第2話 掌を翳す少女2




「うっ・・・うぅっ・・・」




進路指導室の中に恵理子の嗚咽が響く。



さっきまでよりもその嗚咽は小さくなっていた。



「・・・落ち着いた?」



恵理子の背中を撫で続けていた女性教師が優しく問いかける。



「・・・はい。お見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ありませんでした」



恵理子はか細い声で答える。


「良いのよ」


女性教師はティッシュペーパーの箱を恵理子の前に置くと机の椅子に座る。


「失礼します」


恵理子はそう言ってティッシュペーパーを何枚も引き抜いて涙でグチャグチャになった顔を拭く。


「ありがとう」


「え?」


女性教師の言葉に恵理子はキョトンとした顔をする。


女性教師は微笑んでいる、


「貴女の本音を聞かせてくれて。吸いたくも無い煙草を吸った甲斐がある、ってもんよ」


「えぇ?」


恵理子はビックリした顔になった。


「先生は煙草がお嫌いなんですか?」


「当たり前じゃない。あんなもの百害あって一利なしよ。それに学校の敷地内での喫煙は禁止されてるわ。バレなきゃ良い、って言う問題じゃないのよ」


恵理子はポカンとした。


「じゃあ何故、先生は煙草を吸ったんですか?」


「決まってるじゃない」


女性教師はニヤリと笑った。


「貴女の本音を聞きたかったからよ」


「・・・私の本音」


女性教師は身を乗り出して来た。


「貴女にはどうしてもやり遂げたい事がある。そして、それは多分誰にも話した事は無い。それを聞き出す為にはこちらも覚悟を見せなきゃね」


「覚悟、ですか?」


女性教師はまたもニヤリと笑う。


「そう。進路指導室での喫煙なんて即、懲戒免職よ。つまりそれだけのリスクを負ってでも貴女の本音を聞きたいって言う、覚悟よ」


「先生!」


恵理子は自分も身を乗り出して机の上の女性教師の手に掌を重ねた。


「先生はやっぱり素晴らしい先生です!それに」


「それに?」


恵理子は少しはにかみながら答えた。


「・・・雄一さんと同じ雰囲気を感じます」


「貴女は、その雄一さんって言う人を探す為に教職に就きたいと考えたのね?」


恵理子はゆっくりと頷いた。


「なるほど。確かに教員免許を持っていれば日本の何処にでも職場はあるものね」


「はい。私は雄一さんが何処に居ようと必ず見つけ出します」


恵理子の瞳からはその決意の強さを感じられた。


「でも国公立大学しか受験しないのは何故?」


女性教師の質問に恵理子は、はっきりと答えた。


「両親に金銭的な負担をかけたく無いからです。中学で不登校になった時、両親にはとても心配と迷惑をかけてしまいましたから」


「でも、貴女のご両親はそんな風には考えていないと思うけど」


恵理子はキッパリと言った。


「それは判っています。これは私の私自身に対するケジメなんです」


「・・・ケジメか。なるほどね」


女性教師は納得したように両腕を組んだ。


「つまり貴女は1つの大学しか受験しないで、その大学に合格する事で貴女の覚悟を見せるってワケね。それが貴女にとってのケジメって事なのね」


「はい、そうなんです!先生なら判ってくれると思いました」


嬉しそうに笑う恵理子に向かって女性教師はマジメな顔つきになった。


「貴女の気持ちは充分に判るわ。でもね。世の中には不測の事態って事もあるのよ」


「不測の事態、ですか?」


「そう」


女性教師は言葉を続ける。


「例えば試験の当日に貴女が倒れて病院に行かざるを得なくなるかも知れない。試験会場に行く途中で何らかの事故に巻き込まれるかも知れない。貴女が試験会場に行く途中で道端で倒れている人を見たら放おっておける?」


「・・・・・放おってはおけないと思います」


恵理子の答えに女性教師は頷く。


「そうよね。雄一さんもそうすると思うわ」


「先生!・・・ありがとうございます」


女性教師は机の上に手をついて頭を下げた。


「だから、お願い。2つの学校を受験して下さい」


「先生!頭を上げて下さい」


恵理子は慌てて立ち上がると女性教師の手に再び自分の掌を重ねた。


「いーや!貴女が2校を受験する、って言わなきゃ絶対に上げない」


恵理子は呆れたような笑顔になった。


「先生、子供じゃ無いんですから」


「ヤダヤダ。貴女が納得しない限り絶対に上げないもん」


女性教師はブンブンと首を振る。

恵理子は自分の為にここまでしてくれる事をありがたく思った。

そして観念したように言った。


「判りました。先生の仰る通りもう1校受験します」


「判ってくれた?」


女性教師はガバッと頭を上げた。

その顔は満面の笑みに満ちていた。


「それじゃあ早速2校目を決めないとね」


そう言ってパラパラと資料をめくった。


「貴女はこれを滑り止めと思ってるかも知れないけど」


「はい」


女性教師はめぼしい大学にサインペンで印をつけながら言った。


「さっきも言ったように受験では不測の事態ってのは実際に起こりうる事なのよ。それで貴女が浪人するようになったら、その方がご両親に負担をかける事になるでしょ?」


「はい。先生の仰る通りです。あたしは自分の思い込みで自己満足に浸っていました。先生がその事を気づかせてくれたんです」


女性教師は恵理子の返答に満足そうだった。

それから2人で2校目の大学を決めた。

決めた後で女性教師は恵理子に言った。


「もし貴女さえ良かったら、わたしにも雄一さんの事を詳しく教えて貰えないかしら?」


「えっ?」


恵理子は心の底からドキッとした。

雄一さんの事を初めて話したばかりなのに。

でもこの先生は信頼できる人だ、と言う事も判っていた。



「あの、先生はそれを聞いてどうするんですか?」



「決まってるでしょ」



女性教師は立ち上がって右手で握りこぶしを作った。



「貴女が雄一さんと出会う為の手助けをする為よ!」






つづく



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