せめぎ合う氷塊と焔

 見せてみろ、この世界の最強を。俺には到底できやしない、守りたいものすべてを守れる力の頂を。


「《剣王》《属性剣術・氷》」


 握った氷の長剣が、更に淡く、深く青に染まりだす。凍てつく剣の一太刀で、炎さえも切り裂くために。


「《金陽》」


 ソルの体が毛の先まで逆立ち、焔の如く揺れ動く。


 触れただけで相手を溶解させるそのスキル、一体どれくらいのものなのか、一度試してみたかったんだよな。


「《無崩の幕》」


 素早く展開した透明な幕を纏いながら、俺はソルへと向かって切りつける。ソルはその手を俺に向け、刃をその手でつかみ取る。おいおい、一応俺の最大火力の一撃なんだけどな。しかし一本で通用しないというのなら、数を増やすまで!


「《千羅の腕》」


 不可視の腕が俺の周囲に現れ、それぞれが剣を握る。そして氷と幕を纏い、ソルを襲う。それらがソルの体に触れるよりも早く、大きく広がったソルの尾が剣のすべてに触れ、瞬く間に溶かす。というかソルの尻尾、いつの間にか増えてないか? 九本……って、九尾かよ!? あの神様、ありがちな設定にしやがって! おかげでこっちは八本作った剣の全部が一瞬で無駄になったぞ。


 まあだが、やっぱり最強はこれくらいじゃないとな!


「《アイシクルメテオ》」


 せめぎ合いが続く剣と炎を纏うソルの白く細い腕。拮抗が続く近距離戦闘に変化を加えてやろうと氷の塊を降らせてやるが、ソルはその全部を尻尾で掻き消した。もっとたくさんの氷を降らせてやろうかとも思ったが、これは幾らやっても無駄そうだ。ついさっき無力化されたばっかりだしな。


「ねえ、司」

「?」


 おもむろにソルが俺の名前を呼んだ。その顔を見てみると、つい先程まで浮かべていた殺気だった表情も、メラメラと燃える瞳も鳴りを潜め、ただただ真っ直ぐな視線を、こちらに向けてきていた。せっかく全力で戦ってるっていうのに、急にどうしたんだろうか。


「あんた、もしかして今自分の意志で動いてる?」


 ソルは、なんを言っているのだろうか。


 俺たちが会話を続ける中でも、剣と腕は互いに譲らない接戦を続けている。押し合い、押し付け合う火花散り魔力の爆発し続ける至近距離で戦いの様相なんて一切纏わぬ様子で問うソルに、俺は少しだけ違和感を覚えていた。


 そんな、突拍子もないことを。俺は間違いなく、零酷停王の意志の下で動いているというのに。


「この世界の最強を決める戦いを、私たちは今しているのよね」

「っ!?」


 ん? 今、俺の体が動かなかったか? いやいや、零酷停王状態の俺が動揺する訳はない。そもそも、最強を決める戦いなんてそんな言葉、俺が少し心の中で呟いたくらいで。


「そしてあんたは、ここで私に負けようとしている」


 おいおい、遂にソルもルナみたいに読心術を会得したのか? 確かに俺はソルがこの世界の最強だと思っている。これから俺はソルに敗北し、邪神に染まったものとして土に埋もれる予定ではある。しかし、負けようとしている、なんて言い方は少し違う気もする。

 俺がここで負けるのは必然だろう。


「だったら一つだけ、勘違いを正してあげるわよ」


 ……おかしい。今、間違いなく会話が成立していた。零酷停王は一言をも発していない。もちろん、俺だって心の中で呟いているだけのはずだ。魔法で伝えるだとか、そんなことはもちろんしていないしソルだって相手の心を読む力なんて持っていない。

 それなのに、ソルの瞳はメラメラと燃え上がりながら、その情熱を俺へと一心に向けていた。


「この世界の最強は、私なんかじゃない。ましてや司、あんたでもない。この世界に最強なんていないのよ。最強なんていてはいけないから、邪神が生まれる。最強なんていてはいけないから私やダンジョンマスターがいる。最強なんていてはならないから、勇者がいる。この世界では絶対に均衡が保たれる。あのクソ神の野郎が、そう決めてるのよッ!」


 ソルが視線を鋭くさせ、怒りに満ちた表情を浮かべて拳に力を籠める。次の瞬間、せめぎ合っていたはずの剣が粉々に砕け散る。追撃するようにソルが炎を放ち、零酷停王は《無崩の幕》を展開しながら後退する。

 それでも防ぎきれなかった衝撃に押され、零酷停王は体勢を崩した。


 嘘だろ!? 零酷停王が反応しきれなかったって言うのか!? この世界で唯一の完璧な知恵者のはずだ。どんな現象に対しても必ず答えを持ってくる、それがこの神の力のはずだ。ソルの圧倒的な力でねじ伏せられることは考えられた。

 それでも、こんな単純な手段でダメージを与えられるなんて、そんなはず――


 俺が驚愕している間に、零酷停王は姿勢を整えた。そして見据える。その背に燃え上がる狐を宿したソルを。強く睨み、その手に再び剣を握る。構え、攻撃しようと空中を踏み込んだその瞬間。


 ソルが纏っていた炎が、消え去った。


 そこに立っていたのは、普段通りのソルだった。


「司、残念だけど決着をつけるのは私じゃない。あんたに相応しい相手だと思うわよ。見届けてやりなさい、あんたの大切なの勇士を」

「っ!?」


 得意げに笑ったソルの指先は、ちょうどソルの真下を指していた。つられて視線を向けた先に、彼女は立っていた。


 俺に取って最愛の家族にして、たった一人残された妹。誰よりも正義を望み、誰よりも俺を愛してくれている彼女はその手に光り輝く剣を握り――


 確かな怒りを、俺に向けていた。

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