02話.[任せてください]
席替えか、これはまたなんとも急に変えてくれたものだ、出席番号順で並ぶというのは結構いいことだから少し引っかかるところではある。
とはいえ、私が嫌だと喚いたところでなにかが変わるわけではないし、明るい人間にとってはこういうことも大切だろうから意味がない。
「よう……って、次は体育か」
「ああ、だからいまは相手をしてやることはできない」
「それなら昼休みにまた行くよ」
「好きにすればいい」
正直に言えば体育はあまり好きではない、運動能力が悪いとかそういうことではないのに何故か苦手だった。
小中ときていきなり高校で変わるわけがないので、気分が下がった状態のままグラウンドに向かう。
じっとしていたいという人間性も影響しているような気がした。
「あ、隣の子だ」
「ん? ああ、そういえば何度か見てきていたな」
こういうタイプが一番判断しづらいから分かりやすくいてくれることを求めたい。
悪口を言ってくる人間などが相手の方が相手をしやすかった、まあ、そんな人間が現れたら普通に嫌だと言うしかないが。
「えー、気づいていたなら反応してよ」
「すまない、あまり得意ではないのだ」
「派手というわけではないし、話しかけやすい方だと思うけどね」
「私に問題があるだけだ、だから気にしないでくれ」
授業が始まって自然と離れられて安心した。
苦手とはいってもこれもまた入学式とかと一緒で合わせている内にあっという間に時間が経過するものではあるからそこまで気にならないというのが本当のところだ。
「高久さん、お昼ご飯一緒に食べよ」
「確かグループに所属していただろう? グループの人間と食べればいい」
先輩と似たような存在が増えるのはごめんだ、いまだって結構流されかけてしまっているのに参加するなんてことになったら面倒くさいことになる。
あの人の要求を受け入れているのは学年が違うからだ、学年が違うなら関係がなくなった後でも顔を合わせることにならなくて済むからだった。
「まあまあまあ、少しぐらいいいじゃないですかあ」
「先輩と約束をしているのだ、だから受け入れることはできない」
「ちぇ、教室ではひとりでいて可哀想だから誘ってあげたのに」
やはりそうか、明るい人間からすればひとりでいることは可哀想なことらしい。
まあいい、さっさと着替えて寂しがり屋のところに行くことにしよう。
「不当な理由で嫌われて孤立している、とかなら可哀想とか言ってしまうかもしれないけど高久はそうじゃないからな、そもそもずっと誰かといられる人間なんかいるのか?」
「ずっと誰かと一緒にいる人間なんて沢山いるだろう」
十分休みだってなんだって○○と名前を呼んで近づいている、なんならトイレとかにだって一緒に行く。
部活に所属しているか所属していないかで放課後は少し変わってくるが、それでも時間が合えば彼ら彼女らは一緒にいようとするだろう。
自由だからなにかを言えたりすることではない、向こうにとっては友達と仲良くしたいからそうしているだけなのだ。
「私達だって移動教室とかそういうことがなければ一緒にいるだろう?」
「あ、そうか……」
「はは、私としては違和感しかないがな、私は私をずっと見てきたから尚更そう感じるのだ」
去るどころか来る頻度が高くなるなんてそれこそこれまでのことを考えればあり得ないことだった、つまり、相当の物好きな人間と人生で初めて出会ってしまったということになる。
「違和感? なんで?」
「少しでも関わっていれば分かるだろう、はぁ、私がこれまでほとんどひとりでいたからだ」
何故こんなことを言わなければならないのかとまで考えて、先輩は過去の私を知らないから当然のことかと片付けた。
一応知りたいみたいだからどんどん吐けばいいだろう、もっとも、はっきり言ってしまうと他者にとって無価値な情報ではあるが。
「みーつけた」
「やはり貴様はどこか磯崎先輩に似ているな」
わざわざ探すとか無意味なことをする、そんなことをしなくたって教室で話せるのになにをしているかと言いたくなる。
こういう人間がいるから人といることが得意になれないのかもしれなかった、なんてな、それは言い訳だ。
「おお、これはまた格好いい先輩だ」
「た、高久、この子は誰なんだ……?」
「さあ、私も今日話し始めたばかりだから分からないぞ」
こっちを見たり彼女を見たりで落ち着かなさそうだったので、関わりたくはないが仕方がなく連れて離れることにした。
「おお、大胆」
「楠橋、こんなことをしても意味がないだろう?」
「お、もしかして名前も知ってる?」
「楠橋ももだろう? 自己紹介ぐらいはちゃんと聞いているぞ」
こっちだって知ろうと努力はする、が、出来上がったグループに参加しようとする勇気はなかっただけだ。
ましてや人数が多い彼女のところなら尚更のこと、そういうのも影響してあまり関わりたくはないのだ。
グループは関係ない、自分が単独で動いているだけ、そんなのはあくまで彼女の中でだけのことでグループの人間からすれば面白くはないことのはずだった。
「名前まで覚えていてくれたのは嬉しいけど、意味がないという発言には悲しくなっちゃったよ。クラスメイトと仲良くしたいと考えちゃうのはそんなにおかしいことなのかな?」
