第10話

『透の体についてか、確かに明理が気になっている点は私も注意してたさ』

星蔵家の隠し地下室。

ヒルとナキ二神御降り立ったこの地下空洞には彼らの乗ってきた宇宙船(とても船には見えず鋼でできた木が根を張ったような姿)が鎮座しており。

手入れをされているのかとても古のものとは思えないほど真新しく見えるその姿がよりその存在を大きく見せていた。

今なお起動しているその機体からは赤や青緑と様々な光のランプが照らし出されており漆黒の洞窟を幻想的に照らし出していた。

それは、夜空に映る星々にも似ておりヒルとナキが旅した宇宙を思わせる。

最もそれは地球から見た宙であり実際見た宇宙は汚い岩と漆黒の闇の世界で星空など知らぬ彼女が過去を懐かしむことなどありはしないのだが。


そんな彼女は自身が長い間眠りについていた棺桶のような箱の上に座っている。

そこが、彼女の定位置なのだ。

そう、彼女はそこから動かない神は動くものではなく人を動かすものだから。

だから自分もそうなのだというように彼女はいつもそこにいた変わらない姿で。

三年前と変わらぬその姿にある唯一変化といえばどこで用意したのか水色の貫頭衣にその身を包むようになったことだろう。

丸裸よりよっぽどましな恰好であり、その服装もなんだか神秘的で似合っていたが、ナキの異様なその風貌と合わさってコスプレのように見えてしまうのが玉に瑕だった。

もっとも外界の事に疎い明理と透の二人はそのようなこと思うこともなかったが。



「ナキ様も透の体に気づいていたのですか?」

それは考えてみれば当たり前の事でもあった。

ナキと透は感覚を共有している。

今や、誰よりも彼に近しい存在なのは間違いない。

そんな彼女が半身の以上に気づかない方がおかしいのだ。

『ああ、だが私からすれば異常な個所は見当たらない。むしろ共感が進んだ事で、つながりは強くなり透の身体能力もだいぶん向上したはずだがな』

ちらりと透を見ると彼もコクリと頷いていた。

「動体視力が向上してるんだと思う。自分が思い描く通りに体が動いてくれて、何でもできるようなすがすがしい気分だよ」

「それじゃあ、体調と調整は無関係ってこと?」

どうにも納得できないと難しい顔をする明理に大丈夫だと透は言う。

「だから言ったろ、ただの風邪だって。まぁどこかの馬鹿神が昼も夜も関係なく頭の中でうるさいから寝不足ってのも原因かもな」

意地の悪そうに眼を細くする透から逃げるようにナキは顔をそむけた。

『ここだと時間の感覚が分からないのだ、仕方ないだろう。それに貴様ら人間は眠りすぎだもう少し起きて私の相手をしろ』

人の寄り付かない隠し洞窟、ここにあるのは暗闇と水音、そして機械たちが照らすわずかな光のみ。

こんな場所から出ることも出来ずにいる彼女が暇を持て余すのは理解できる。

さらに言えば、彼女の種族は睡眠を必要としないらしく感覚を共感してても透が寝てしまえば外界の視界を失う彼女、そうなればあるのは己が視界から見るこの穴蔵のみ。

退屈それは、魂を蝕む病だと彼女は言った。

刺激のない生活は精神上よくないことは人間もそうだが、久遠に近い時を生きる彼女からすればより重大な淀みとなるだろう。

そして内側からの腐れはやがては感情を殺し他者を顧みないとても閉鎖的な存在が出来上がる。

現に目覚めたばかりのナキはこちらの都合など知らぬというばかりな傲慢で冷酷な荒神だった。

だが透たちと触れ合った三年間で傲慢ではあるもののだんだんと人間味が出てきて最初は毛嫌いしていた透さえも妙に憎み切れない存在になっていった。

あるいは情が移ったのだろうか?


すねるように口をとがらせるナキを見て透はつい笑いを吹き出してしまった。

「子供みたいなこと言うなよ。俺達よりはるかに年上のくせに。それより調整するんだろう?早く済ませよう」透がナキのそばまで寄ると彼女は少しつまらなそうにため息を漏らすと彼のもとへと飛び降りた。

パシャリと水しぶきを上げ着地する姿は一枚の絵画が飛び出してきたかのように様になっていた。

ナキはそのまま透の頭に掌を置くと両者ともまるで瞑想するかのように瞼を閉じる。

澄み切った空気にキーンと耳鳴りのような高い金属音が響く。

彼らの共鳴に空気が震えているのか?

それとも、本当に単に耳鳴りがしているだけなのか?

