05話.[ならないかな?]

「朝か」


 上半身を起こして確認してみた結果、だるいとかそういうことはなかった。

 寝すぎて痛みを感じることはあるものの、これなら普通に過ごすことができる。


「おい、起きろ」

「ん、もう朝か……?」

「ああ、だから早く起きて帰った方がいい、ご両親を安心させてやれ」


 寝汗もかいたし、風呂に入っていない状態のときに近くにいてほしくない。

 相手が先輩だからとかではなく、一応乙女としての思考だった。

 だが、ここで大人しく言うことを聞いてくれる人なら昨日から今日にかけて泊まるようなことにはなっていなかった、という話だ。


「……しょっと、もう大丈夫なのか?」

「ああ、本当に世話になった」

「それなら帰るかな」


 ああ、そうか、こちらが内のどこかで求めたときはこうなるのか。

 それでも引き留めようとする人間ではないから玄関先まで見送ってから洗面所に移動した。

 顔を洗ったり歯を磨いたりして内にある複雑さをどうにかする、それからシャワーを浴びるために服を脱いだ。

 はぁ、今日の私ははっきりと先輩にいてほしいと思っていたのにあれでよかったのだろうか? ……なんてな、まだいてほしいなんて言えるわけがないだろう。

 また体調が悪くなっても嫌だからすぐに出てしっかりと拭く、その際に鏡を見てみたが特に弱っているという感じは伝わってこなかったから安心した。


「あ、おはよう」

「おはよう」


 よし、しっかり着ておけば問題にはならない。

 あと、昨日はあまり話せなかったから丁度いいと言えた。


「昨日結構話したけど磯崎さんの娘さんはいい子だな」

「はは、そうだな、だって朝までいてくれたぐらいだからな」

「礼を言えてよかったぜ、あと、今度また連れてきてくれ」

「ああ、予定が合えばそうしよう」


 さて、食欲もそこまでないから部屋に戻ることにしよう。

 とりあえず七月まではテスト勉強を頑張らなくていいので、家では基本的に寝転んで休もうと決める。

 あ、断じて言っておくが先輩が帰ってしまったから食欲がなくなった、というわけではないから勘違いしないでほしい。


「って、誰に言い訳をしているのだ……」


 治ったからって油断せずにしっかり休んで、月曜日になったらまた元気よく登校すればいい。

 そもそも休日に誘ってくる人間がいないかと片付けてある程度休憩した頃、


「くろちゃん、いまからお買い物に行ってくるけどなにか欲しい物はある?」


 と、母が誘ってきた。


「いや、特にないな」

「そっか、じゃあ行ってくるね」

「あ、私も行く、もう治ったから大丈夫だ」


 遊ぶために外に出るわけではないから問題はないし、なにより世話になっている母にも少しずつ返していきたいからこれも丁度いいと言えた。

 こういうときは案外許可してくれる人だから行く行かないという話で盛り上がることはなかったものの、


「なあ、私は小学生ではないのだが……」

「急に倒れちゃうかもしれないでしょ? だからこうしておくの」


 ……もう高校生なのに母に手を握られているというのは複雑な気持ちになるのだ。

 が、このことにはもういつもの頑固さを発揮してしまって聞いてくれないため諦めるしかなかった。


「そもそもお客さんであるれんちゃんに全部任せることになっちゃったのも後悔しているんだよ」

「え、あのご飯もれんが作ってくれたのか?」


