「イントロ」その6
それは女子高生の遺体らしきものだった。
これを「遺体」と表現していいものかどうか、Cには即断することができない。なぜなら、うつ伏せで倒れている遺体の上半分、つまりミディアムヘアをまとった頭部や耳、背中はしっかりと人の形を保っているのだが、下半分は粉々に砕け散っていたからだ。
それも普通の血肉が飛び散っている惨状とは違う。まるで肌色の大きな飴細工を高いところから落としたかのような状態と形容するべきだろうか。顔と上半身に加えて、手足は原型が残らないほど粉々になっていた。それらは肌色の破片となって、あたりに散らばっている。
なるほど。確かに人肌のような質感のあるマネキンに女子高生の制服を着せ、高い所から落とせば、こんな不可思議な光景が完成するだろう。
だが、それにしてはおかしい。もし、これが作り物だとしたら、そこから生えている髪の毛はしっかりと毛根から生えているように見える。耳にはびっしりと蔓延った産毛が土をかぶっている。それに、うなじには何かで圧迫されたような痣が見受けられた。
Cは職業柄、いくつもの痣を見てきた。その彼が見ても、彼女のうなじにある黄土色と赤黒の斑点は、本物の痣で間違いなかった。
「ご覧の通りなんですけども……」
若い制服警官は気まずそうな表情で二人のことを見た。確かにこれを〝不気味〟と表現せずして、何と表現すればいいのだろう。
Cはヤマモトのことを見た。彼も困惑の表情を浮かべている。目を細め、眉をひそめ、唇を歪めていた。その表情はどこか悲しそうにも見えた。
「これを発見した用務員の方はどう対処していいか分からず、警察に通報することにしたんだそうです」
「なるほど……」
Cは生返事をしたが、すぐに気を取り直して口を開いた。
「通報された方は今、どちらに?」
「はい。校舎の裏口の方で待機していただいています。こちらです」
制服警官は校舎裏のさらに奥の方へ二人を案内した。しばらく進むと、先ほどと同じように規制テープが張られており、その奥には裏門のような小さな門が隣の住宅路とを繋いでいた。
「こちらが、第一発見者の方になります」
制服警官が紹介したのは、裏門の前で立ちすくんでいた初老の男性だった。彼は作業着に身を包み、額には大きなシミといくつものシワを刻んでいる。呼ばれた用務員は、こちらを向いて軽くお辞儀をした。お辞儀した時に、禿げた頭頂部が見えた。
「初めまして。私、代々木警察署のCといいます」
「同じくヤマモトです」
Cは用務員に一礼して警察手帳を見せた。一方で、ヤマモトは挨拶するだけで警察手帳を見せなかった。それにCは一瞬違和感を覚える。しかし、注意している時間がないので、ひとまず事情を聞くことにした。
「あなたが最初にあれを見つけたとのことですが……」
「ええ。いつもんように裏の掃除をしようと思って来たら、そげん物騒なものがあったベ。警察に通報せなあかん思うて通報したわけゲス」
「掃除はいつも何時ごろに行なっていますか?」
「だいたい朝の九時ごろには行うことにしとるゲス」
「今日もその時間に?」
「いんや。今日は美術室の像が割れたから、その片付けをしといて、
最後の一言にCはメモする手を止めた。
「おかしい、とは?」
「あそこに置いてある像なんゲスけど、普段は落ちても割れない高さにあるはずなのに。しかも一斉に落ちて割れたんだべ。それはそれは大きゅう音が鳴り響きましたわ。ええ」
「その出来事は何時ごろのことですか?」
「たしか七時ごろだったと思うべ。朝の仕事をやり終えて休憩しとったから、間違いねぇゲス」
ふむ、とCは思考を巡らした。後ろに散らばっている大きな物体——たとえ人であろうと、オブジェであろうと——あれを落としたら相当な音が鳴るはずだ。しかし、誰もそれに気づかなかったという。となれば、たまたま美術室で像が割れた瞬間を見計らって、落とした(もしくは落ちた)ということか?
いや。そもそも、あれは何なのか。そこからはっきりさせない限り、この事件か事故かも分からない事象を解明することはできない。
Cは振り返って校舎の上を眺めてみた。あれがある場所の校舎側には窓が取り付けられておらず、落とせるとすれば屋上くらいだった。
六階の屋上から落とせば、どんな素材でも粉々になるだろう。Cの中で、あれは精巧に作られた人間の体であり、何者かが上から落としたのだろうと考え始めていた。
理由として特に深いものはない。〝刑事の勘〟というよりは、〝一般人の常識〟に準じる判断だった。
「あの、屋上に防犯カメラは設置してありますか?」
「もちろんゲス」
「見せていただくことはできないでしょうか?」
「ええ、いいゲスよ」
用務員は快く了承して二人を警備室に案内した。校舎の裏口から入って、廊下を真っ直ぐ正面玄関に向かって進んでいった。
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