全てを背負って

 人生とは、唐突の連続だと思う。安定した生活を望んだとしても、それが叶うとは限らない。むしろ、叶わないことの方が多いだろう。だから、これも仕方のないことだったのかもしれない。


 そんな風に受け入れた異世界での生活も、やはり唐突の連続で。安定した生活をどれだけ望んでも、きっとこれから先も願った通りにはならないんだと思う。だけど、俺は願うことをやめないし、叶えるために戦うことをやめることはない。

 敵がどれだけ強大でも、嬉々として立ち向かおう。なに、心配はない。だって俺には最高の仲間がこんなにたくさんいるんだから。


「かな! 行くぞ!」

(ん!)


 短い返事を合図に、かなは俺の体を浮き上がらせた。邪神に向かって駆け出した俺の体がどんどんと加速する。


「はあぁああぁっ! 《属性剣術・精霊》!」


 七色の光が黒色の剣を包み込み、混ざり合った色が形になって長く伸びていく。その剣は、邪神の体に振り下ろされる。邪神は咄嗟に躱そうとするが、その左右を氷と炎の魔法が塞ぐ。


「司殿、今だ!」

「司さん、今です!」


 リルとカレラの声が聞こえる。初めて会った時は、二人とも印象が悪かったのを覚えている。

 リルは俺たちを殺そうとしていたし、カレラは親を殺されたような目つきをしていた。それが今では、こんなにも俺を頼りにしてくれる、大切な仲間になった。それになんかあの二人、いい感じなんだよな。魔獣と人間の恋愛って珍しいのだろうか。


 続いて上下に逃げようとする邪神を、二体の精霊が押さえつける。デストロイヤーとウォーリアーだ。この二体も、長い間かなのために戦ってくれて来た。いざって時の要になる最高の切り札だ。


「くらええええぇぇ!」


 動きを封じられた邪神に、俺の剣は振り下ろす。せめてもの抵抗と交差された二本の腕のようなものと剣との間で光が弾け、力と力が拮抗する。つばぜり合いは簡単には終わらず、じりじりと音を立てて互いを削り合う。光が散り、闇が砕ける一進一退の攻防は八百長になるかと思ったその時、頼もしい声が聞こえて来た。


「お兄ちゃん、助太刀するよ!」


 助太刀ってするものと言うよりはしてもらうものって印象が強いんだよなぁ、その言いまわし合ってるのか? 疑問を投げ入れる余裕は流石になかった。


「《セイクリッド・エクスプロード》ッ!」


 正義とは、己の信じる正しさを貫くこと。でもたぶん、黒江に言わせてみれば自分の好きを貫き通すことなんだろうな。なんてったって俺の妹だ、考えていることなんて直ぐに分かる。

 大好きな誰かを守るため、大好きな何かを手に入れるために真っ直ぐに頑張る事。その正義を堅実に実行できるからこそ、黒江は世界に勇者として選ばれたんだと思う。もしかすると、神の気まぐれだったりするのかもしれないけど……。

 でもきっと、黒江だからこそ今日までこの世界で正義を貫いてこられたんだ。俺やかなじゃだめだった。


 聖気を纏った真っ白な剣が隣から振り下ろされた。邪神の右肩を捉え剣は、邪神に悲痛な声を上げさせる。


「‘+*L'!”&$#%$”!%!」


 だが、それでもまだ抗ってくる。なおもリルにカレラ、デストロイヤーやウォーリアーが懸命に押さえつける中決定打を出せないでいると、緊迫した局面に似合わない楽しげな声が爛々と放たれた。


「いい加減そいつの耳障りな叫びにもこりごりなのよ! これで最後にしてあげるわ!」


 今まで何をしてたんだ、なんて突っ込んでしまいたくなるようなその声の持ち主は、ソル。

 世界最強にして誰よりも仲間想いな、誰よりも子どもっぽい笑顔の似合う彼女の言葉は形となる。掲げた右手に円形の魔法陣が描かれ、それは一枚、また一枚と積み重ねられていく。そして数百枚が重なって、星へと届くような魔法陣の柱を作り出す。

 その柱は、太陽に向かって伸びていた。


「ど派手に見せてあげるわよ! 私の燃える魂を、燃える想いを!」


 魔法陣が収束し始める。積み重なっていた魔法陣の厚みがどんどんと凝縮され、一点へと集まっていく。ソルの手元に、視界を覆いつくすほどの眩い光が集まった。その光を握ったと同時に、それは現れた。

 陽炎に揺らめく、ソルの背丈にも勝る長さを持つ真っ赤な剣。燃え上がる太陽をそのまま剣にしたような、そんな炎の化身だった。


「《オメガ・コロナ》。私の一太刀を受けてみなさい、クソ邪神!」


 その言葉は、果たして誰に向けられたのだろうか。もしかすると、この世界を作り出した親にでも言っていたのかもしれない。ただ一つはっきりとしているのは、そう言ったソルの顔は決して憎悪には染まっていなかったという事。

 むしろ、口元は楽しそうに弧を描いていたこと。


「燃え尽きろおおぉぉぉぉっ!」


 叫びと共に振り下ろされた真っ赤な剣が邪神の左肩を切り落とす。それを皮切りに黒江の剣も深く切り込みを入れ、更には右肩を切り落とす。


「「司(お兄ちゃん)、いっけえええええええぇぇぇぇっ!」」


 両肩を切り落とされたことで無防備になった肉体に、七色の光が振り下ろされる。


「かな、今だ!」

(ん。詠唱魔法、《エレメンタルフォース・アトミックヴァース》ッ!)


 剣を魔法陣が囲む。それぞれが色とりどりの輝きを放つ魔法陣の一つ一つに、精霊の命が宿っているのが今の俺にならはっきりと分かった。その一つ一つに重なる皆の想いが、はっきりと伝わってくる。

 リリア、リル、ルナ、カレラ、アリシア、ネル、テト、リウス、ヘイル、スーラ、リリ。そして黒江とソル。俺と一緒に戦ってくれた、皆の想いが形となっていく。力になっていく。どんどん大きく、光り輝いていく。


 俺の背中を、押してくれる。


「(はああああああぁぁぁぁぁっ!)」


 いつだって隣にいてくれたかなが、一緒に剣を握ってくれた。もう、恐れることは何もない。

 振り下ろされた七色が、あっけないほどの静寂と共に、まるですべての音を消し去ったように、邪神の体を切り裂いた。包み込んだ光が、その体を浄化した。


「――――――」


 その言葉は聞き取れなかったけれど、ソルの嫌う耳障りな叫びとはまるで違う、何か静かな呟きだったと思う。一言で言うのなら、感謝。倒された邪神が感謝なんて言うとは思えないけどなぜだか、そんな気がしてならなかった。

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