「くろのお母さんが作ってくれたんだ」とこちらが食べている間はずっと言っていたし、味付けだって似たようなものだったから私もそうだと考えていた。

 というか、風邪のときだけに関わらず誰かが作ってくれたというだけでありがたいことだから正直どちらでもよかったというのが正直なところだ。

 しかしそうか、何気に女子力の方も高いのだなれんは。

 私も作れることには作れるが、もしかしたら負けているかもしれない。


「うん、どうしても作りたいって言うから私は使っていい調理器具とか食材とかを出しただけなんだよね」

「ふっ、本当にお姉ちゃんみたいな存在だ」


 ……朝ご飯ぐらいは作ってやるべきだったのか? 何故すぐに返そうとしなかったのかと私も後悔した。

 だが、もうれんは家に帰ってしまったからずっと後悔していても仕方がない、いまはとにかく母の手伝いをして返していくことだけに集中するしかない。


「くろちゃんの大好きな人参さんをいっぱい買わないと」

「まだ体調が悪いのか? おかしいな、私は確か人参が嫌いだったはずだが……」

「ふふふ、好き嫌いは駄目だよ?」

「……そのかわりに好きな食べ物もいっぱい買ってくれ」

「えー、くろちゃんが好きな食べ物って高い物ばかりだからなー」


 そんなことはない、寧ろうなぎとかそういう物は好かない方だ。

 ふむ、それなら今日は甘いチョコ菓子でも買ってもらうことにした、あっ、返していくというのは荷物持ちとかそういうことを繰り返して――……だから誰に言い訳をしているのだ。


「荷物は私が持つから自由に見て回ってくれ」


 いきなり精神的に疲れてしまったから店前に設置されてあるベンチに座って休憩をする。


「もう六月になるのか」


 時間が経過するのは早いものだ、ただ、今回はきちんと他者ともいられているから悪くない毎日を過ごせていると思う。

 きっとこのままなにも問題はなく過ごせていけるだろう、れんやももがこれからもいてくれるのであれば尚更そうだと言える。


「だーれだ」

「ももか、こういう偶然もあるのだな」

「お友達がベンチに座って休んでいたから驚いたよ、でも、お母さんのお手伝いをするために出てきてよかった」


 彼女は横に座って「やっぱりいいことをすると意外と見てくれているものだね」と言ってきたが、流石に私に会えたぐらいでそんな発言をしてしまうのは心配になる。

 まあ、相手が変わる度に変えているだろうから問題はないか。


「あっ、体調は大丈夫?」

「ああ、問題ない」


 昨日れんから携帯を奪った際に大丈夫だと話したのに心配性だった。

 私に似てはいないがれんには似ているから類は友を呼ぶというやつなのかもしれない、人生で初めてというわけではないから本当にそうなのだろう。


「それならよかった、ちなみに私は今度は絶対に譲らないと決めました」

「体調が悪いときは側に誰かがいてくれると安心できる、来てくれるということならありがたい話だな」


 ツンデレというわけでもないから本当のところを言っていくだけだ、相手側としても悪口を言われているわけではないから気分が悪くなったりはしないはずだ。


「……磯崎先輩じゃなくてもそうなの?」

「ん? ああ、ももならきっと同じような感想になるぞ」

「そっか」


 そのタイミングで彼女の母が店から出てきて別れることになったので、まだ出てくる気配のない母を探すために移動を開始することにする、そうしたらあまり時間がかからない内に先程とあまり変わっていないそんな場所で母を見つけたため近づいた。


