08話.[そうすればいい]
「す、すまない……」
「本当に暑いのが苦手なんだな、ここまでとは思わなかったぞ」
体育程度なら問題ないと考えていたが駄目だった、七月に入ってからいきなり全開すぎで困ってしまう。
汗をかかないから汗臭くなる可能性が低いというのは人と関わるうえではいいことではあるものの、上手く排出できていないことになるから喜べることではない。
中学のときに耐えられていたのは部活動で毎日運動をしていたからだろう、入学してから約三ヶ月ではあってもその間は体育以外で運動していなかったからきっとこうなっているのだ。
「くろちゃん大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
それでも少し休めばなんとかなる、放課後だって帰る時間を調節すればこうして寝転ぶ必要が出てくることはない。
それにしてもここはいい場所だ、外から入ってくる風が気持ちがいい。
それだというのに外に出ればすぐに屋内に逃げたくなるような暑さなのだから不思議な話だった。
「磯崎先輩はよくうちわなんて持っていましたね?」
「くろからサポートしてほしいと頼まれていたからな、こういうときの場合に備えて持ってきていたんだ。まあ、まさかここまで早く使うことになるとは思っていなかったけどな」
なるほど、って、私が外から教室に戻ってきたタイミングで既に持っていたのは何故なのか……。
私が体育で出ていたということはももだって出ていたということだ、それなら今回は連絡だってできないからおかしいことになる。
校舎だってグラウンドからは遠い場所にあるため見ることもできない、だから授業中なんかに外を見て判断、なんてこともできないのだがな。
「おお、本当にいい関係ですね」
「私はくろのことが好きだからな、その相手のためにならなんでもとは言えないけどなにかをしようと行動できるよ」
これはそう言うことでももに牽制をしているのだろうか、それとも、私に早く答えろよと言外に言いたいのだろうか。
少し待ってくれと言ってからあっという間に一週間が経過してしまったため、どちらにしても似たような話が出るだけで引っかかることではあった。
「あれ? えっと、もう付き合い始めたんですよね?」
「いや、くろがまだ答えてくれていないからな」
「あ、そうなんですか」
「それでもいいんだ、こうして一緒にいられているから寂しい気持ちになることもないんだ」
……言い聞かせているようにしか聞こえない、こちらには圧にしかならない。
いや、別に考えないようにしていたわけではないのだ、私はこの距離感でも十分満足できてしまうという答えが何度も出てきているだけで。
付き合い始めたときのことを想像して悪くないと感じるときはある、が、そうなると昔の私みたいにできなくなるのが問題なのだ。
だってやはり飽きたとかそういうことを言われたとき、いまの私ならそうかで終わらせることができないからだ。
「ははは、あ、ごめん」
「ん? え、私が笑われたのか?」
「だって表情が短時間で凄く変わるんだもん」
黙っている間に表情が変わっていたからってそんなに面白いか……?
ちなみにこれにはそうかで終わらせることができた、……分かりやすく差ができていることに自分に少し寂しくなる。
同じ気持ちで相手を見ることができていない、残念ながられんとももでは遥かに差というやつができている。
これが答えか? 私もやはりそういうつもりでれんを求めていると?
