頂を望む
零酷停王。
その名を耳を初めて耳にしたのは、この手で人間を初めて殺した時だった。
「我が呼びかけに応じよ、
喉が焼き切れそうな怒号をソルが叫ぶと、その背後に極大の燃え上がるキツネが現れた。始祖竜にも近しい大きさのその体躯は、ソルの力をそのまま具現化したような姿に見えた。空の明かりすら霞むような太陽の光が、今目の前で輝いた。
今この世界で輝くのがソルだけであると錯覚するような周囲の暗さに包まれて、俺はソルと対面する。最早、この場には俺とソルの二人しかいないのと変わらない。そうとすら思えた。
それでも俺の頭は冷静だ。視界の端の方でボロボロになりながらも立ち上がるリリとアリシアを見つける。分かってはいたが、殺していなくて本当に良かった。もし機会があるのならしっかり謝らないといけないな。
しかし、零酷停王に乗っ取られた体の中で意識だけは残っているというのは何とも不思議な感覚だ。生きているのが思考領域だけだからか五感こそ共有できているが感情のような物が湧いてこない。ただ、まるで他人事のように戦場を眺めることしか出来ていない。
それか、もしかするとこれは零酷停王の能力なのかもしれない。絶対に動じない意志を持つのが冷徹者で、その進化系が零酷停王ならば全くあり得ない話ではない。というかむしろそれしかないだろう。俺の意識が氷のように冷たいのは、きっとそのスキルのせい。
かなの体がまだピクリとも動いていないのに、怒りが欠片も湧いてこないのもきっとそのせい。
「司ッ!」
名前を呼ばれると同時、俺の視線はそちらに向けられる。そこには、真っ赤に燃え盛るソルがいた。自分の命さえ糧にして大きく揺らめく陽弧がいた。
「絶対に、あんたの冷え切った心をもう一度燃え上がらせてあげるから! 待ってなさい!」
待ってなさいと言われても、俺にはどうすることも出来ないのだが。でもまあ、そういうのなら待っていようか。ソル、こんなことを俺が言うのは間違いなのだがお前の力を見てやるよ。世界最強だって言うのなら、俺を軽くひねって見せろ。
出来るはずだろ、世界の調停者。
「《アイサファイヤ・ロイヤルクリスタル》」
以前、天界であの巨神アトラス相手に使った時には脳が焼き切れそうなほどの情報量が駆け巡ったものだが、今の俺はいとも容易く使って見せた。まったく、羨ましい限りだよ。俺にも、その力が欲しい。
人の体を優に超える巨大な氷の塊が、天空から無数に降り注ぐ。
確か、前世と言うか現世と言うか、前いた世界ではひょうやらあられでも天井を突き破るなんて物騒な話があったはずだ。あんな、拳大程度の氷でさえ厚い天板を貫くのなら、人間を優に超える氷の塊が降って来ればそれは単純すぎるくらいに真っすぐな凶器だ。
その上氷塊は魔力を帯び、そう簡単には破壊も出来ない。俺たちと同程度の耐久力があったとしても、食らえば無傷では済まない。
そんな氷塊が、無数に降り注ぐのだ。
「《轟火永炎》」
その魔法も天界で一度だけ見たことがあるものだった。ソルが放った魔法は最初に氷塊の一つに纏わりつき、そこから伝播して延々と燃え広がる。そこが地続きかどうかなんて関係ない。空間同士の別離なんて関係ない。燃やしたいという衝動のままに永遠に、その炎は燃え広がる。
氷の雨を伝い、空へと舞い上がっていく炎が狐のように唸り、暗くさえ見えた天を真っ赤に染め上げる。アクセントのように輝く青色の氷が一つ、また一つと消えていく。
おいおい、冗談だろ。あれ全部で一万以上はあったんだぞ。結構魔力も使うんだけどなぁ……ま、流石はソルって言うところか。
《アイサファイヤ・ロイヤルクリスタル》は周囲一帯の地面を容易く覆いつくしていた。あれが一つだろうと降り注げばその度誰かが死ぬ。そのくらいの威力がある魔法だったのだ。なるほどそれは、確かに守ることを誓ったソルの戦い様としては完璧なものだ。
それは間違いなく、最強の名前に相応しい力。
「私の力、よく分かってくれたかしら。少しでも司に届いてくれればいいのだけれど」
もちろん届いた。ソルの本気、実力。俺の魔法なんかじゃ通じないってこと。返事する術はないけれど、俺には確かに届いている。ソルは、全力で俺を止めるつもりなのだ。もちろん誰かを殺したい、なんて思っているわけではない。
それでも一度、挑戦してみたかった。この世界の最強に、誰かを想えるこの人に。一体、俺の正義はどれくらい通用するのかを。こんな形でになってしまったのは残念で仕方ないけれど、俺の体でソルに挑戦できるのなら、そこには確かな喜びもある。
だからソル、存分にやりあおう。最後まで、死ぬ覚悟で。
俺の緩すぎて中身の無かった理想に証明してくれ。俺なんかの力では誰一人も救えないんだってことを。お前ならどんな相手であろうとすべてを守り抜けるのだと。そして俺に諦めさせてくれ。世界が変わろうと、特別な力を貰おうと俺みたいなろくでなしが誰かのヒーローになるなんて不可能なんだって。
俺の望む最強は、まだまだずっと先なんだって。
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