04話.[どうしてなんだ]

「……なんで来たんだよ」

「なんでって、貴様が勝手に拗ねて逃げるからだろう」


 ふぅ、外にいてくれて助かった、そうでもなければ無駄な時間になっていた。

 外である以上、許可を貰う必要なんかないから近づいて横に座って先輩を見る。


「く、楠橋はどうしたんだよ?」

「先程別れた、これだってももが『行った方がいい』と言ってくれたからだ」

「この前の家のときも?」

「ああ、変なところで遠慮する人間だからな」


 先輩といられているときの私がいい的なことを言っていたからきっとこれで満足なのだろう。

 ……この場合は私が悪いわけではないから謝罪をする必要はないよな? それだとどうすれば解決になるのだろうか……。


「ん? んー……?」

「言いたいことがあるならはっきりと言え、できることなら聞いてやる」


 これでも一緒にいてくれていることに感謝をしているのだ、だったらと考えることは私でもする。

 物を贈るとかそういうことは期待しないでほしいがな、これまで一切してこなかったからきっと残念がられてしまうはずだ。


「えっと、楠橋はもういないんだよな?」

「ああ、流石に私が家から出ればももだって――」

「それだ! なにちゃっかり仲を深めているんだよ! こっちはこんなに傷ついているというのに!」


 傷ついていると言うが、あの会話内容からなにをどうすれば傷つけると先輩は言うのだろうか? 私もそうだが、先輩ももう少しぐらいは冷静になった方がいい。

 きっとこれは帰宅してから後悔するパターンだ、あれはもう全身を掻きむしるぐらいしないとどこかにやれないものだから後悔したくないならそうするべきだった。


「求めてきたから応えただけだ、ももを特別扱いしているわけではない」

「じゃあ私が頼んでも受け入れるのか? それなら違うと答えるだろ」

「はあ? 勝手に決めつけるな、そもそもももとはまだ話し始めたばかりだぞ」


 だが、なるほどと納得できることでもあった、これなら確かにごちゃごちゃ考えるのはやめた方がいいと言いたくなるはずだ。


「え、受け入れてくれるのか……?」

「はぁ、求められてもいないのにできるような人間に見えるのか?」

「こ、答えてくれ、私が求めても――」

「何度も言わせるな」


 この話し方も舐められないようにしているのかもしれない、まあ、その話し方をして装っても内側がそのままでは意味がないが。

 黙ってしまったからこちらは外であるのをいいことに適当に色々なところに意識を向けていた、今日は天気もいいからそれだけでも結構楽しめる。


「……くろ」

「……なんだ?」

「時間がまだあるなら家に来てほしい……」

「それなら早く行こう」


 私が一応きちんとできているだけなのか、それとも、先輩の内側が年齢に見合った感じではないのか、これを知るためには私情を挟まずに評価できる人間の力が必要だった。

 まあ、そんな存在はいまいないからとにかく先輩の家を目指す、そう遠くないから家自体にはすぐに着いたのだが……。


「……そんなことをするよりも鍵を開けてくれ」

「わ、分かった」


 出会ったきっかけだっていいものではないし、私達は普通に会話をしたりして過ごしていただけだ、それなのに何故そのような顔をするのかという話だ。

 あまりに急にこういうことをされると計算でしているのではないかと疑いたくなってしまう、不自然極まりないという言葉はこういうときに使うのかもしれない。


「勝手に座らせてもらうぞ」


 これだと嫌がる後輩の家に無理やり居座ろうとする悪い人間にしか見えない。


「れん」

「……あ、飲み物を用意するよ」

「飲み物はいまはいい、いいから座れ」

「……分かった」


 いまだけで言えば家主の先輩がずっと立っているなんておかしいからとりあえず座らせた、が、ここからどうすればいいのかは分かっていない。

