俺を止めるのは

 俺が黒江と見つめ合っていると、ソルは背負う狐を仕舞いこみ、すぐさま俺から距離をとる。その代わりと言わんばかりに、黒江が真っ直ぐに剣先をこちらに向ける。その瞳に込められた、強く、確かな思いは果たして何を語っているのか。


 教えてあげると言わんばかりに、黒江は徐に口を開く。


「私は、お兄ちゃんが誰をかを傷つけるって言うんならお兄ちゃんをこの手で止める。絶対に」


 ……なるほど。つまり黒江は俺にとっての最強の壁になろうっていうわけだ。いいぞ、止めてみろ。

 この世界に来て、勇者になって、仲間と冒険して、再び再開した妹が。数年前には学校でいじめられて、泣いて帰ってきていた妹が。いつしか俺の世話さえ始めた、俺のことが好きすぎる妹がそれくらい強くなったのか見せてみろ。

 俺が強くなったみたいに、お前も強くなったんだろ? それを見せてみろ。


「行くよ、お兄ちゃん」


 そういえば、黒江とはまともに喧嘩したことは無かったな。いつだって怒鳴り合ったり蔑み合ったり品物だが、そこに真剣な眼差しなんて籠っていなかった。いつだって楽し気で、本気で嫌だ嫌いだなんて言い合ったことは一度もない。

 ただもし、黒江と本気で喧嘩をしていたらこんな視線を向けられていたんだろうなって眼差しで、黒江は俺を真っ直ぐと貫いていた。


 黒江が高く跳躍する。俺も剣を握り、黒江の剣とぶつけ合う。


 甲高い衝撃音が鳴り響き、さて小手調べと鍔迫り合いを始めようとして、刹那、剣が砕けた。


「っ、《無崩の幕》」


 咄嗟に黒江の剣筋を見て局所的に無崩の幕を集中させる。左腕に向けられた剣は、無崩の幕がありながらも確かなダメージを与えて来た。


 やるじゃないか、黒江。一撃の威力は馬鹿にならない。それが純粋な物理エネルギーであるからこそ、ソルの時の属性同士のぶつかり合いみたいに拮抗することも難しい。単純な武器の性能で言えば、黒江の武器の方が断然上。


《装備》

名前:聖鋭の剣エクスカリバー

耐久力:29180/29180 攻撃力:+12209 魔力:9000/9000


 アリシアの武器と比べれば、耐久力と魔力で勝るものの、攻撃力で劣る武器。ただそれは、本人のステータスの差もあり、最終的には黒江の方が攻撃力が上回っている状態にある。剣術の競い合いでは、俺の方が不利みたいだな。

 なら、魔法を使えばいい。


「《アイシクルメテオ》」


 まずは小手調べの魔法を一つ。俺の左手を弾き、既に着地していた黒江の頭上に黒江の体を容易に押しつぶしてしまいそうな極大の氷が現れる。黒江はそれを一目見て、剣を一閃。氷は粉々に砕け散った。

 あれでも結構な魔力を籠めて固めてあるんだが、黒江の剣の前には無力らしい。


「ねえ、お兄ちゃん」

 

 さて、次はどう攻めたものかと思案していると唐突に黒江が俺を呼ぶ。


「どうして、本気を出さないの?」


 そして真剣な眼差しを浮かべながら問う。本心から、本音で、本気でそう聞いて来る。

 いやいや、どうして本気を出さないのかって。妹相手に本気を出す兄が、一体どこにいるんだよ。何年も一緒に暮らしてきた家族を敵と認定して全力で倒すなんてそんなこと、俺に出来るはずがない。何を考えて……と、そこでハタと気付く。


 いや、どうして俺が本気じゃないんだよ。というかそもそも今戦っているのは俺じゃなくて零酷停王で……待て、何かがおかしい。俺は今、零酷停王に体を操られていて、零酷停王の破壊衝動のままに暴れているはずだ。

 それなのにどうして、いつからか俺の意識が介入出来ていた? どうして俺の意志で手加減を? というか、零酷停王が動いているはずなのに、俺を邪魔する敵に手心を加えた? もちろん俺は黒江を敵だなんて思っていない。でも、零酷停王にとっては邪魔をする敵に違いなくて……。


 待て待て待て、どうなってる。だって俺はいま間違いなく零酷停王の力を振るっている。そうじゃなかったらソルと競り合うことも、黒江の一撃を受けることも出来なかったはずだ。そもそもソルや黒江と戦おうとしたり、リリやアリシアを傷つけるようなことをするはずもない。

 いや、本当にそうか? 冷徹者はあくまで俺の願いを聞いていたはずだ。なら零酷停王もまた俺の願いをその行動に反映させているのではないか? もしそうだとして、どうして俺は大切な仲間たちを攻撃したんだ?


 それは、別に難しい話ではなかったのかもしれない。全員大切な仲間だ。失いたくない友だ。でも、圧倒的に何かが足りていなかった。欠けている物があった。それを失った衝撃が、俺を最強へと駆り立てた。誰にも負けない、誰かを守れる力を欲させた。


 かな。


 彼女がいない俺の人生に、確かない身を見いだせていないから。いつか誰かを再び失ってしまわないように、この世の誰にも負けないように。別にこの場の仲間たち全員を倒したっていい。殺しさえしなければ、ずっと俺が守って上げられるのだから。


 誰にも甘えられなくなったって、誰も居なくならないでずっと一緒にいてくれるのならば、俺はそれでいい。


 俺は、そんな願いで感情を捨て、願いのままに理性を働かせていたのだ。なるほどな、どうりで圧倒的な力でねじ伏せたりしなかったわけだ。俺は、誰も殺したくなんてなかったんだ。

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