 

「先輩。色々言いたいことはありますし、なんならちょっと一回その顔を殴っても許される気がしてるんですけど、フェイとシャクラさんが沢山言ってくれたからそれはやめときます」

 

 この中だと、自分が一番弱い。事実だ。

 魔力量はともかく、コントロールはフェイより下手。単純な話経験もなく、体格だってシャクラや先輩と比べれば遥かに貧弱。

 相棒のドラゴンすら、肉体面精神面共に幼いとくればお察しである。

 だけど、それでも、そんな自分でも、この世界に生きる大勢の人間たちより、強いのだ。足手まといにならないよう、死なないよう、必死に生きてきた。

 ドラゴン乗りの力を使うというのはそういうことで、逃げたいとも思わない。

 今にも壊れてしまいそうなこの世界で、ようやく手に入れた大切なもの、一番失いたくないものはすべてここにあり、ここ以外のどこにもない。

 抗える力を持つ人間は、足掻かなければならない。

 

「先輩が、オレに対して罪悪感みたいなものを覚える必要は、ありません。オレは、オレで選んでここにいます」

 

 凍てついた湖面のようだった瞳の奥に、ひびが入る。

 

─────ああ、やっぱり。

 

 群青の龍の契約者は、時々こちらをひどく傷ましい者を見るような目をするのだ。

 

 この人は、そういう人だ。

 傷だらけでやせっぽちで無力で、ただ怯える幼龍を庇うため、自分の体を盾にするしかなかった子どもを怯えさせたことを、ずっと悔やんでいる。

 魔族と戦う者になる以外の道を選ばせてやれなかったと、後悔している。自分だって、似たような境遇であったくせに。棚上げにもほどがある。

 

 どう考えたところで、悪いのは頭のネジ飛ばしやがっていたマッド研究者共である。

 あいつらを自力で殴り飛ばせなかったことは、確かに自分の後悔らしい後悔ではあるが、それは自分の問題であり、勝手に人の荷物を横取りしないでほしいのだ。

 

 やっぱりちょっと一回殴ってもいいだろうかこの野郎、と拳を固める。自分の腕力と先輩の耐久力ならば、そこまでの惨事にはならないはずだ。

 先輩は、儚げな美少女じゃなくてタダの美形だし。

 少し考え、拳を解いてぐしゃぐしゃと赤い髪をかきむしった。

 

「大体、今日の戦闘で誰が先輩庇ったと思ってるんですか。そりゃ当たっててもアンタなら凄く痛いだけの怪我で済んだかもしれませんけど、もうちょっと自分のこと顧みて戦っちゃくれませんか?肝冷えるんですよ、アレ」

「それは私も同感です。無辜の民を守るのは我々の役目であり、その姿勢は確かに素晴らしい。ですが、己の限度を頭に入れなさい」

「シランで元気に飛び出すあなたたちの速度まで考えて念話で指示を出さないといけないわたしの苦労も、少しは鑑みてくれないかしら。並列思考って、結構頭が痛くなるのよ」

「わ、わかった……。わかったから頼む、少し待ってくれ」

 

 追加口撃をやめ、ふんと鼻を鳴らした。

 先輩は顔を覆って、じっとしてしまう。

 普段の起伏が浅い人である分、一度感情の船が派手にひっくり返ると、立て直すのに時間がかかるのだ。

 元々激情家な面があるのに、暴走しないようにと感情を抑制し続けたため、たまに変な地雷が埋まってそのままになっており、うっかり踏もうものなら暴発するのが先輩のメンタルである。


 魔族を倒す、人々を守る、という二つが、先輩の精神の根幹だ。

 それを突き詰めた果てにあるのは、ただ戦ってさえいればいいという自動人形オートマタかロボット。

 

 それじゃ困るのだ。

 だって、【原作】のレテはまさにそういう少女人形じみたところがあり、【主人公】たちと関わることで、薄れていた人間みを取り戻していく女の子だったのだから。

 同じことをやられては困る。

 【主人公】はいないのだ。最低、あと百年間は。道のりが長い。

 

 そういう人であるからこそ、に魘されてとんでもない結論に突っ走ったりする。

 

─────これは、やらかしたなぁ。

 

 実力差があっても、自分は相方なのだ。

 気づけなかった自分も悪い。負担を押し付けた自分にも大いに責任がある。

 むむむ、と腕組みして考え、まだ唸っている先輩の肩にぽん、と手を置いた。

 

「えーと……先輩、お互い一発殴って、それで手打ちにしません?オレも悪かったってことで」

「そっちはそっちで過程を蹴飛ばした突拍子もない結論に辿り着かないでちょうだい。この似た者同士」

 

 何故か、フェイに額をはたかれたのは自分だけだった。


















「俺が悪かった」

 

 ようやっと感情の船の舵取りを元に戻したらしい先輩が口にしたのは、まずこれである。

 

