大切を刻む

「ここは……」

「ネル! あんたは全く、心配かけて!」

「ソル? それに、皆さんも……私は死んだはずじゃ……」


 戦いは終わった。

 そんな傍らで魔力も回復し始めていたテトが皆の治療を始めて行った。最初ソルは、勇者の力で治癒なんてしようものなら聖気のせいで逆に魔獣や亜人はダメージを負う、とテトの治療を止めようとしていたが、驚いたことにテトは勇者の力とは別の方法で治癒を始めていた。

 本人曰く生物活動における生命エネルギーの時空を超えた循環、とかなんとか。正直意味が分からなかった。簡単に言えば時間を戻したとのことだったがそれはたぶん治癒の勇者が使っていい能力じゃないと思う。


 最初にリリアとルナが目覚めた。二人が倒れたのは主に多大な魔力枯渇による影響だったので案外すんなりと回復した。リリアは俺に抱き着いてきて泣き叫び、ルナはすまし顔ながらも褒めてくれた。どうにも気恥ずかしかったが、大切な仲間たちに褒められたり喜んでもらえたりするのはやっぱり嬉しいものだった。


 勇者たちも全員完全復活だった。全員が驚きや喜びを露にするなか、ヘイルは最後の戦いに参加できなかったと悔しそうにし、スーラはそれに呆れていた。

 予想外だったのがリウスだった。また無表情のまま終わるのかと思ったが、美男子に似合う微笑みを浮かべて俺の前に立って言ってきた。クロを守ってくれてありがとう、と。テトが驚き、黒江が心底嬉しそうにリウスの背中を叩いていた。リウスは少し、恥ずかしそうに俯いてた。なんだか微笑ましかったので、その場は三人だけにしてあげることにした。


 次に起き上がったのがリリとアリシア。二人に関して言えば、俺が傷つけてしまったこともあって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。二人が目覚めたらすぐに謝るつもりでいたところ、アリシアが不意を突くように目覚めて来た。少しおかしな表現ではあるが、これ以外に言い表しようがない。目を逸らしたすきというか。疲労でスキルを一つも使っていなかったのもあって、簡単に背後を取られてしまった。

 後ろから「司」と名前を呼ばれた時は刺殺されでもするかと思ったのだが、襲って来たのは鋭い刃物の感覚ではなく、優しく包み込んでくる腕と押し付けられる体温の感覚だった。突然の出来事に動揺していると、同じく起きていたらしいリリが俺の前へと歩いてきて言った。

「私たちは皆、司さんを助けたくて戦っていました。司さんがご無事で、本当によかったです」

 その一言で不覚にも泣きそうに……というか泣いてしまった。まだ零酷停王が抜けた反動が続いていて情緒が不安定なのかもしれない。いや、平常時でも泣いていただろうな。そんな風に俺がみっともなく泣いている姿を、誰一人として笑ってこなかったのはせめてもの救いだったかもしれない。

 


 続いて最後の戦闘に参加した俺たちも一応治療してもらった。特段酷い傷を負っている者はいないと思っていたのだが、ソルとカレラはかなりの重傷を負っていた。二人とも、どうやら無理をしていたらしい。自分の傷さえ包み隠すほどに燃え上がる炎。なるほど、二人は属性といい性格といい、似ているのかもしれないな。

 そして最後に、ネル、そしてその隣で倒れていた二代目の治療を行った。


 俺を含め、てっきりみんな死んでしまったと思っていた二人のことも、テトは治療して見せた。曰く二人とも酷いこん睡状態だっただけということだが、リウスに言わせてみれば起きる見込みの全くないこん睡、つまりは死と同義の状態だったという事。こりゃあ、テトも化け物認定しないといけないかもしれないな。


 そしてそれからしばらく経って目を覚ましたネルに、ソルが勢いよく抱き着いた。

 未だ同様の続くらしいネルに、ルナが歩み寄った。


「そなたは確かに死に等しい傷を負ったかの。けれど助かった。ただそれだけのことかの」

「ルナ……ごめんなさい、私、自分を見失っていました。王として、上に立つ者としてあるまじき姿を晒してしまって――」

「いいから、今は黙ってなさい。謝る事なんて何もないわ」


 ぎゅっ、と強く抱きしめてソルはそう言った。ソルが力いっぱいに抱きしめても、その愛をぶつけても大丈夫な相手というのもそういないのではないかと思う。ソルが涙さえ流したネルに、全く嫉妬の一つもしていないかと言えば噓になる。だけど、二人の間にはそれだけ硬い絆があるという事なのだろう。


「皆さん、本当にありがとうございました。今回の件について、私にはこれから先解決しなくてはいけない問題と、償わなければいけない罪が山のようにあります。……虫のいいのは承知の上ですが、もしよければ――」

「悪いなんて、いうわけないだろ。そうだろリリ、リリア」


 この二人に声を掛けたのは、他のメンバーに比べて二人がネルと近しいと思ったから。何か悩むことがあったらこの二人だろうな、と思ったから。

 俺に呼ばれて前に出た二人の姿をネルは見据えた。そして何を言ってくれてもいい、とすべてを受け入れるように目を伏せた後、リリとリリアは向き合って笑った。


「喜んで、お手伝いさせていただきます」

「私は不要になった身かもしれません。ネル様からしてみれば、リリアという名前も私のものではないのかもしれない。それでもよろしければ、お手伝いさせてください」

「二人とも……はい、ありがとうございます」


 ネルの頬に涙が伝った。きっと、あのネルが無く姿をもう見ることはないのだろうと思う。誰よりも正義感と責任感が強くて、そのせいで身に余る力を望んでしまったこの世界の最強の一角はその日、仲間の大切さを改めて胸に刻んだのだった。

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