03話.[意味がなくなる]
「あれだけ行きたいって言ったのにくろは酷いよな」
「友達が私だけしかいないみたいな反応をするな、どうしてあの人達と一緒にいようとしないのだ」
「同級生で基本的に一緒にいられるからだよ、その点、くろは来てくれないから一緒にいたいなら自分から行くしかないだろうが」
「ほとんどの休み時間を一緒に過ごしているだろう……」
それこそ先輩は先程の楠橋と同じでそういう相手を放置してこっちに来ているということだ、興味を抱いてくれるのは嬉しいが素直に喜びづらいことだ。
私が私をやっている限りはこれは変わらないことだった、絶対に文句を言われないと分かるまでは他を優先してくれと言い続けるしかない。
「あーあ、くろのせいでくろのお母さんに迷惑をかけてしまったな」
「母としては嬉しいだろうな、ああして友達的な存在を家に連れて行ったことはこれまで一度もなかったから」
「……お前って所謂ぼっち、だったのか?」
「ああ、だが、何度も言うが拒絶していたわけではないのだがな」
「確かにそうだよな、もし拒絶する人間なら私がこうして近づくことも許可しないだろうし」
自分では分かりづらいがまとっている雰囲気というやつが駄目だったのだろう、無自覚に顔に出していた可能性もある。
だから周りが悪いというわけでもないのだ、それに今年は去年までとは少し違うみたいだと隣を歩く先輩を見つつそう考える。
「そういえば学校はどうだ? もう慣れたか?」
「ああ、特に問題はない」
「となるとくろがしなければならないのは友達作りだよな」
「……貴様がいてくれればいい」
「おっ、ははは、可愛いことを言ってくれるな」
拒絶していたわけではないが近づいてもいなかったため、何故他者が近づいてこないのかは自分でも分かっていた。
積極的に一緒にいようとしない人間を見たら仮に興味を抱いても躊躇するというもの、結局原因は全て自分にあったということになる。
「まあ、友達がいなかろうと私は高校生として過ごしていくだけだ」
「そうだな、だってそう過ごすしかないからな」
「ああ」
中学のときと違って絶対になんらかの部活に所属しなければいけないというわけでもないし、部活仲間と衝突して仲が悪くなって学校生活にまで影響、なんてこともないから高校はマシだと言える。
そう考えるとあの頃は全く冷静には対応できていなかったということだ、意味もなく突っかかってこられるとついつい感情的になって言い返してしまっていたのだ。
「私は精神がまだまだ子どもなのだ、そのことがたまらなく悔しい」
「まだ成人していないし、高校生なんだから仕方がないだろ」
「だが、大学を志望しなければすぐに社会人になるのだぞ?」
「まだ一年生だろ、ゆっくりでいいんだよ」
ゆっくりでいいか、そうやってなにかがある度に先延ばしにした結果がいまに繋がっていると思うがな。
「暗い話は禁止な、人間味があっていいけど聞いていても楽しくない」
「ふっ、それはそうだろう、もしこの話で楽しめるとしたら性格に問題があると言いたくなるぞ」
「対面式とかだって全く緊張した感じが伝わってこなかったのに意外と繊細だよな」
「その後に物理的に衝突したのだ、しっかり見ていないくせに適当なこと――」
「いや、マジで見てたから」
……かどうかはともかくとして、この話もこれで終わらせた。
そもそも既に先輩の家の前に着いているのにここでずっと話し続けるというのも変だ、私でも学校に行けば疲れることには変わらないからこれで帰らせてもらうことにする。
「ただい――」
「おいおいくろ、なんで磯崎さんの娘さんを見せてくれないんだよ」
帰宅してすぐにこの絡まれ方は疲れる、世話になっている父が相手だから適当にとはできないのも拍車をかける。
「ずっとここにいさせるわけにはいかないだろう」
「くろの相手をしてくれてありがとうと礼だって言いたかったのにやっぱり娘は意地悪だ」
所謂普通の対応をしているだけなのに意地悪をしているということになるらしい、コントロールできるわけではないから無難に終わらせようと意識して更に疲れた。