「……お前たちを頼りにしてないわけでもないし、ジザを見縊っているわけでもない。俺の我儘で迷惑をかけたことは、済まなかった」

「どう思います?謝罪として及第点でよろしいか?」

 

 シャクラの問いに、自分とフェイはそれぞれ手で大きく丸を作った。

 よろしい、とシャクラが言う。

 

「ではこの話は、後々レトに我々全員の食事を奢らせることで手を打つとして」

「え」

 

 大食い揃いのドラゴン乗りに食事を奢るという言葉の意味を知るだけに、先輩から呆然とした声があがるが、やかましい、とシャクラに睨まれ、先輩は黙り込んだ。

 

「なんつーか……シャクラさんも大分愉快ってか、はっちゃけた性格になってきてるような気がするんだけど」

「かちこちの優等生みたいな昔よりずっといいじゃない。やりやすいもの」

「言うほど昔じゃないだろ……。オレたちがやりすぎたか、あっちが染まりやすかったかどっちだ?」

「どっちもよ、多分ね」

 

 ひそひそひそ、とフェイと並んで座りながら囁き合っていると、ぶふふ、とエラワーンの鼻の穴から煙が二本上がる。

 契約していないため、自分にはエラワーンの意識は読めないのだが、おもしろがっているであろうことは、白銀に輝く瞳を覗き込めば察せられた。

 

「では、レトが怠っていたジザへの作戦説明を致しましょう」

「はい、ありがとうございまーす。……手間じゃないですか?」

「どの道、擦り合わせのために確認は必要でしたし、そちらの兄弟子一人に任せて、また惨事になってはたまりませんから」

 

 どうやら、シャクラの中で先輩への信頼度が特定方面で最低値を記録したらしい。

 背嚢からシャクラが取り出したのは、地図だった。この世界の、すべてが描かれた地図だ。

 

「次の作戦で、我々は魔族を打ち払い、追い返します」

「え?」

 

 口から出たのは、心底からの驚愕の声だった。

 自分はこの作戦を『知っている』。方法も結末も、すべてだ。

 知っているはずなのに、ここで戦って来たドラゴン乗りとしての自分が、作戦に心底驚かされていた。

 

 あんな、倒しても倒しても尽きない黒雲のように湧いてくる魔族を、押し返す?

 

 『先』を知る自分と、『今』だけを生きる自分がぶつかって口からこぼれた、思いがけない声だった。

 だけれどそのお陰で、怪しまれずに済んだ。

 

「驚くのも無理ないけれど、事実よ」

 

 三日月型の大陸二つの間に広がる青色、大蒼洋をフェイが指さした。

 北と南、二つの大陸は鏡合わせのようによく似た三日月の形をしているのだ。

 二つの大陸の北端にあるのが、最も狭い黒海峡であり、自分たちが今いる場所でもある。

 距離は、十全な状態のドラゴンの翼で飛んで凡そ一日半。

 

 要するに、魔族との最前線なのだ。ほんと勘弁しろ。

 

 逆に大陸南端は広く離れており、こちらからは魔族が侵入して来ない。

 海流が読みづらいからとも、年中霧が深いからとも言われているが、本当の理由は別だ。

 魔族の行動範囲には、限度がある。

 【混沌】に喰われ、汚染された生命であるからこそ、【混沌】本体との距離には限界がある。距離が開けば開くほど、常時HPバーが削られるデバフがきつくなっていくようなものだ。

 

 現地で生命を喰うか、或いは地脈を手に入れることができれば、その限界は伸ばされるが、逆に言うと喰い続けるか、補給源を見つけなければ飢えに苛まれ、動けなくなる。

 この限界線があるおかげで、南大陸は魔族の侵入を水際で食い止めることができるし、同時にこっちを襲う魔族は、より凶暴化した貪食者になるというわけだ。

 ちなみにだが、自然エネルギーかつ生命エネルギーたる魔力の供給源である地脈に【混沌】がへばりついている北大陸では、全土に渡って魔族に活動限界は存在しない。

 ほんと【混沌】は一分一秒速く消滅しろ。今はどう足掻いても殺せないけど。

 

「大陸南端の守りに回している戦力も、【四翼将】もすべて集め、海洋魔族の温床になっている海を焼き払いながら押し返し、そこで【結界】を展開します」

 

 知っている単語に、眉が動くのを感じた。

 

「言葉のあやじゃなくて、本当の結界よ。設定した生体反応以外を自動で弾き飛ばす、大魔術による壁のこと。材料は、ドラゴンの遺体十体と、膨大な魔力」

「よくドラゴンが許したな。あいつら、同胞の亡骸弄られるの嫌いだろ」

「言っていられなくなったのよ。これもね、結局は魔族をすべて殲滅する作戦じゃないもの。このままだとわたしたち、すり潰されて終わりだから。要するに、時間稼ぎなの」

「……お前も気づいているだろう。最近、新たなドラゴン乗りがなかなか現れない」

 