 勘違いするなとか言うのも自意識過剰感が出てしまうので、私としては今回も待つことが正解なのかもしれない。


「ふぅ、年上らしくないのは分かっている、ただ、楠橋と仲良くしているくろを見たら嫌な気持ちになったんだ」

「あとは友達を作るだけなのではなかったのか?」

「ああ、矛盾していることも分かっているんだ」


 それでも出してしまったと、抑えることができなかったと言いたいわけか。

 抑えられないで失敗をした経験は何度もしてきたから偉そうには言えない。


「学校にいたときは特になにも感じなかったんだけどな、それどころか楠橋と仲良くしているところを見て喜んだぐらいなのにどうしてなんだ……」


 なにかを言うよりもこうしてひとりで吐かせた方が上手くいきそうだったから黙っておくか、一瞬、ももならこういうときどうするのかと出てきたが慌てて消した。

 いまそんなことを考えても意味がない、思い浮かべた人物を憑依させてなんとかできるとかそんな魔法みたいなことはできないから待っているだけでいい。


「くろ、もしかして私はお前のことが好きなのか?」

「私は貴様ではないから分からないぞ」

「って、そうだよな。んー、なんでだろうなー」


 なんかすっかり普通に戻ってしまったからゆっくり会話をしてから家に帰った。

 不安定になる人間の相手をするのは大変だということがよく分かった一日だった。




 テスト最終日、残り十五分というところまできていた。

 だが、正直になにもかもを吐いてしまうと微妙だ、テストの結果ではなくて体調の方が微妙だ。

 休み時間になる度にももが「くろちゃん」と名前だけ呼んできているのはきっとばれているからだと思う、こればかりは私でも抑えられていないみたいだった。

 それでももう最終日だ、更に言ってしまえば明日は休みだから問題はない。

 腹痛などがないだけでよかった、頭痛は我慢できても腹痛だけは我慢し続けることはできないからだ。


「はい終了ー」


 今日はもうこれで終わりとなる、これ以上無理をしなくていいというだけで自然と息が溢れた。


「くろちゃん」

「お疲れ様だ」

「あ、うん、お疲れ様――じゃなくて!」


 ももも同じような感じだからこうなることは大体想像できていた、でも、もう帰って休むだけだから心配はいらない。

 それに今日は先輩のあのテンションに付いていくことができないため、来てしまう前に帰りたいというのが本音だったのだ。


「待てっ」

「……どうして今日に限ってこんなに早いのだ」


 動けないほどではなかったのだから走っておくべきだった。


「楠橋が教えてくれたんだ、まあ、そのせいで全く集中できなかったけどな」

「なんだその顔は……」

「この前みたいな感じは似合わないからな、しっかり切り替えたんだ」


 もう諦めよう、無駄な抵抗をしたところで自分が辛いだけだから意味がない。

 それで一緒に帰ろうとしたらももは「それじゃあお願いします」と言って違うところに行ってしまった、これには普通に寂しくなった。

 人それぞれに優先したいことがあるから仕方がないことではあるが、せめて途中までぐらいは付き合ってくれても……。


「大丈夫か? 無理そうなら運んでやるぞ?」

「大丈夫だ」

「よし、それなら今日は寄り道をせずに帰るとしよう」


 と思ってしまったのは体調が悪くて弱っているからだろう、いつもならこんな自分勝手な振る舞いはしない。

 私でもこうなるのだから弱そうな先輩なら「一緒にいてほしい」などとずっと言ってきそうだった。


「よいしょっと、ちゃんといてやるからくろは寝ろ」

「そこまでではない、だが、寝転ばせてもらうことにしよう」


 ついつい風呂の時間が長くなってしまったとか、急に不安になって夜中まで勉強をしてしまったとかそういうことでもなかったのにこんな結果になって最悪だ、体調管理を失敗したことには変わらないからどうしようもない