食欲というのも吹き飛び、真っ暗な部屋の中ベッドに寝転んで休んでいたら「入るぞ」と構ってほしい父がやってきた。
「じょ、冗談だからな? あ、礼を言いたいのは本当のことだが」
「私はまだなにも言っていないぞ」
「でも、仲良くやれているようでほっとしたよ、喋りやすい子なのか?」
「ああ」
ただ、相手が誰であっても自分から近づくことはしなかったと思う、だから私がそんなことをするようになったら自分が一番驚きそうだった。
「で、電気、点けないのか? というか、ご飯は……」
「今日はいい、風呂に入って寝る」
「そうか……」
色々なことが積み重なった結果だから気にする必要はない、言ってしまえば今日は精神的に疲れてしまったというだけの話だからだ。
着替えを持って部屋を出る、その際、何故か動こうとしなかったから父の腕を掴みながらではあるが。
みんな先輩みたいに見えてきてしまうのも困りものだった。
「あ、教科書忘れちゃった」
「それなら私のやつを見ればいい」
「ありがとう」
一対一を守るために先輩が来ているときは話しかけてきたりはしていなかった、だから大抵は授業開始前の少しの時間と終わってからの少しの時間に話すことになる。
それでも続けてきているのだから先輩と同じで楠橋は物好きなのかもしれない、それにこれだとグループの仲間もちゃんと優先できるから賢いとも言える。
「楠橋、この前はあれだったが……」
「ん?」
「あ……、だからその――」
教科担任が入ってきて黙ることになった。
一応ちらりと見てみたらこっちを不思議そうな顔で見てきていたから後で話すと口パクで伝えて内でため息をついた。
だが、先輩が来ているときにも話しかけてきていいのだぞ、なんて言いづらいに決まっている。
そこまで私に興味がなかったらあのときみたいに恥ずかしい気持ちを味わうことになるので、やはりいつもみたいに待っているぐらいが一番よかった。
しっかり板書をしつつ適当に考える、が、考えたところで私らしいとしか言いようがないからどうしようもなくなる。
「ねえ、さっきなにを言おうとしたの?」
そんな無駄なことを繰り返した結果、今回も問題なく授業が終わってくれたわけだが、これまた自分の安易な発言で面倒くさいことになろうとしていた。
彼女はこちらを「絶対に聞きます」とでも言いたげな顔で見てきている、後で話すと言ったのはこちらだからこのまま逃げることもできない。
そして、こういうときに限って先輩が来てくれないということも重なり、廊下に連れ出してから吐くことになった。
「え、いいの?」
「ああ、ただ話す程度だったら一対二だろうと構わない」
あれは知らない人間が急に加わってくるから嫌だっただけだと教えておく。
「待って、それは嬉しいけどその場合は二対一じゃない?」
「そ、そうか?」
「うん、だって私にとっては磯崎先輩より高久さんとの方が仲がいいから」
「そうなのか、そうなのかもしれないな」
放課後だって先輩は私と一緒にいるからこそこそ会っているということもないだろう――いや、別に会っていても構わないが、まあ、そういうことなのだろう。
とにかく、こそこそ会っていないと考えられるのは先輩が自宅に帰宅してからもよくメッセージを送ってきたり、電話をかけてきたりするからだった。
「そうだぞくろ、変に仲良くされると仲間はずれにされそうで嫌なんだけど」
「楠橋には他に優先したいことがある、だから問題にはならない」
事実、放課後に一緒に過ごしたのはあの日だけだから嘘ではなかった、こちらを優先されても気になってしまうからそのまま続けてほしいと思う。
先程も言ったように学校で相手をするから不安になる必要はない、本当かどうかは分からないが誰かと比べて嫉妬とかもする必要はなかった。
「いま優先したいのは高久さんだけどなあ、磯崎先輩もそうですよね?」
「一緒にいてやらないとすぐに悪く考え始めるからな。それにこいつ、人のことを寂しがり屋扱いしているけど実際はこいつの方が寂しがり屋なんだ」