「うぅ、今日どうしようか決まらないよぉ」

「いつも通りでいいだろう? 母が作ってくれるのなら美味しいから問題ない」

「んー、だけどどうせなら色々な料理を食べてほしいんだよ」

「気持ちは分からなくもないが悩むのは今日の料理を作った後などでいいだろう?」

「……分かった、じゃあ今日はいつも通りにします」


 それでいい、疲れてしまうだけだからいつも通りでいい。

 会計を済ませたら約束通り荷物を持って帰路に就いていた。


「そういえば今日はもうれんちゃんは来ないのかな?」

「それはそうだろう、寧ろまた来るようだったら呆れるぞ」


 いてくれたのはありがたいが何時間も相手の時間を貰うことになってしまうのは違うからな、だから仮に来たとしてもすぐに帰れと言わせてもらう。

 どんなにがっかりしたような顔をされようと、悲しそうな顔をされようとそうだ、相手がれんやももでもはっきりとぶつけることができる。

 それとこれとは別という話だ、こちらが間違っているわけでもないのだから堂々とそうすればいい。


「あ、れんちゃんだ!」


 家の前できょろきょろしている怪しい友人を見つけてしまった。

 実際にこうして来てしまっても変わらない、脳内だけの話というわけではないからしっかり言うことが、


「時間があるなら上がっていってよ!」

「いいんですか? それならお邪魔させてもらいます」

「うんうん! 上がって上がって!」


 ……母がこう言っていることだからぶつけなくていいか。

 しかし、あまり関わったことのない母はどうして彼女のことをここまで気に入っているのだろうか? もしかして若い頃の自分と似ている……とか?


「忘れ物でも思い出したのか?」

「いや、約束通り両親に顔を見せたからまた来たんだ。くろに言われたことは守ったから問題はないだろ?」

「今回は母が誘ったから言わなかったが、貴様はもっと自分のしたいことを優先して動け。私はずっと誰かにいてほしいと考えるような弱い人間ではないのだ」


 いてほしいが舐められたくない私も存在していた、というか、もし何度も求めるようになってしまったら自分が自分に嫌になるから続ける必要があった。

 気に入っているからこそだ、だからこそすぐに揺れてしまいそうになるのだ。


「だからしたいことを優先して動いているんだろ?」

「これがしたいことだと?」

「当たり前だろ、くろもたまには冗談を言うんだな」


 ……母が話したそうな顔で待っていたから黙って茶でも飲んでおこう。


「ねえれんちゃん、昨日話してくれたももちゃんという子はどういう子なの?」


 なにがどうなれば友達の話を友達の母にすることになるのだろうか、コミュニケーション能力が高ければそういうことも当たり前だということなら私には理解できない領域の話ということになるが。