「おかしいと言うつもりはない、人といようとするのは当たり前のことだからな」
そもそもそこを否定してしまったら先輩と一緒にいるのはおかしくなる、だからそんなことを言うつもりは微塵もなかったのだ。
「だよね、だけど何故か高久さんは意味がないって終わらせちゃったよ?」
「楠橋がひとりなら言わなかった、これでも私は他者といたいと考えているからな」
「なるほど、グループ関連のことでなにか嫌なことがあったんだね」
「まあ、ないと言えば嘘になる。だが、……やっぱりなんでもない」
本当に信用できる相手のときでなければ弱音なんて吐いてはいけない、まだ話にならないぐらいの領域にいるから黙ろう。
あと、あまりに待たせると寂しがり屋が寂しがるから戻ることにする、付いてきたがそれについてももうなにかを言ったりはしない。
適当に相手をしておけば勝手に興味を失って去るものだ、仮に意味がないと思っていても言わないで上手くやれという話だったのだ。
こういうことが多くなると普通にヘコむ、自分がまだまだだということに気づいて気分が下がる。
変えようと努力をしているのにずっと同じような失敗を繰り返してしまっているから救いようがない人間なのかもしれなかった。
「楠橋の存在は高久にとっていい方へ働くだろうな、これからも時間があるときは高久のことをよろしく」
「はい、任せてください」
「お前も積極的にクラスメイトと関わっていかないと駄目だぞ」
弁当箱を片付けて立ち上がる、無視をするような人間ではないから挨拶をしてからその場を離れた。
最近よく分かったことは一対一でないと駄目だということだった。
なにかと来る先輩でも友達というのは沢山いて、大抵一対二とか三とかが当たり前になるからついていけないことが多い。
苦手ではないことが苦手になっていっている可能性がある、いま私に必要なのはひとりでいられる時間なのかもしれない。
「待っておくれよー」
「すまないがひとりにしてくれないか」
「あ、じゃあ放課後なら大丈夫? あ、もちろんふたりきりで」
「……ああ」
「じゃ、私は戻るね」
……関わってみなければ分からないというのも微妙だ。
それでもこっちが求めている通りにひとりにしてくれたから休むことにした、それこそ放課後に一緒にいなければいけないということなら尚更必要なことだった。
なにが気になってそうしているのか、なにがしたくてそうしているのか、また、とりあえずと対応しておくのが本当に正解なのだろうか……。
「それ以上はやめろ、あと、ひとりにはさせないぞ」
「何故だ?」
「よくないからだ」
「よくないと言われてもな、止めたところでどうしても出てきてしまうことだろう」
「それならその度に止めればいい」
……なんでそんな顔をしているのか、自分には全く関係のないことなのに真剣になれるのは少し羨ましいかもしれない。
「私の方が一年多く生きているんだ、言うことを聞いておいた方がいいぞ」
「ふっ、つまり自身の経験からくる発言ということか」
「ああ、私もそれで何度も失敗してきたからな」
こう言ってくれていることだからこれ以上はやめておくとしよう。
それよりもだ、放課後ならなんて受け入れてしまったことを既に後悔している。
まだ先輩が誘ってくれた方が気が楽だった、だが、ふたりきりでと言われて受け入れたのだから中途半端なことはできない。
「どうしても無理そうだったら私を呼べばいい、放課後ならずっと暇人だからな」
「一緒にいられる友達が多いのだから誘って遊べばいい」
「友達か、だけどそれはお前だってそうだからな」
「友達だったのか? 一週間とかでいいのだな」
「え、寧ろ友達だと思ってくれていなかったのかよ……」
人によって違うことだからこちらを責めるのはやめてほしかった、寧ろこちらが勝手に友達気分で近づくような人間ではなくてよかっただろう。
それにしても先輩はどうしてまだいるのだろうか、物好きだけではなくて私自身に魅力があるということなら……。
「そうか、くろと呼ばないからか」
「はあ? 名前で呼ばれようが私が友達だと認識していなかったらそんなものだ」
名前で呼ぶことは勝手だが、そうされてどんなことを考えようとそれもこちらの自由だ。
……先輩も明るい側の人間だからたまにこうして合わなくなるのだと思う、正直、嫌なら去ればいいと言いたくなる。
「酷いぞくろ! 友達だと認めろ!」
「うるさい、少しは楠橋を見習ったらどうだ?」
「この話に楠橋は関係ないだろ! まったく、お前はたまに可愛げがないところがあるな」
静かにするどころか更にうるさくなったからこれ以上続けるのはやめておいた。
「空いててよかったね」
「ああ、混んでいるよりはいいな」
この甘い飲み物も疲れた体によく沁みる、ただ、一緒に行きたいと言ってきたのに断ってしまったからこの後が怖かった。
夜に会いたいとか急に言ってくる人だからどうなるのか分かりやすいというか、どうしても悪い方にしか考えられないから微妙な気分になる。
「磯崎先輩は凄く寂しそうな顔をしていたけど本当によかったの?」
「ふたりきりという約束だったからな、私はそれを受け入れたのだから連れてくるわけにはいかないだろう」
「そういうつもりでふたりきりだと言ったつもりはなかったんだよ? 私はただ、グループの子はいないということを分かってほしかったの」