「おお、その場合はギャップがあって可愛いですね」
「可愛げがあるやつなんだよ」
可愛げがないと言ったり可愛げがあると言ったり忙しい人だ。
寂しがり屋の自分なんてこれまでの人生で一度も見たことがないので、これも先輩流の会話を広げる行為なのだと片付ける。
……誰が寂しがり屋だ、そんな自分は絶対にいない。
「こうして頭を撫でてやると途端に嬉しそうな顔をするんだ」
「お……えっと、思い切り睨まれていますけど」
「楠橋がいるからだろうな、家に帰ってからならにこにこだ」
調子に乗っている先輩は放置しておくとして、もうそろそろ四月も終わろうとしているという事実に目を向ける。
ゴールデンウィークがあって終わったらすぐに初めてのテスト週間がくるが、どういう風にやるかいまから考えておく必要があった。
授業についていけていないとかそういうことはない、でも、万が一があっても嫌だからしっかりやっておくことが大切だろう。
「おい、貴様はいつからテスト勉強を始めるのだ?」
「ん? テスト週間が始まってからだけど」
「そうか、ちなみに楠橋はどうする?」
「私は初めてで不安だからゴールデンウィークからちょっとずつやろうかな」
最初はそれぐらいでいいか、結果を見て自分に合うスケジュールを組み立てていけばいい。
「ふっ、貴様はやはり楠橋を見習った方がいいな」
「なんだよそれ、どうせお前だってそうなってからやるんだろ?」
「さあな、そのときの気分次第だ」
自分だけでごちゃごちゃ考えるよりも他者の意見を聞けるというのは大きい。
何故かは分からないが、楠橋がこうして近づいてきてくれたのはいいことだとしか言えなかった。
「ふむ、こんな感じか」
「やめとけやめとけ、そんな計画を立てたところで実際にその通りに行動できるわけではないんだから」
「……何故いるのだ」
「ふっ、自分が入れてくれたくせに敢えて言うスタイルは嫌いじゃないぞ」
こちらの場合はこうして決めていないと落ち着かなくなって集中できなくなるから必要なことだった、だからその通りにできなくても全く問題はないと言える。
そういうことも考えて緩めに計画を立てているから自分で自分の首を絞めてしまうようなことにはならない、これで今年の連休も普通に過ごせそうだ。
「おいおい、計画表を作っただけで終わりか?」
「お客がいるときにやることはしない」
「ぷっ、やっぱり可愛いやつだ」
そもそも集中力があまりないからやれても二時間を数度、というところだ、あと、真面目にやっているところを見られたくないから人がいる場合では意味がなくなる。
追い出すこともしたくはないからそうなると自然に合わせるしかなくなるのだ、寧ろそういう人間性だったことを感謝してほしいぐらいだった。
「そろそろ出かけないか? ほぼ一ヶ月は一緒にいたんだからいいだろ?」
「どこに行きたいのだ?」
ずっと家で過ごし続けるのもそれはそれで寂しい、付き合ってくれるということなら自分の気持ちを優先して外に出るのもいいだろう。
これまではひとりだからと我慢したことが沢山ある、そのため、なかなかに悪くない時間を過ごせるような気がしていた。
「水族館……とか?」
「それなら魚でも見に行くか」
まあ、先に言ってしまうとこれが失敗だったのだが。
今回再度分かったことは先延ばしにするのは危険だということだった。
当たり前のように先輩が家にきて、こちらも当たり前のように相手をしていた。
そうなれば作った勉強計画なんて意識から消える、自分の成長していないところをまだまだ甘く見ていたのかもしれない。
「き、貴様のせいで最終日になってしまったではないか!」
「でも、楽しかっただろ?」
「……だが、結局日に二時間しか勉強をすることができなかった……」
「二時間もやっていれば十分だろ、まだテスト週間じゃないんだぞ?」
先輩の言葉は悪魔の囁きだ、私はそれに敗北したことになる。
というか、寧ろ後半は自分の方から――い、いや! そんなことは絶対にない!
