虚構合戦

「ネルの力の根源は冥府の世界そのもの。あの子だけは一つの世界に相当する力を秘めているのよ」

「それはまた大仰なことだな」


 なんてリルは嘲笑するが、正直言って笑い事ではない。


「まあいいわ。どれだけ強さを羅列したって、最後には倒さなきゃいけないわけだし関係ないわね」

「ほう、やっと気づいたか。それでこそ司殿信じた原初の七魔獣の一体、陽光のソルだ」

「何よあんた、私にそんな口の利き方するの?」

「ふっ、先程までの弱気なお前を見ていれば並んだ気にもなれるというもの。それでも並んでいるのは、我の実力不足故よな」

「ふ~ん、ま、弁えてるなら聞かなかったことにしてあげる」


 何考えてるか分からないやつだったけど、悪いやつじゃないわよね。司が信頼している時点でそれは分かりきっていたけれど。


「さ、来るわよ。……あんたは、本当に来るのね?」

「うん、行くよ。もう後には引けないから、私は私の信じる正義を追求する。これが私の覚悟だよ」


 私の隣に司の妹が立つ。名前は確か黒江といったか。実力は、申し分ない。


 迷ってたって仕方がない。考えたこと、悔やみたいこと嘆きたいことたくさんある。だけど、ここで役目を全うしなきゃいけない。それが世界を管理する調停者の役割で、私がこの世界に生まれた意味だから。


「これで、終わりにしましょう」


 天に邪神を見据え、私は空を駆け出した。


「はあああぁぁっ! 《轟火永炎》ッ!」


 炎が邪神に絡みつく。邪神は異形だが、確かにそこに肉体を持っているらしい。炎に纏わりつかれて藻掻いている。


「リル!」

「分かっている! 《暗黒海洋・絶封》ッ!」


 邪神に絡みついていた炎が一瞬で凍えるような冷水に変わり、邪神を包み込む。球状に渦を巻く水の内側で紫が輝いた瞬間、その刹那の間邪神の気配がこの世界から消える。しかし、今度は足元に現れた。


「カレラ嬢!」

「はい! 《不死鳥フェイっクス》ッ! 《槍術Ⅹ:マキシマム・エンハントスピア》ッー!」


 カレラの全身が燃え上がり、闇世界から抜け出したばかりで弱っている邪神へと突撃する。その炎を纏った槍を一振り、二振りと邪神に食らわせたカレラはすぐに邪神と距離をとる。


「……ほとんど無傷、って本気で言っているんですか?」

「無傷ではない。魔力も生命力もかなり消耗させた……はずであろう?」

「見たところ、今ので一割ってところね」


 ったく、これだからステータスお化けは。始祖竜、エルダードラゴンの時や天界の巨神アトラスのように兎にも角にもステータスで一方的な強さを押し付けて来る相手は苦手だ。多少からめ手を使ってくれるような相手の方が、策のすべてを私の炎で燃やし尽くせるから簡単だ。

 この、火力で燃やし切れない感じが無性にむしゃくしゃする。


 しかし、何はともあれ一割だ。攻撃が効いているのは確か。治癒能力はあまり高くなさそうなのが、せめてもの救いか。なんて考えていると、怒り狂うように全身を震わせた後、邪神が突撃してきた。


「っ、来るぞ!」

「リル、カレラを守りなさい!」

「心得た! 《闇世界門》」

「《金陽》ッ」


 リルはカレラを連れて闇世界へと逃げ込んだ。ならば、私はこの邪神を受け止める!

 全身の毛並みが逆立つのを感じる。触れたら燃やし尽くす凶器になった毛が暴れるのを感じながら、私は唱える。



「《サクリファイス・オブ・エンハンス・イズ・マイハート:セラフィム》ッ!」


 命を削って燃え上がれ! 天すら崩す最高温の炎よ!


「はあああああぁっ!」

「‘+*L'!”&$#%$”!%!」


 異形がなんか叫んでいるが、生憎と聞き取ることは出来ない。

 触れた肌同士が拮抗し、互いに一歩も譲らない。両手を取っ組み合うような形になった炎と邪は互いを蝕み合いながら鍔迫り合いを続ける。


「残念だけど、あんたの好きにはさせないわよ!」

「*>?*<+‘}!”#%#$%’”!!」

「言いたいことがあるならはっきり、言いなさいよ!」


 本音に全力を乗せて振り払う。この世界の頂点に立つ者の一撃は、流石の邪神でも咄嗟に無力化は出来ない。瞬間押しのけられた邪神は、さあ仕切り直しと構えを取るが、それを許すような人ではない。


「《セイクリッド・エクスプロード》ッー!」


 邪神のすぐ背後から振り下ろされた聖なる光は、一瞬反応の遅れた邪神の体を飲み込む。

 冥府の力は無限大だ。世界一つ分の力であると同時に、すべての命が集まる場所。そこには汚れ切った魂だろうと清潔な魂だろうとまっさらに、それらを乱数的に振りまくだけの力がある。だから他のエネルギーとの衝突は正直言って馬鹿らしい。どうやったって邪神が勝つ。

 しかしそれは、まともにぶつかり合った場合。そんなときに用意された絶対の答えが、聖気だ。


 私たちは、すべてを消し去る聖気の力に、司の妹にすべてを賭けたのだ。


「《ハイネスコール・セイクリッド》ッ!」


 ドッ、と大地を揺るがす轟音と共に聖気はさらに膨れ上がり、天へと延びる。振り下ろされた剣から、光が天へと聳えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る