07話.[可愛いひとり娘]

「ふむ」


 この前の私はよくないことをしてしまったのではないかとずっと引っかかってしまっていた。

 好きだと言ったことについては問題はない、ただ、目が覚めたときに部屋にいなかったからって抱きしめてしまうというのはどうなのだ?

 れんにしておきながらももとふたりきりのときはももにしている、というわけではないから大丈夫なのだろうか。


「くーろちゃん、どうしたの?」

「ああ、自分がしたことがよかったのかどうかを考えているのだ」

「言えることなら教えてほしいな、聞いてみないと分からないから」

「ああ、分かった」


 長い話というわけでもないから教えること自体はすぐに終わった。


「えっと、つまり寂しかったということだよね? だから発見したら抑えられなくなってしまったということだよね?」

「もも、全部言うのはやめてほしいのだが……」

「え、そういうところがあるの可愛いと思うよ? 正直、話したことがない子からすればくろちゃんは他者を拒絶しているように見えちゃうだろうから」


 待っているだけではなにも変わらないということは知っているが、たまにこうして不思議なことが起きるから人生は面白い。

 積極的に行動できる人間ばかりではないから私みたいな人間にとっては本当にありがたいことだ、だから感謝の気持ちを忘れてはならない。


「ただなあ、くろちゃんが積極的にこそこそしているから私は悔しいなあ」

「確かにももを誘ったことはあまりないからな」

「そうだよ、参加できたのも全部磯崎先輩が誘ってくれたから、だからね」

「私は雛鳥みたいなものだ、親鳥が近くにいたら優先したくなるものだろう?」


 先輩みたいにぐいぐい近づいてくるわけでもない、それなら積極的に来てくれる相手の方に近づくのは普通のことだ。


「まあそこはいいよ、私はこうして教室で話せれば十分だからね」

「ふっ、興味がないだけだな」

「違うよ、すぐに磯崎先輩と一緒に行動するからチャンスがないんです」

「そういうことにしておこう」


 ちなみに彼女の方はこの前手伝ったことで大好きなグラタンを作ってもらえたと教えてくれた。

 単純に自分にとってだけでもいいことをすれば気持ち良く過ごせるからどんどんするべきだと思う。


「ただ、こうして毎日雨が降っているとお買い物のお手伝いとかはあんまりしたくなくなるかな」

「積極的に外には出たくなくなるな」

「うん、それにお母さんも雨のときは誘おうとしないから」

「親子で仲がいいのだな、ももがいてくれて嬉しいことだろう」


 私の母は私のことをどう思っているのだろうか? 泊まった日の翌日なんかは酷かったが「くろちゃんくろちゃん」と近づいてきている内は安心してもいいのかもしれない。


「わ、私だってご飯を作ったりしているぞ」

「ん? ああ、れんもいたのか。あと、いちいち言ってこなくても知っているぞ?」

「洗い物だって毎日やっているし、洗濯物だって干すときはある」

「ん? ああ、ご飯を作る人間は他にも色々なことをやるものだよな」


 つまり、お前も手伝いをしろよ、と言いたいわけか。

 結局荷物持ちも分かりやすく役に立てたというわけではないので、私の方も少しずつ手伝いをしていくことにしよう。

 わざわざ遠回りな言い方をしなければいけないというのも大変だろうからな、友達が言いづらいことを言わなくて済むように頑張らなければならない。


「く、くろちゃん、磯崎先輩はそういうことが言ってほしいわけじゃないと思うよ」

「大丈夫だ、私も努力をするつもりだ」

「え? あー、え、なんで急にそんな話になったの……?」

「「え?」」


 これがもも流の冗談ということだろうか? 話が終わりそうだったから広げようとした可能性もある。

 やはりある程度は親しくないと通じないのだろうな、こちらが好きだと言ったところで「なんで急に?」となるのが容易に想像できる。


「……なんで私には偉いとか嬉しいだろうなとか言ってくれないんだよ」

「ああ、そういうことだったのか」

「はぁ、お姉さんとして少し不安になるぞ……」


 どうやら分かりやすく行動されないと私は分からないみたいだ。