そこはわかりかねるが、明理は不快そうに耳をこする。

音が響き渡ったのは20秒ほど、ナキが手を離すと音もすんなり止み、明理はほっと溜息をついた。

「いつ聞いても嫌な音ね。なんか頭の奥がチリチリして頭が少し痛くなる」

以前はそんなことはなかったように思える。

このような調整は数か月ごとに行われているが、このような違和感を感じだしたのはここ半年ほどの事だった。

何か空気が張り詰めたような感じは毎回の事だが、このように頭痛を感じることなどなかったのだ。

『それは、恐らく透の共感が高まったためだろう』

心を読んだのか、ナキは明理の疑問にすぐに答えてくれた。

『そもそも、この調整は私から発する念を透がより受け取りやすくするために行ってるものだ。透がより多くの念を受け取れるようになれば私が発する念もより強いものにできる』

つまり念が大きくなった分周囲にも影響が出てきたというわけだろうか?

けれど、普段あのような頭痛を感じることはない。

感じるのは決まってこの調整の時だけだ、それはなぜだろうと明理は考える。

『普段、私の念は透のみへ向かうようになっている。だから周囲に影響が及ぶことはない。調整の際は私たちもそちらに気がいってしまうからな、多少の影響は仕方がないのさ』

あれで多少の影響だという事実に明理は驚き、それを一身に受けている透の体についてやはり不安を覚えてしまうのだった。



星蔵家を後にした後、寄り道もなく自宅へと帰宅する透だが、玄関のドアを開けるとその表情は途端に険しいものへと変わった。

その視線は玄関にある二組の靴から離れようとはしない。

それは、男物と女物の革靴だった。

舗装もされていない田舎道を歩いたため黒光りする靴は土煙に汚れ薄汚く見えた。

『珍しいな、あの二人が家にいるなんて』

透の目を通してナキも確認しているその事実に彼は胃が重くなる思いになる。

『入らないのか?』

いつまでも靴と透がにらめっこしているためだろう、ナキが促してくる。

‐わかってる‐


口には出さずそう答える透だが心の内では今すぐこの家を出ていきたいという感情が見え隠れしていることにナキは感じ取っていた。

少しきしむ床を歩き今に顔を出すと、そこにはめったに家に帰らない父母の姿があった。

「おかえりなさい」

彼が帰ってきたことに気づいた母がそう迎え入れるが透はより顔を険しくするだけで、返事もせずに自室へと籠ろうとする。

本当は二人のいる居間など通りたくはなかったが、家の構造上自室へ向かうにはどうしても今を経由する必要があったので、彼は足早にそこを通り過ぎようとしたのだが、

「透、こっちへ来い」

ぶっきらぼうなに父に呼び止められた。

無視しても良かったのだが、父親から話しかけられるという何年ぶりの出来事に透の足は自然と止まってしまった。

「話があるのよ」

こちらへ向き直る母の手には例のヒル伝説をまとめた大学ノートが収まっていた。

なんだか雲行きが怪しくなってきたと感じる透だが両親初めて見るほどに真剣なまなざしにその場を離れることができないでいた。

「お前最近、いやもう何回も私たちの部屋に入って資料をあさっているな?怒ってるわけじゃないが、お前は私たちの話に興味を示したことなどなかったからな、どうしたのかと思ってな」

ぼそりとつぶやくような父の弱弱しい姿。

実の息子に話しかけるだけなのに何をそんなにびくついているのか?

そんな姿に透の不満感は増す。

「別に。父さんたちが一体何の研究をしているのか少し気になっただけさ。今なら少しは内容も理解できるしね」

部屋に無断で入ったことを謝ろうという気にはならなかった。

そもそも悪いことをした自覚もなかったし、二人に対してはむしろ謝ってほしいことが多くあったからだ。

だがそんな息子の胸中など知らぬ父はなぜか少し微笑んで見せた。

「透が興味を。そうか、ならちょうどよかったな。実は黒絵さんが透にヒル伝説で面白いものを見せたいのでぜひ来てくれと頼まれてね」

「那岐さんが?」

ヒルの事で那岐が自分を呼んでいる。

その、話に透は違和感を覚える。

これまで、那岐からヒルに関する話を透は振られることがなかった。

透がこの島の信仰を嫌っていたのは自他ともに認めるところなので気を使ってくれていたのかもしれない。

もっとも、ナキと出会ってからはそのような感情も薄れむしろ積極的に調べたりもしているが。

そんな、那岐がわざわざこの二人を通して連絡してくるなんてなんともきな臭い。

とはいえ、お世話になっている身としては無視することはできないし、なおかつこの二人との話を終わらせたいと思っていた透はあまり深くは考えずに決めた。

「いいさ、今から行ってくるよ」

両親の返答は待たずに、家を出て黒絵家へと向かう。

両親は彼を追いかけることはなかった。

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