「集中できなかったと言っていたが大丈夫なのか?」

「赤点はこれまで取ったことがないから大丈夫だ、それより休み時間に行かなくて悪かったな」

「何故謝る、貴様は当たり前のことをしただけだろう」


 寧ろももには自分から吐いて連絡などをさせないようにしておくべきだったとこちらは後悔しているというのに。

 いま私が言ってほしいのはそういうことではない、「ここで風邪を引くとか馬鹿だろ」とかそういうことでいい。


「いや、自分のためにも見に行くべきだった、そうすればもう少しぐらいは集中できたはずだからな」

「それでも体調管理を失敗した私が悪いのだ、だから謝ったりするな」


 目を閉じて深呼吸をする、先程みたいになにかをしなければいけない時間と比べたら遥かにマシだと言えた。

 頭痛も出てきたり治まったりという感じだからこうして普通に相手をすることができる、あまりに弱ったところを見せるとずっといるとか先輩が言いかねないからこれでいい。

 まあ、すぐに帰られてもそれはそれで複雑だがな。


「ちゃんと布団を掛けろ、それと手を握っていてやる」

「ふっ、貴様は――」

「れんだ」

「母にはお兄ちゃん系だと言われていたが、れんはお姉ちゃん系だな」


 喋り方がこんな感じだからこそいい方へ働いている気がする、……いや、これは単純に私が先輩のことをもう気に入っているというだけか。

 ただ、優しい人だからこそ友達が多く存在しているのだ、まあ、この前のことで本当に友達なのかどうか分からなくなったがな。


「えっ、お兄ちゃん系って……」

「格好いいからだそうだ」

「わ、私も女なのに……」

「安心しろ、胸が大きいから誰がどう見ても女子にしか見えないぞ」

「か、顔は!?」


 可愛い系や奇麗系ではなくて母の言うように格好いいと言うべきだろうか。

 高身長だということも影響している、同性の友達が多いのもきっと無関係というわけではないだろう。


「嫌いではないぞ」

「お、おいおい、そういう言い方は余計に不安になるんだけど……」

「大丈夫だ、他者である私がそう言っているのだから不安になる必要はない」

「後で楠橋にも聞いておくわ……」


 そこは好きにしてくれればいい、それで安心できるというのならやるべきだ。

 こちらは治すことだけに集中しようと再度目を閉じた。




「今度は譲りませんからね」

「ああ、分かってる」

「それでくろちゃんの様子はどうですか?」

「食べ物を食べさせたり飲み物を飲ませたりさせたけど、問題はなさそうだぞ」


 いまだってベッドの上ですーすー寝ているわけだし、その寝顔も悪いというわけではないから問題はない。

 起きる度に「何故まだいるのだ」とか「もう帰ってもいいぞ、見られていると寝にくくなるからな」とか可愛くないことを言ってきたから尚更だ。


「って、泊まっているんですか? なにちゃっかりしているんですか」

「今日はずっといるって言ったし、くろだって許可してくれたからな」

「弱っていたから断るのも面倒くさかっただけではないですか?」

「それもあるかもしれない、でも、離れたくなかったんだ」


 これまでひとりでいることが多かった人間のところにひとりの人間が多く行くようになったらどうなるのか、合っているかは分からないけどきっとここで体調を悪くしてしまったのは私も影響しているんだ。

 自分が少しでも関わっているのなら一緒にいなければならない――とかそういうのは言い訳で、本当のところは……。


「貸せ」

「おっ」


 取られてしまったから部屋に戻って寝転ぶことにした。

 流石に日付が変わるぐらいまで起きていると眠たい、くろのお母さんが布団一式をここまで運んでくれたから風邪を引くこともない。

 それにしても今日はともかく、部屋にも普通に入れてくれるんだなと今更ながらそんな感想を抱いた。

 いやほら、他者を拒絶していなくても部屋に入れるのはちゃんと仲良くなってからとかそういう風に考えていそうだろ? 夏休みや冬休みと比べれば遥かに少ないゴールデンウィークのときでも計画表を作ったりする人間なんだから絶対にそうだ。