 だが、一応言っておくとこれは相手のためにもなっているということを分かってほしい。

 私が勝手に分かった気になって変な態度で近づいてくるよりもいいだろう? 少なくとも私が他者の立場なら絶対にいまの方がよかった。


「ちょっと気になるけど大丈夫だよ、これもくろちゃんの可愛さだと思うな」

「この前れんがああして言いたくなった気持ちがよく分かった、確かにこれは馬鹿にされているようにしか聞こえないな」

「えー! そ、そんなつもりはないからね!?」

「ふっ、いいさ、どうせ私は友を不安にさせてしまうような人間だからな」


 そんな人間が近くにいるだけで気になるだろうから違う場所に行くことにした、窓際ではないから窓に近づいて外を見たいというのもあった。

 それにしても梅雨だからといってここまで頑張らなくてもいいのだがな、これでは傘をさしていても濡れることになりそうだ。

 れんやももと一緒に帰ることができても車が走る音や雨音の関係で聞き返すなんてことも増えるかもしれない、同じことを何度も言わなければならないのは地味に疲れることだから早く七月になってほしかった。

 まあ、その場合は今度は暑すぎて困るのだろうが……。


「こら、だから拗ねて逃げるなって」

「れんは夏は得意か?」

「私は寒いのも暑いのも得意だぞ――って、話を逸らすな」

「夏は毎年弱るからできそうならサポートを頼む、汗をかけないから熱がこもってしまうのだ」

「そうか、それならよく見ておいてやらないとな――って、どれだけ話を逸らしたいんだよ」


 逆にれんは同じことに拘りすぎだ、これは拗ねたわけではなくてゆっくりしたかっただけだ。

 まああれだ、友達がいる中で敢えてひとりで過ごそうとするのも悪くはないということが分かった。

 雨が降っているからかもしれない、何故か見ていて飽きないのだ。

 分かりやすく目の前の光景が変わったりするわけではないのに不思議だと言える。


「よろしく頼む」

「お、おう、え、なんでまた?」

「ふっ、気にするな」


 そんな細かいことはどうでもいい、ただそう言いたくなっただけのことだからな。




「暇だ」

「失礼な人間だ、人の家に来ておいてその発言は問題だぞ」

「だってくろが相手をしてくれないからな」


 普段と変えているというわけではない、私らしく過ごしているというだけだった。


「それとベッドに寝転ぶな」

「なんで今更言うんだよ」


 母が高頻度で洗濯してくれているが普通に気になる、こんなことを気にする自分がいるなんて思っていなかった。

 友達が何度も部屋に来るというのはいいことばかりではないのかもしれない、彼女みたいに全く気にせずに行動されると落ち着かない。

 なので本を開いているのに読書には集中できていなかった、多分、続けられている限りはずっとこのままだ。


「はぁ、そんなに暇なら他のところに行けばいいだろう」

「雨なんだから嫌だよ」

「ならどうしてここに来たのだ」

「くろといれば嫌な気分にならないからだよ」


 くそ、移動しようとするどころか目を閉じて黙ってしまったぞ。

 精神力を鍛える必要がありそうだからなにも言わずに頑張ることにする、なにかを言ったところで余計に落ち着かなくなるだけだから仕方がない。


「なあ、私達の関係ってこれからどう変わっていくのかな」

「は?」

「気にならないのか?」

「どう変わっていくのかなって、なにもしなければこのままだろう?」


 仲を深めることはできても仲を深めるだけで勝手に関係が変わるわけではない、もし勝手に変わってしまうのであれば独身なんて言葉は生まれない。


「私は嫌だぞ、このままは」

「それって付き合いたいということか?」

「くろを独占したい」


 いまだってほとんどしているようなものだ、私だって彼女を優先して動いているからきっとそうだ。

 だからわざわざ付き合わなくてもそれと似たような距離感でいる状態だが、彼女的には足りないみたいだった。


「去られたくないから必要なことなんだ、だっていまのままだと私の一方的なものになってしまうから。でも、くろが私の要求を受け入れてくれたら安心して一緒にいることができるから、さ」

