第11話
黒絵家では、透がすぐにこちらへ向かってくることを予期していたのか那岐が門の前で待機してくれていた。
「どうしたの、那岐さん。急に呼び出したりなんかして」
「二人に聞いただろ。見せたいものがあるんだ」
それが一体何なのか聞きたかったのだが那岐はここでは答える気はないらしく、中へ入れと促してく。
やはり、違和感を感じる。
なにか妙に急いている気がする。
浮足立ってるような感じだ。
何をそんなに急いでるのか?
よほどその何かを見てほしいのか?
だとしたら、なぜすぐに言わないでいる?
ヒル伝説に関わるものでそこまで重要なモノ?
いくつかの疑問ののち透の脳裏に明かりがはじけるかのように一つの答えが導き出された。
そうあるではないか、黒絵家が代々守ってきたといわれているヒル伝説で最も重要なモノが。
透の考えを読み取ったのだろう、ナキも言葉は発しないが、動揺しているようだ。
頭のしびれるような感覚、これはナキの感情に何か大きな揺れが起きた時だと透は気づいていた。
那岐が案内するのは黒絵家の庭の端にある小さな塔。
高さは約三メートルほどのとんがり帽子をかぶったかのような形の塔は、近くで見て分かったのだが、他の建物のように石造りではなく、何かの金属を加工して作っているようで重々しい雰囲気があった。
那岐は懐から手のひらサイズのやけに大きい鍵を取り出すと扉を開ける。
キッという金属音に顔をしかめていると、扉の向こうに地下へと続く螺旋階段が見えた。
それはどうしても、星蔵家の地下空洞を思い起こさせるもので先ほどの予感が革新へとだんだんと変わってきているのを感じた。
「この場所は本来、黒絵家当主しか入る事は許されない場所でな、血縁以外でここに人を入れたのはお前が初めてだ」
「なぜ、俺を?」
「お前にはここに入る資格があるだろうと思ってな」
それは一体どうゆう意味なのか?
気になりはしたが透は問いかけることをしなかった。
心細い懐中電灯を頼りにしばらく階段を下っていくと、やがて下の方から明かりが漏れていることに気づいた。
どうやら、地下では明かりを灯しているようだ。
光に目を引き付けられていると、どうやらその明かりは照明というよりスポットライトのようにある一点に光を当てていることが分かった。
そしてその照らされているものの正体は穴底まで降りてやっと判明した。
「なに、コレ」
透はそれを見て、困惑と恐怖に身をすくめていた。
岩に埋め込まれたかのようにあるいは岩から抜け出そうとするかのように枯れ木のような手をこちらへと伸ばしているそれは、絶叫するかのように口を開き、本来眼球のある場所にぽっかりと穴を開けたソレは何か救いを求めているように見えた。
「ミイラ?」
本とかで見たことのあるミイラと違い骨に近かったが、よく見ると白い皮が確かにその体に残っており頭には白い髪も確認できた。
胸の中央にはビー玉ほどの大きさの黒い宝石のようなものが埋め込まれておりその横左胸には日本刀が深々と突き刺さっていた。
あまりにも現実味のないその白いミイラに、透はこれは全部作り物ではないかと疑ったほどだ。
だがそうではないことは、こちらへ伸ばす手は今にも動き、その開かれた口からはけたたましい叫びが轟そうで恐ろしくも生々しいその様が物語っていた。
いや、そもそもこの異様な死体の正体におおよそ見当のついている透はその考えを即座に否定するしかなかった。
「これがお前に見せたかったものだ。コレが何なのか、お前にはわかるか?」
わかっているんだろう?
そう言いたげな那岐は透がすでにこれが何なのかを理解してうえで質問をしているようだ。
答えを誘導させるようないやらしさがそこにあった。
ここで変にとぼける意味もないので透は素直に答える。
「『ヒル』」
そう呟き彼は自身の血の気が引く思いをする。
自分の声にナキの声が重なったかのように感じられたからだ。
やばい、ここにきて今までふわふわと空中を漂っていたあいまいな不安が確かに地に立ったような気がした。
「そう、ここに眠るのはこの島の者たちが崇拝してやまない神ヒル、その者の亡骸。ヒル伝説に否定的だった君からすればなかなか衝撃的な光景ではないかね?」
このミイラの正体がヒルだと肯定する那岐、だがそんな彼の言葉を無視して透の足はヒルの亡骸へと一歩一歩進んでいく。
そこに、透の意思はない。
彼女、ナキが透の体を動かしているのだ。
それは今まで何度かあった経験だった。
特に三年前、ナキは体を共有するようになった当初は透の許可もなく勝手に体を操り好き勝手していた。
体は透のものでも、支配権はあくまでナキの方にあり、彼女次第で透の体はただの操り人形同然となってしまう。
この時の透はさながら、他人がプレイしているゲームキャラを眺めている気分だ。
もちろんそのことに対して透は不満を唱えたし最近はそのかいあってかナキの方も勝手な行動は控えてくれるようになった。
それでも、彼女がどうようしたりした時は意識が強まり支配されることがあった。
そう言った意味ではこの場面は最悪といってもいい。
口ではなんでもないようにヒルの事を語っていたが、この異星にてただ一人の肉親その死を変わり果てた姿を目の前にして動揺するなというのは難しい事だろう。
けれど、透の心配は目の前に那岐がいるということ。
今日のこの呼び出しは明らかにおかしい、何か意図があるはずだ。
それも、ヒルに関する何か。
自由のきかない体、それでも目だけを動かし那岐の様子をうかがう。
彼は黙ってこちらを見ていた。
にらみつけるかのように瞬き一つせず、口元に手を当てて何か真剣に考えこんでいる様子だった。
それは、まるで透を観察するかのような視線だった。
やめろとナキに呼びかけるも足は止まらずヒルの亡骸が目の前まで迫ってくる。
まるでヒルに呼び寄せられるように、今にもあの亡骸が動き出して自分の生き血をすすり蘇ろうとするのではないのか?