「ほら」

「もう切ったのか」

「ああ、言いたいことも言えたからな」


 もういつも通りのくろだ、治ったみたいで本当によかった。


「れん」

「ん? あ、水ならそこにあるぞ」


 トイレなら頑張って行ってもらうしかない。

 体を拭くとかそういうことなら手伝ってやれるけど、残念ながらこちらにできることというのは存外少なかった。


「違う、今日はその……世話になった」

「って、私はただ一緒にいただけだろ」

「いや、それでもだ、ここにずっといてくれたから私も安心して寝られた」


 は、……やっぱりまだ本調子ではないんだな、まあそれも当たり前か。

 だって体調が悪い状態で頑張らなければいけなかったわけだからな、いい、マイナス発言をしているわけではないからごちゃごちゃ言わずに受け入れておこう。


「だが、譲ってもらったというのはどういうことだ?」

「あ、複数人で行ったら余計に悪化させるかもしれないだろ? だから楠橋には諦めてもらったというか……」


 スピーカーモードで話していたというわけでもないし、本人に聞かれて楠橋が話してしまったみたいだ。

 なんかやたらと気に入っているから隠さなかったことは違和感はないけど、内緒のはずだったのにあっさりばらされたから複雑な気持ちになった。


「ははは、れんにとってはなんの得もないことなのになにをしているのだ」

「は? あるよ」

「ふっ、よせよせ、こうして時間が経過したいまは後悔しているのだろう?」


 違う、先程もいまもくろ自身の意思で言っているんだ。

 寂しさとか悲しさとか怒りとか、そういう感情ではなく悔しさが内を染めた。

 自分の意思でここにいるのに後悔なんてするわけがない。


「後悔なんかしてないぞ」

「そうか、それよりこれはどういうつもりでしているのだ?」


 至近距離で見下されても目を逸らそうとしない、私も、いや、私は何故か違うところを見ることができなかった。

 腕を掴まれているとか、両頬を両手で挟まれているとか、そういうことでは全くないのにガチンと全身が固まってしまったんだ。


「石像か? それとも、勢いでこんなことをしてしまったから引くに引けなくなっているのか?」

「ち、違う」


 そうだ、金縛りだ! 最近はテスト勉強ばかりをしていて疲れていたからきっとそうだろう。

 そうでもなければ固まるなんてありえない、くろが魔法使いで特殊な力を持っているとかそういうことでもないからきっとそうだ。


「それならずっとそうしていてくれ。先程言ったことは嘘ではないからな。私は本当にれんに感謝しているのだ」

「な、なんでそこでそんな顔をするんだよ……」

「父によく『にこりとしろ』と言われるからな。どうだ、上手くできていたか?」


 今度こそ必死に体を動かして距離を作った。

 なにかを勘違いしたのか「そんなに必死に離れるなんて酷いな」と言ってくれたけど、自分を守るためにも必要なことだったんだ。


「今日のくろはくろらしくない、まだまだ体調が悪いんだな」

「拒絶していない人間なのだ、信用した相手にはこれが普通かもしれないぞ?」

「はい、そんなことを言っている時点で駄目なんだよなあ」

「酷いな、どれだけ私を病人にしたいのだ」

「体調が悪いときでもその喋り方を貫くのはすごいけどな」


 こういうときだけはふと素を見せてしまって恥ずかしがるくろというやつを見たい自分もいたものの、それと似たような感じになったらなったで不安になるということが分かって次から考えることはやめようと決めた。


「素だからな、逆にこれ以外の喋り方はできない」

「え、幼少期になにかに影響されたのか?」

「あ、他と違う喋り方をしたかったのはあるがな」

「えぇ、厨二かよぉ」


 だけどそうか、くろもやっぱり人間っぽくっていいな、ただただ淡々とこなすだけだと近づきにくいから助かった。

 自分が悪いとはいえ、そこまで大声を出さなくてもと考えてしまったぐらいだったけど、その後も話しかけてよかったと思ったのだった。

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