いやそうだ、終わるときのことを考えて引っかかっていただけで受け入れる、付き合うことについては全く私は……。
「おいくろ、やめておけって年上である私が忠告してやっただろ?」
「マイナス思考をしていたのではないのだ」
「ほう、じゃあどうして?」
「どう返事するかを考えていた、それで答えが出たのだ」
「「お」」
だが、今度はここでしていいことなのかどうかが分からなくて黙る羽目になった。
返事待ちだったれんとしてはふたりきりのときに言ってもらいたいだろうし、なにも直前まで弱っていたいまでなくてもいいかと先延ばしにした。
恥ずかしい気持ちなどはどこかにやって~などと考えていた私はもういなかった、やはり冗談という形にしなければ私には無理だ。
「それじゃあ私はこれで、これでも空気が読める人間なんです」
「いや、残ってくれればいい、いま言うつもりはないからな」
「「えー……」」
「適当にしたくはないのだ、言われる側のれんとしても私が元気なときの方がいいだろう?」
体を起こして伸びをする。
それでも放課後には必ず答えさせてもらう、だから情けない私はここで終わりということになる。
放課後の教室で告白の返事をするというのも悪くはないだろう、ああ、青春物語みたいで悪くない。
「私としてはいますぐにでも言ってもらえる方がありがたいんだけど……」
「無茶を言うな、私にそんなことを求めるべきではないぞ」
「「でも、告白はいいんだ、なんかツンデレみたいだ」」
「う、うるさい、とにかくいまは答えないからな」
揶揄されたくなければ揶揄なんてするべきではない。
高校生なのだからそれぐらいのことは注意される前にやめてほしかった。
「言うぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「……なんだ、私が勇気を出して言おうとしているのに邪魔をするな」
「いや、……だってくろのお母さんが見ているから……」
くっ、放課後の教室で言えなくてなんとか家まで連れてきたのに結局これか。
返事をするのだと母には説明しておいたのに意地悪だ、れんと同じだ。
「あ、私は下でご飯を作っているね、終わったら教えてねー」
これも顔に出ていたのかこちらがなにかを言うまでもなく母は去った。
さあ、先延ばしにしても意味がないから言ってしまうことにしよう。
「れん、好きだぞ」
「そうか!」
「情けなく寝転んでいたときにぽろっと出てきたのだ、私はその先のことで引っかかっていただけだとな」
いまだけを考えて行動するというのは意外とできない、というか、後のことを考えないで行動するなんて逃避しているようなものだ。
いまの自分も後の自分も結局変わらない、先延ばしにしたところで問題ばかりが増えていくことにしかならない。
「その先のこと?」
「……感情があるからいまはよくても飽きてどこかに行ってしまうかもしれないだろう? 私はそのことですぐに答えられなかったのだ」
「確かにそうだな、それはくろだって同じだ」
「ああ。だが、だからこそその前のことで悩んでいたわけではないことに気づけた、何故ならそれは受け入れる前提でなければおかしくなってしまうからな」
「あ、確かに」
でも、私はきっと現在進行系で逃避をしているようなものだった、そして、そのことを嫌がっている自分はいなかった。
嫌だと感じようと所詮私はこの程度の人間だと考えてしまえば何故かすっきりするからだ。
そもそもそんな人間が実際には確かめようのない先のことで悩んだところで自滅してしまうだけだ、目の前のことだけに集中しておくのがお似合いだった。
「よし、これで関係が変わったことになるよな、これまで我慢してきたこともくろには求めてもいいんだよな?」
「できることならな、無茶な要求をされても空気が最悪になるだけだぞ」
そのレベルによってはこちらからもとなる、そのため、最初ぐらいはこちらにもできる程度のことであってほしい。
「たまに可愛くないことを言ってしまうくろの口を塞ぎたいんだ」
「さあ、そろそろいい時間だから母の手伝いでもすることにしよう」
暑さにばかり意識を向けていてまだ手伝っていなかったから丁度いい、あと、私でも作れるのだということを彼女に知ってほしかった。
馬鹿にしてくることはないが「もったいないな」とすぐに言ってくるからな、言われて気持ち良くなることではないからこれも対策が必要なのだ。
「私も手伝おう」
「それよりどうなったの? ひとりで来ているということは悪い結果……になっちゃったとか?」
「いや、急に手伝いたくなっただけだから気にしないでくれ。あ、ちなみに私はれんの要求を受け入れたぞ」
「おお! って、それだとれんちゃんはくろちゃんの彼女ってことかー」
それだとって、告白を受け入れたのだからそれ以外のことにはならない。
実は男子だった、なんてこともないからそういうことになる。
どれだけ年を重ねても冗談を言いたくなるときがあるのかもしれない、変に触れたりしないのが大人の対応というやつではないだろうか。
「なみさん、なみさんの娘さんは意地が悪いです」
「え、受け入れたって教えてくれたけど」
「や、確かに受け入れてくれましたけど、関係が変わった瞬間に目の前から去るのは酷いと思いませんか?」
「んー、だけど私は『手伝おう』と言って一緒にやってくれるくろちゃんが好きだからなあ」
何故だ、何故母のことを名前で呼んでいるのだ……。
嫉妬とかそういうことではなく、いつの間にかそれだけ仲を深めていたということに驚いた。
コミュニケーション能力が高い人間ならこれが普通なのだろうか? 気になる存在を振り向かせるためにはまずその親から、ということなのか?