「そういうことだったのか、だが、受け入れたことには変わらないからいいのだ」
一緒にいたがった場合には付き合おうと決めた。
もっとも、やはり友達が多い人だから私が相手をしようがしまいが寂しくなることはないだろうがな。
優しさで来てくれていることをしっかり理解しておかなければならない、もう友達らしいがそれでも気をつけておいた方が間違いなくよかった。
「私、ちょっと磯崎先輩に嫉妬しちゃったよ、だってあの人も高久さんと出会ったばかりなのに仲良く話していたから」
「ふっ、楠橋は面白いことを言うのだな、もしかしてそういう罰ゲームか?」
私はこの話し方を気に入っているが傍から見たら変な喋り方のうえにひとりぼっちの人間だ、そういうことに巻き込まれる可能性というのはゼロではない。
中学のときは対象に選ばれなかったものの、そういうことをしたと楽しげに話している人間を見たことがあったから尚更そう思う。
「そんなことはしないよ、もしかしてそういうことをされちゃったの?」
「いや? 対象にされたことはないぞ」
「それならいいんだけど」
ほとんど侮辱されたようなものなのにあくまでこっちの心配をするのか、心が読めないから表面だけで判断しなければならないこちらとしては大変難しいことだ。
とにかく抑え込むことに長けている人間が相手だったら信用したタイミングで実はとなりかねない――……今度は脳内で先輩に注意されてしまったからやめよう。
これは確かによくないことだ、勝手に決めつけるなんて自分勝手だ。
「隣同士なんだから仲良くしたいんだよ、高久さん的には大丈夫?」
「一対一なら問題はない」
「うん、そこはちゃんと守るから」
だが、こちらはほとんどの時間を椅子に座って過ごしている、その状態でどうやってグループの仲間と切り離して仲良くすると言うのだろうか?
残念ながら教室に存在しているまま上手くやれる方法が思い浮かばなかった、彼女の中ではもう答えが出ているというのか?
「じゃあ、乾杯」
「ああ、乾杯だ」
敵になるわけではないのならどういう形だろうがどうでもいいか、私は受け入れたように一対一のときだけ限定で相手をしておけばいい。
これは相手が仲がいい人間だろうと変わらないことだった、結局のところは私らしく相手をしておくしかないのだ。
「っと、すまない、電話がかかってきたから外で話してくる」
「分かった」
外に出て耳を当てると「大変だよくろちゃん!」と先輩なんて全く問題なかったと言えてしまえるような声量で母がそう言ってきた。
「お、落ち着け、なにが大変なのだ?」
「女の子が弱った状態で玄関前に座っていたの、その子は『くろは酷いんだ』と言って寝てしまったの」
心配だから家に上げてそのまま休んでもらっているらしい、聞かなくても分かってしまうのはいいことなのかどうか……。
「もしかして少し背が高い女子だったか?」
「そう! 格好いい子だった!」
実際は違う、なんてことにはならなかった、想像通りすぎて逆に悲しかった。
とはいえ、ここで帰ることなんてできない、楠橋がどうこうではなく私がそのような中途半端なことをしたくなかったのだ。
なので、そこまで遅い時間にはならないから家にいるように言っておいてくれと口にし、電話を切る。
「緊急の用事じゃなかった?」
「ああ、大丈夫だ」
私も彼女も約束を守っているだけだから気にする必要はない。
ある程度の時間までは急ぐ必要もないからゆっくりしていようとしたのだが、そんなときに「磯崎先輩関連のことじゃないの?」と言われて意識を向ける。
「やっぱり正解なんでしょ?」
「ああ、だが、私が今日約束していたのは楠橋とだからな、気にしなくていい」
「いいよ、私は明日からゆっくり高久さんと仲良くさせてもらうから」
「いやだから――」
「大丈夫だよ、磯崎先輩は高久さんといたがっているから行ってあげて」
……これはこれで複雑になるのは私だけだろうか? あれも優しさなのだろうが一緒にいたくないから帰らせたようにしか見えないのだが……。
「ただいま」
「おかえり! ほら見て! 弱っちゃっているでしょっ?」
起こす必要もないから近くに座っておくことにした、というか、こっちも内にある複雑さをなんとかするために時間がほしかった。
いま勢いよくこられると相手をしきれないというのもある、冷静に対応できなくてこの前みたいに失敗してしまう可能性が高いからだ。
「ねね、どうやってこの子と知り合ったの?」
「ひとりでいたときに話しかけてきてくれたのだ」
「おお、なんかお兄ちゃん系の女の子だから心配だったんだろうね」
「お兄ちゃん系……」
かどうかはともかくとして、心配性なのは確かなことだった。
つまり、先輩が来てくれている間はまだまだということになる。
私はそのことが悔しい、絶対にこのままにはしておけないことだ。
「ん、くろ……?」
「ああ、高久くろだ」
「って!? あっ、す、すみません!」
「気にしなくていいよー、くろちゃんのお友達なら大歓迎だよ」
元気そうでよかった、ただそれだけがいま抱いた感想だった。
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