「なるほど、まあ、気持ちは分からなくもない」


 簡単にいい方向へ変わるということは簡単に悪い方向へ変わるということでもあるということだ。

 どうしても悪く考えがちなのが人間で、また、自分を安心させようと行動するのも人間だ。


「この前の好きはくろのそれと違って人としてじゃないぞ」

「はは、勢いで告白なんかするべきではないぞ」

「いや、勢いでやらなきゃごちゃごちゃ考えて自滅するだけだろ……」


 相手と自分のことを考えて告白しないで終わらせる、そういう選択をする人間は結構いそうだった。

 ちなみに私は好きになったのなら恥ずかしいとかそういう気持ちは全部どこかにやって告白をするつもりでいる、例え相手に迷惑をかけることになったとしても今後の自分が気持ち良く過ごすためにも必要なことだからだった。

 こういう自己中心、自分勝手なところもひとりでいることになったことに繋がっていると思う、こっちが拒絶していなくても相手の方が「あ、そういう人はいいです」と遠慮したいところだろう。


「少し待ってくれ、ここですぐに答えを出したくない」

「大丈夫だ、あ、夏が終わるまでには答えてほしいけど……」

「安心しろ、そこまで待たせるつもりはない」


 会う度に露骨な雰囲気を出してくれなければ私は私らしく彼女といられる。

 告白した側だから不安になってしまうだろうが、気をつけてほしかった。

 まあ、同情で受け入れるような人間でもないから問題というわけでもないがな。


「あと、このことはもう楠橋に言っておいたから」

「言われても困るだろう……」

「くろを取られたくないから仕方がないんだ」


 こちらのことを狙ってすらいないのになにを言っているのかという話だ。

 これも自己満足でしかないが、明日ももに謝罪しようと決めたのだった。




「んー……しょ! んー……しょ! ふぅ、なかなかバリケードを作るのって大変だねえ」

「一応聞くが、これはなにからなにを守るためにしているのだ?」


 戻さなければならないわけだから無駄な行為に終わると思うが……。


「これは磯崎先輩の急襲を防ぐためにしているんだよ、守ろうとしているのはひとり放置されて悲しくなっている私をだよ」

「ちゃんと付き合うから片付けて帰ろう」

「むぅ、……嫌われちゃったら嫌だから片付けるぅ……」


 そもそも急襲なんて起こるわけがなかった、何故なら彼女が直前に「昇降口のところで待っていてください」と言ったからだ。

 れんはれんでやたらと彼女のことを気にしてるから文句を言うこともなく従ったからこうなっている。


「あ、来た、結局なんだったんだ?」

「ふたりだけで話したかったみたいだ」

「ああ、私がくろを独占するからか、やめるつもりはないけどさ」

「なにかを食べに行こう、今日はそういう気分なのだ」

「おっけー、じゃあ楠橋が行きたいところに行くとするか」


 最初はテンションが下がっていたももだったものの、店に入って甘い物を注文したあたりでいつもの感じに戻った。

 女子=全員甘い物好きというわけではないだろうが、なにかがあっても甘い物を食べさせておけば最悪な状態にはならない気がした。

 私だったらそういうときはどういうことを求めるのだろう、そう考えたときにスプーンを突っ込まれてかなり驚く。


「あ、危ないだろうっ」

「難しい顔をしていたからだよ、そういうときはこういうのがよく効くんだ」


 通常通りでいてほしいと考えておいてあれだが、保留にされている側なのに変わらなさ過ぎるというのもむかつくことを知った。


「くろちゃん、あーんして?」

「あ、あー――……んむ、れんがしてきたときより美味しく感じるぞ」

「なんでだよっ」

「うるさい、店では静かにした方がいいぞ」