「くろと同じで優しい子ですよ」

「そっか、会ってみたいんだけどくろちゃんが連れてきてくれないからどうしようもないんだよ……」


 ちなみにこちらには特になにかを感じたりすることはなかった、同性だろうと異性だろうと娘や息子の友達には会いたがるものだ。

 多分、私が親になったとしても家に全く連れてこなかったら気になると思う、それどころか「どんな子なのだ」とか「家に連れてきてほしい」とか言いそうだった。


「それなら呼びましょうか? あ、来てくれるかどうかは分かりませんが」

「え、迷惑にならないかな? その子としてもくろちゃんじゃなくてその母親に誘われたとなったら困惑しないかな?」

「大丈夫ですよ、何故かくろのことをやたらと気に入っていますからね」


 いまとなってはどうせならとかそういうことは関係なくなっている気がする。


「それじゃあ呼びますね」

「う、うん」


 やれやれ、これではまるで気になる人間を友達経由で呼んでもらおうとする若者みたいだ。

 ちなみに私としては断られると考えていた、理由は先程あっさり別れたからだ。

 そういうのもあって先輩に誘われてあっさり来てほしくなかった、それで大体のところが分かってしまうから本当に駄目だ。


「あ、来てくれるみたいです」

「そっかっ」


 ……ふっ、いいさ、それならこっちは部屋でゆっくりすることにしよう。

 れんもももも母に会いたくて来ているだけ、そういう風に片付けておけば傷つくようなことはない。


「つまらん」


 あとどうしてここまでむかむかするのだろうか、ただ自分の母と仲良さそうに話しているというだけなのに変だ。

 そんな現実から目を逸らしたくて布団の中にこもっていたら部屋の扉がノックされた、……無視するようなことは流石にできないから移動して開けてみると、


「部屋に移動するなよ」


 先輩がいて、勝手なことを言ってくれた。

 勝手に入ってきて床に座ると「楠橋と話せて嬉しそうだったよ」と教えてくれたのはいいが、こちらとしては来るのが早すぎると驚くしかなかった。

 元々手伝いを終えたら来るつもりだったのだろうか? だってそうでもなければ家が物凄く近いというわけでもないから無理だ。


「それこそずっとくろといたから家に帰ったら寂しかったんだ、両親は共働きだからすぐに出ていったしな」

「それでまた『くろの家に行こう』となるのが不思議だ」

「朝に無理やり追い出されたからだよ、まあ、それがなくても私はここに来ていたと思うけど」

「そうか、って、私は追い出してなんかいないぞ」

「冗談みたいなものだよ、もう少し上手く流せるようにならないとな」


 冗談のつもりでも相手がどう受け取るのか分からないということも分かっておいた方がいい。

 ちょっとしたそれから関係が悪化、それからすぐに消滅なんてこともあるからだ。


「もういい、後悔しても文句を言わないと約束をできるのなら来ればいい」

「じゃあ行くわ、最近はあんまり一緒にいられていなかったからさ」


 放課後になったら毎日必ず二時間は一緒にいたというのにすごい話だ、彼女はなにが気になってこんなに来ているのだろうか。


「くろ、ちょっとそこに座ってくれ」

「ああ――って、何故少しずつ近づいてくるのだ?」

「私もテスト勉強を頑張った、だからご褒美があってもいいだろ?」


 真横に座ると「実は昨日が誕生日だったんだ」と教えてくれたが、終わってから言われても困ってしまう。

 仲良くしてほしくないとかそういうことは言えるのにどうしてそんなことは言えないのか、という話だ。


「それなら店を見に行こう、世話になったからなにかを買わせてもらう」

「いや、物より私は――」

「もうくろちゃん、磯崎先輩とふたりきりでこそこそしないでよ」


 母は満足できたのか付いてきているということはなかったものの、ももの方は明らかにすぐに終わらせようとしている顔ではなかった。

 ひとつ言い訳をさせてもらえば私は拗ねて部屋にいただけなので、責めるのなら先輩を責めてもらうしかない。


「磯崎先輩もこちらばかりに我慢させないでください」

「お母さんが会いたがっていたというのもあるけど、今回のこれは楠橋のためにしたことでもあるんだぞ?」


 聞いているのか聞いていないのか、彼女は悔しそうな顔で「お母さんに言ってあのとき別れればよかった」と言った。


「だが、手伝いをすると言って外に出ていたのだろう? それなら帰るところまで付き合うことを選んだももは正しい」


 今朝の私みたいに手伝うと自分から言った場合なら尚更そうしなければならなかった、中途半端にするぐらいなら言わない方がいい。

 最初からひとりの状態と途中からひとりになったという場合なら全く変わってくるからだ、まあ、そもそも私には別れる意味なんてなかったがな。


「んー、だけどこうしてふたりでこそこそされると分かっていたらお母さんには悪いけどあそこで別れていたよ」

「こそこそ、か」

「うん、こそこそ、だよ」


 自分に教えてくれなかったからということでなにもかもをこそこそ扱いしてきそうな友達に苦笑する、冗談でも本気でもそんなことを言えてしまえるのがすごい。

 私だったら「は?」という反応をされたくなくて思っていても言えないだろう。


「ちょ、ちょっと待て、くろと楠橋の言い方だと直前に会っていたみたいに聞こえるんだけど……」

「スーパーの前でたまたま会ったんです、そのときは残念ながらすぐに別れることになりましたけどね」

「ぐっ、な、なんで教えてくれなかったんだ?」

「ももと話したのだ、なんて言われても困るだろう?」


 なんであんなことを言ってしまったのだろうと後悔してしまう前にやめておくべきだ、約束とはいっても所詮口約束だからその場合は面倒くさいことになりそうで嫌だから止めておくべきだと思う。

 だが、ももがいるところでこういうことを言うと絶対に「なんでだよ」となるし、約束できるのなら来ればいいと言ったのは私だからやめておく。

 いや、後悔してしまう前にやめておくべきだったというのは私に対してなのだ。

 短期間で同じ失敗を重ねて正直物凄くヘコんだのだった。

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