現世への復帰

 精霊の世界の中で、俺とかなは現世に戻るための方法を探していた。


「帰ると言っても、どうやるんだ?」

「かなが転移させられる」

「そうか。それじゃ、早速行くか」

「……」

「かな?」


 どうかしたのだろうか。かなは少し顔を俯かせて言い辛そうに口を小さくする。


「どうかしたのか? 具合でも悪いか?」

「ん、大丈夫。でも、問題がある」


 かなはその小さな手を、同じく小さな胸に当てて言った。


「かな、もう死んでるみたい」

「……え? 死んでるって、どういうことだ。目の前にいるじゃないか」

「ううん、今のかなは魂だけ。精霊核のそのまんま、かなはここにいる」

「核の、まま……いや、それは分かってるけど、体に戻ればいいんじゃないのか?」

「駄目。あっちにもう、かなの居場所はないみたいだから」


 かなの言葉は拙かったけど、それでも全然分からないわけではなかった。

 死んでしまったから、もう戻れない。かなにとって死ぬ、という感覚は明確な物じゃあないんだろう。そう言う表現になっていた。


「かなはここにいるはずなのに、戻ろうとすると駄目って言われるの。あっちでは、かなはもういなくなったから、って」

「……それって、どうしようもないことなのか? 核だけで、なんて無理か」


 精霊核は核の中では最も強度の高いものになる。でも精霊核の中にも弱い物、強い物がある。元々精霊核を持っていなかった俺やかなの精霊核は比較的弱い物。上位精霊として生まれたような存在であれば精霊核のみで長時間の活動が可能になる。デストロイヤーなんかはいい例だな。

 対して俺たちの核は他の核より硬い分核だけで活動できる時間は他より長い。だから、今かなが核だけであっちに戻ることは不可能というわけではない。それでももって十分程度。それにかなの力や姿を持ったままいられるかは微妙なところだろう。


「俺はどうなんだ? 俺は戻れそうか?」

「司はね、核だけ引っ張って来たけど、体は死んでないの。核を引っ張って来たから体も付いて来てて、すぐに戻れると思う。司の体からは一回核が出て、それで戻ってる。他よりも慣れてるはず」

「なるほどな……かなの体の代わりになるものがあればいい、ってことだよな」


 流石は精霊使いと言ったところか。かなは俺よりもずっと核のことについて詳しかった。


「ん、リルみたい、に?」

「そういうことだ。かなに適性のある体を見つけてしまえば……」


 リルは元々のフェンリルの体を捨て、魔道具の力を使って影狼の体に核を移したことがあった。似たようなことが出来れば、かなをあっちに戻せるかもしれない。


「でも、かなの核はちょっと特別だから、普通の体じゃ駄目だよ? 強くて、精霊にも好かれてるような、そんな体じゃなきゃ」

「うっ、結構厳しい条件だな……」


 かなの体はこっちの世界に来て、つまりは生まれてすぐに精霊使いを手にしていた。そしてそのスキルと共に成長してきた特別なものだ。そんなものと同等かそれ以上に精霊核に適性があり、且つ強いからである必要がある。もっと言うのなら、そこにある他の誰かの核を押しのけてかなが入れるようなそんな都合のいい体。

 言ってみたはいい物の、そう簡単に見つかるような代物ではなさそうだ。


「あれ? でも、待てよ? もしかするとあれなら、行けるかもしれない!」

「司?」

「かな、出来る! 用意できるぞ、かなにピッタリの体!」

「ほんと? どんなの?」

「それはな!」


 とびっきりの名案だった。過去最高の発想だった。この瞬間だけは俺は天才だと勘違いをしてもいいかもしれないと思うような、そんな考えだった。

 それをかなに聞かせてやると、かなは少し迷ったように首を傾げた後で、頷いた。


「ん、いいと思う。それじゃ、司を戻すね」

「ああ、そうしてくれ。すぐにまたあっちで会おう、かな」

「……ん、またね、司」


 すでに転移の魔法を準備し始めていたかなの産んだ逡巡の時間は、どんな憂いを含んでいたんだろうか。もう、かなの考えているすべてが分かるなんてことは無くなっていた。かなもいつからか複雑に色々なことを考えるようになっていて、自分なりの強さを持っていた。

 そのことが嬉しいようで、ちょっとずつ遠くに行ってしまうようで寂しかった。


 だけど、それでもいいじゃないか。人と猫じゃなく、主と従者じゃなく。一緒に戦う友達として、相棒として歩んで行っても。


 ぱっ、と七色の光が瞬いた次の瞬間、俺の視界に広がっていたのは戦場だった。一瞬前までの穏やかな草原が恋しくなるような、殺風景な荒れ地の中で真っ黒な化け物と皆が戦っていた。やっぱり、まだ戦いは終わってなかったんだな。

 空中でぶつかり合う黒とソル。その一騎打ちに入り込む隙なんて無いかと思っていたけど、一瞬、戦っている最中のソルと目が合ったような気がする。その時のソルの顔が、微笑んでいたような気がした。


 可愛いとこあるじゃないかと思っていると、念話が届いて来た。


(あんた今、変な事考えてたでしょ)

(考えてない)

(ほんと?)


 まさかルナに続きソルも読心術を習得しつつあるのか?


(でもまあ、良かったわ。今更あんたの居ない世界なんて、つまらない物。さあ手伝って、さっさとこのクソ野郎をぶっ殺すわよ)

(ああ、任せろ。ただ、ちょっとだけ待ってくれよ)

(なにかあるの?)


 律儀に聞いて来るとは。ソルが相手してるの、大分強い邪神だと思うんだけど大分余裕があるな。それとも戦い自体はギリギリでも念話をするくらいなら無意識に出来るってことなのだろうか。


(ま、後のお楽しみだ)

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