そんな想像に顔が引きつる。
そしてヒルの手と透の手がまさに重なろうとしたとき那岐が透の手首をつかみ動きを止めた。
驚きから透のナキの動きが止まる。
「泣いているのか?」
そっと手を頬にあててみる(いつの間にかナキの呪縛は解けていた)すると、確かに涙がつたっていた。
もちろん、透が感情を揺さぶられて流した涙ではないので恐らくこれは那岐の悲しみが透を通して現れたのだろう。
「これは。ちょっと」
涙をぬぐいながらどう言い訳をしようと考えるが不測の事態の連発で頭が回らないでいる。
すると那岐はなぜかにやりと笑う。
「その涙で確信がした。まさか、透の中にいるとはな。やはり目覚めていたかナキ」
長い間探していた宝物が見ったかったかのように那岐は透の頬を愛しそうになでるのだった。
天鳴島を北区と南区に分ける明確な区切りは島の中央にある日ノ丘だった。
火葬場にあたる中央の円形の丘から島を両断するように左右に広がる堤防のような丘が両者の境を明確にしていた。
だから両区を行き来するには必ずその丘を越えなければならない。
大人からすれば面倒な道のりだが、子供からはこの場所は人気がありよくそりなどで遊んでいる姿も目撃されている。
そんな丘から転げ落ちる一人の男。
飯屋透は受け身も取れずに地べたに転がるがすぐに立ち上がりまた走り出す。
服は土煙で汚れ、肘のあたりからは血がにじんでいたがそれを気にする様子はなく歯を食いしばったまさに必死の形相で駆ける。
あの時、ナキの名前を出され那岐の手を振り払い逃げ出した透はここまでの距離を休むことなく走り続けた。
距離にして約四キロを全速力で走り抜けた体は休め休めと悲鳴を上げていたが那岐から少しでも遠くへ離れたいという気持ちが足にブレーキをかけることを許さなかった。
そうなると不思議なもので呼吸は過呼吸のようにせわしく鼓動は耳元で聞こえるほど大きく猛り、目には流れた汗が沁みていたがそのすべてが全く気にもならなかった。
那岐のあの言葉の意味も考えず逃げ出したが、あそこにいるのは絶対に良くないことそれだけは正しい気がした。
そしてただ遠くへと走り出した透だったが、結局彼の足が向かったのは自身の家だった。
飛び込むように玄関をくぐると、扉の開け閉めの音が大きかったからだろう両親がそろって顔を出してきた。
「びっくりした。どうしたの?」
「もっと静かに入ったらどうだ?」
驚きながらも息子を心配するかのような両親のそぶりから、一気に緊張の糸が切れた透は疲れから、その場に座り込んでしまう。
そんな息子のあまりの状態に心配した母は一度顔を台所へとひっこめると手に水の入ったコップを持ってきて透へ差し出した。
「とりあえずこれ飲んで落ち着きなさい」
汗として体から出された分の水分を補給しようと透は礼も言わず母からコップをひったくると勢いよく水を飲み干す。
ゴクリとのどが鳴るたびに、枯れた細胞に水分がいきわたっているような気がして夢中になった。そして水を全部飲み終わると父が自然にコップをかたずけてくれた。
そうしていったん落ち着いたところで、何か妙に気の利く両親に透は不信感を抱いた。
恐らく、この両親が今まで透の事をちゃんとみて育てたのなら彼がこんなことを考えることはなかっただろう。
だが息子が病気で倒れた時でさえ見向きもしなかった人たちがなぜ今日に限りこうも気遣ってくれるのだろう?
那岐の事で敏感になりすぎているだけなのかもしれない。
親とは本来こういうものなんだと信じたいが、どうしても不信感がぬぐえなかった。
とりあえずはこれからどうするべきかを考えるべきだ。
そう判断する透は家に上がろうとして足がもつれ地べたに手をつく。
「あれ?」
一瞬立ち眩みかと思った。
急に立ち上がった上に全速力でここまで帰ってきたんだ、足元がふらついてもおかしくない、そう思った。
けれど次に来た視界が急速に狭まるような景色が遠くへ逃げるような感覚そして急な眠気で自分の体調が異常なことに気づく。
「くっ」
力を振り絞るが体重を支えている腕にさえ力が入らず床に倒れる。
最後に耳に届いたのは母のごめんという言葉だった。
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