 それも、知っていた。

 原因は単純。ドラゴンの卵が産まれにくくなっていることだ。

 地脈や大気から魔力を大量に取り込み、卵に内蔵して生まれる彼らは、地脈や大気の魔力が薄くなれば、新たな卵を孕めない。

 【混沌】の空気が僅かながらも途切れずに流れ込み、地脈にも触手が届きそうになりつつある今、ドラゴンたちは魔力不足に陥りつつあるのだ。

 だから【結界】を張り、一時的にでも地脈から魔力が奪われるのを防がなければならない。

 百年間、【結界】で覆えば、南大陸の魔力は溜まり、ドラゴンたちの卵も新たにつくられるようになるが、【混沌】が観測されていない今は、ただ原因不明にドラゴンたちの卵の数だけが減っていく不安の時代なのだ。

 

 やはりこの世界、元々詰みかけな状況であるのに加え、一つ間違うと全部が詰んでしまうのだ。

 

────これだから!これだから外なる神モドキは!!

 

 空きっ腹抱えて永遠宇宙をボッチで彷徨ってろよボケ星に降りてくんな、といつもの罵倒が口から出そうになった。

 

「……ジザ?」

「や、なんでもないです。話はわかりましたけど、結局オレたちは何を?」

「【結界】の要石になる遺体を、指定座標まで運ぶ船の護衛が主ね。これが三体以上沈没したら、【結界】は張れないわ」

「……うわ」

「絶句している場合ではありませんよ。【結界】発動には、ドラゴン乗り一人とドラゴン一体が、同時に魔力を五十秒間亡骸に注がなければなりません」

「術式を改良しつくしたんだけど、これ以上は短くできないそうよ。要するに、そのドラゴン乗りとドラゴンたちは、五十秒間案山子になっているしかないわ」

 

 見習い含め、千人いるかいないかのドラゴン乗りが総力戦を展開するど真ん中で、十人と十体が五十秒動けなくなり、三箇所以上欠けると即アウト。

 

 改めて聞いたら、とんでもなさすぎる。

 そこまでやっても、得られるのは敵の殲滅ではなく、一時的な延命でしかない。延ばしたその生命を使っても、魔族を殺し尽くせるかどうかすらわからないのだ。

 博打のほうが賭けとしてまだ成立してやしないか。

 しかし、この作戦を行う時期もまた、今しかない。

 これ以上魔族と戦い続ければ、ドラゴンが生まれなくなって、こちらは必然的に敗北する。レグルスもそれをわかっていて、指揮を取るのだろう。

 

 ドラゴンを失ったあとは、一人残さず喰われて死ぬだろう。

 生きた証も、生きる意味も、何もかも根こそぎにされる。

 ほぼ無意識に、首にある鱗模様に触れる。龍との繋がりの印は、熱もなく静かだった。

 

「……俺たちが守るドラゴンの亡骸に、最後に魔力を注ぐのはお前だ。ジザ。五十秒、へばるなよ」

 

 そして、ぼそりと告げられた先輩の一言に、自分はひくり、と口がまた引き攣った。

 

「先輩、やっぱり一回殴っていいですか?」

「……なぜだ?」

「あからさまに大事な任務じゃないですかそれ!!逆になんでオレを外して上の許可下りると思ったんですか!?」

 

 襟首掴んで締め上げてやろうかこの美少女面、と目を吊り上げる自分に対し、先輩は淡々としていた。

 

「……戦場で五十秒、ドラゴンごと一歩も動けなくなるんだぞ。飛び抜けて危険に決まっているだろうが」

「じゃ、アンタが五十秒間オレを守ってくれたらいい話じゃないですか。そしたら、死ぬ気で魔力でもなんでも使って成功させますよ」

「死ぬ気はいいが、死ぬのはやめておけ。……だが、わかった。その通りだな。今日、お前が俺にしてくれたように」

 

 ほんの微かに、先輩の無表情が緩む。

 次の瞬間、自分は後ろから何かに激突された。

 魔力で浮きあがったフェイの腕が首に回されており、自分は妖精のような女の子に、背中から抱きつかれていた。先輩も、シャクラに肩をど突かれている。

 

「なによ、ジザ。頼りにするのはレトだけなの?わたしたちもいるのに」

「言っておきますが私たちは四人一組ですからね。保有魔力量が最も多く、経験が最も浅いあなたを守り切る形が、最もやりやすい」

 

 グサッとくる正論だが、だからこそ自然な苦笑いがこぼれる。

 

「……ありがとう」

 

 小さく言った自分の赤い髪を、フェイが小さな手でくしゃくしゃと、かき混ぜたのだった。

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