 ごちゃごちゃ考えていても仕方がないから自分が注文した物を食べて、食べ終えた後は長居することなくすぐに出た。

 今日は晴れているから話すのなら公園とかそういうところの方がいい、やはり多少気温が高くても晴れの方がいいということは変わらないみたいだ。


「へえ、パソコンか」

「はい、でも、文字を打つのだけで物凄く大変なんです」

「使っていく内に慣れるから問題ないよ、ちなみにくろの家にはあるのか?」

「父の部屋にはあるが使用したことはないな、先に言っておくと私も時間がかかる」

「もったいないな、スマホのブラウザとかも使っていなさそうだ」


 目が疲れてしまうから確かにそういうことは全くしない。

 なにかで困ったら両親に聞けばいいし、それでも分からないことなられんかももに聞けばいい。

 ずっと携帯を見続けてしまうような中毒者のようにはなりたくなかった。


「私の目標は見ないで打てるようになることです、それで通販サイトなんかを見てあれが欲しいこれが欲しいと色々考えたいです」

「見ないで打つかあ、それなら問題ないな! 誰でもすぐにできる!」

「今度困ったら教えてもらってもいいですか?」

「任せておけ! 少なくともくろよりは力になれると思うぞ」


 正直そんなことはどうでもいい、裏で勝手にやってくれればいい。

 それよりも気にしなければいけないことは、考えなければいけないことは今年の夏をどう乗り越えるか、ということだった。

 サポートしてくれなんて頼んだのはいいものの、何度も他者任せで行動するわけにはいかないから色々工夫する必要がある。

 もっとも、私にできることは中学のときみたいに水筒を持参したりすることぐらいだろうが。


「ただ、時間泥棒ですよね、気づけば一時間とか経過していますもん」

「分かる、あと少しだけって何回も言う羽目になるんだよな」

「上手く考えて使用しなければなりませんね」


 ジェルシートなどを常備しておけば快適に……とはならないだろうか。


「ほら――」

「きゃっ!? ……の、飲み物か、ありがたく飲ませてもら――どうして意地悪をするのだ?」

「もう一回聞かせてくれ」


 ももがまだまだれんと話したそうにしていたから帰ることにした。

 七月になって本格的に暑くなればこうして寄り道をすることもできなくなるためできる限り一緒にいたかったが仕方がない。

 私はれんのことを独占したいとは考えたことがないからこんなものだ、そして友達なら友達のしたいようにさせることが普通のことだ。

 別に無茶なことを要求しているわけではない、ももはただ話したいだけだから止める必要もないことだった。


「ただいま」

「おかえり!」

「いつもそうだが、わざわざ廊下に来てくれなくていいのだぞ?」


 主な活動場所となっているリビングに顔を出してから部屋に行くから問題ない。

 部屋に移動したらご飯の時間までは下りないことが多いので、それだけでは足りないということなら分からなくもないが。


「可愛いひとり娘が帰ってきたら迎えに行くのが普通だよ、くろちゃんは目に入れても痛くないからね」

「親ばかはやめてくれ」


 別れて部屋に移動し、制服から着替えたらすぐにベッドに寝転んだ。

 ふと、ももが大きくなったら母みたいになるのだろうかと思った。

 派手すぎず地味すぎない、近づきやすいそんな存在だからあり得そうだった。


「んー、そろそろ新しい服を買おうか」

「いつ入ってきたのかは分からないが、新しい服は必要ない」


 春夏秋冬、どの季節にも対応できる服が揃っている。

 流行を追い求める人間ではない、新しい服がすぐに欲しくなる人間でもない。

 だからこのままでよかった、そのため、付き合う気もなかった。

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