「お、楠橋だな、出てくるわ」
「あ、ああ」
それよりこの人、毎日のようにこの家にいすぎだが大丈夫なのだろうか?
友達を優先しろと言っても全く聞いてくれないどころか頻度を増やした、もしかしてあの人達は友達ではないのか……?
「こんにちは」
「ああ、ゆっくりしてくれ」
「いきなり磯崎先輩に呼ばれたときは驚いたけど、こうして高久さんのお家に上がることができて嬉しいよ」
「なにもないがな」
とりあえずふたりだけで話してもらうことにした、こちらは飲み物などを用意している間に自分を落ち着かせなければならない。
内で叫んでしまっている時点で冷静ではいられていない証明になっている、このままでは絶対に失敗するから必要なことだ。
「というわけで高久さん、私とも交換してくれないかな?」
「どういうわけかは分からないが構わない、携帯を持ってくるから待っていてくれ」
ベッドの上に置いてあった携帯を取ろうとしたができなかった、妨害した人間はこちらを見てにやりと笑う。
「面倒くさい絡み方はよせ」
「まあまあ、まだ交換しなくていいだろ?」
「それならいつならいいのだ?」
「そうだな、一ヶ月後とかならいいな」
まともに付き合うのもアホらしいから腕を掴んで一階に移動する、そのまま操作の方は任せて椅子に座った。
自分から望んでおいてあれだがやはり二対一ではなく一対二になるので、先程は部屋にいたいと考えてしまった自分もいたのだ。
そのため、うざ絡みしてくれたのは正直ありがたかった、あのままひとりでいたらどうなっていたのかは分からない。
「よし、これは順調に仲良くなれているという証拠だよね」
「あのくろが拒んでいないからそういうことだろうな」
どういう心理状態でそんなことを口にしているのか、先程のあれはただの冗談的なものだったのだろうか?
変な感情を向けられても対応しきれなくなるから勘弁してほしい、あくまで冗談であってほしかった。
「ただ、私としては交換してほしくなかった」
「え、な、なんでですか……?」
「だって、楠橋の相手ばかりをしそうで怖いんだ……」
「だ、大丈夫ですよ、いまだって優先してくれているじゃないですか」
「そうか? 私はこれでも足りないけど……」
楠橋に迷惑をかけるのは違うから強制的に終わらせる。
「……今日はもう帰る」
「そうか、それなら気をつけろ」
はぁ、まさこうも悪い方に傾くとは……。
高校生になって平和な毎日に戻ったことで油断していたのかもしれない。
「……あんなことを言われた後でこれを言うのは性格が悪いかもしれないけど、私もくろちゃんって呼びたいんだ」
「気にしなくていい、そうしたいならそうしてくれればいい」
こちらにはあまり関係のないことだ、先輩だけを優先しているわけではないのだからこれでいい。
納得できないなら、我慢できないなら、それなら去ってもらうしかない。
「あと、名前で呼んでくれると嬉しいかな……って」
「もも」
「うん、ありがとう」
と、昔ならそういうスタンスでいられたのだが、一緒にいて楽しいから去られるようなことにはなってほしくなかった。
こちらを簡単に変えてしまう人間とこうして出会ってしまうというのはいいことなのだろうか。
「じゃあほら、磯崎先輩のところに行ってあげて?」
「いや、それでもいまである必要は――」
「学校が始まったらすれ違いになっちゃうかもよ? 私は磯崎先輩と話せているときのくろちゃんを見るのが好きだから――って、私がきっかけを作っちゃったから偉そうに言える資格はないんだけど……」
「……分かった、それならいまから行ってくる」
ももが悪いのではない、全て先輩が悪いのだ。
だからそれを言うために少し速歩きで向かっている自分がいた。
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