これはあくまで想像でしかないが、もしこれが普通なら私は延々にコミュニケーション能力が高い人間にはなれそうになかった。
「なみさん、いまだけは私にくろをください」
「駄目だね、きみはいつも独占しているだろう?」
「今度また学校でくろがどう過ごしているのか教えますから」
「それなら仕方がないね、連れていくといい」
気になっても知らなかった方がいいということもある、話を聞かなかったことにして問題発言をしたれんに付き合うことにした。
「もしかして母と連絡先を交換しているのか?」
「いや、それはしてないぞ」
それならここに来たときしか話せないということになるし、ここに来ているときは私のところにばかりいるからどうやっているのか分からなかった。
帰る際には玄関のところまで見送りに行くから尚更のことだ、これはもしかしたら隠しているのかもしれない。
彼女の意思で、ではなく母に頼まれたからしている、その可能性の方が高かった。
「まあいいか。で、一応聞いておくが先程のあれはどういうつもりなのだ?」
「小さくて可愛いから触れてみたいだけだよ」
「なにで?」
「口で」
関係が変わった瞬間にしなければならないということなら応えるが、そんな決まりは絶対にないだろう。
つまりこれは暴走……しているのか? 私はどうするのが正解なのだ……。
「くろは違うだろうけど私はずっと我慢してきたんだ、そんな状態でできるようになったらしたいだろ」
「ずっとと言うがまだ七月だぞ? 一年とか二年とかなら分からなくもないがれんは大袈裟だ」
「いや、好きな状態なら同じだよ」
彼女はこっちの腕を掴んで「いいだろ?」と聞いてきた。
「これも一応聞いておくが、断ったらどこかに行くとか言わないよな?」
「当たり前だ、でも、私は分かりやすく落ち込むだろうな」
「結局圧をかけているようなものではないか」
「それならくろもしたいことを言えばいい、私にできることならするよ」
受け入れた場合と断った場合のことを考えて、ここで受け入れた方が楽だという答えが出てきた、もし断ったらももに「くろは酷いんだぞ」とか会う度に言いかねないからだ。
ももは無自覚か自覚してか言葉で刺してくることがあるからきっかけになりそうなことはなるべくなくしたい。
「分かった、じゃあれんから――……分かったと言ったのに慌てすぎだ」
「へへへ、これで当分の間は問題ないな」
……というか、仮にしたかったとしても初めてなら簡単にはできないと思うが。
つまり、いまあっさりとしてきた彼女は経験者ということになる。
過去に誰かと付き合っていようと正直どうでもいいが、そういうことで複雑な気持ちになることもあるということが分かった。
最近は色々なことを知ることができているものの、どちらかと言えば悪い方向ばかりな気がして苦笑する。
「さあな、どうなるのかなんて誰にも分からないぞ」
「いいんだよ、私はずっとこの関係を続けるんだ」
「私達、だろ、ひとりでは続けることはできない」
「ははは、そうだな」
今度こそとリビングに戻ったのだが、残念ながらもう調理を終えてしまっていた。
終わってしまったのに手伝うことは不可能なので、できたてのご飯を食べさせてもらうことにした。
「もうくろちゃんもここで暮らそうよ」
「私もくろにくっついていたいですけどできませんね」
「そうだよね、ご飯とかを作らなきゃいけないんだもんね」
ご飯を作らなければならないらしい人間がほとんど毎日十九時ぐらいまでここにいるのは大丈夫なのか? ただ、帰りたがっているところをこちらが引き止めているというわけでもないから自己責任ということになるが。
「はい、あ、だけど迷惑じゃないなら毎日行かせてもらいますから」
「そっかっ――あ、それなら敬語をやめることが条件だよ」
「えっと……」
「母が言っているのだからそうすればいい」
母と仲良くなってくれれば私としてもやりやすくなる、母目当てであったとしてもここに来てくれるのであればれんの近くにいられるからだ。
目の前のことだけに集中しておけばいいとは考えていてもどうしても不安になってしまうものだからこういうのは仕方がなかった。
「ただいまー……ん? おお、れんちゃんもいたのか!」
疲れた顔から一転、途端に嬉しそうな顔になった。
女子高校生を見て露骨にテンションを上げる父というのもそれはそれで問題な気がする。
「はい、今日は――」
「れんちゃん、敬語はやめるんでしょ?」
「……きょ、今日は食べさせてもらおうと思って」
「そうかそうか! れんちゃんなら大歓迎だぞ! おいくろ、くろは俺達を喜ばせるのが上手いな!」
「ああ、いつも世話になっているからな」
私が直接なにかをするよりもこうしてれんを連れてきた方がよっぽど効果的だということははっきりとしていた。
複雑さなんてどこかにやってしまえばいいだろう、両親のために動けているということが嬉しかった。
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