燃え止まぬ衝動

 零酷停王。そいつの存在を誰よりも知っているのは、間違いなく私のはずだ。


 邪神、そんな存在が生まれた理由をあのクソ神に聞いたことはないけれど、なんとなく予想は付く。

 邪神は強すぎる存在が宿すもの。もしかしたら世界を支配できるかもしれないような力を手に入れようとしたらその中に生まれるのだ。それは簡単に言えばストッパー。強くなりすぎることで生まれる不都合を帳消しにするあいつの秘策なのだ。

 理性を失った化け物ならば、世界中から敵視される。邪神を従えたまま理性を備えていたのなら、また話は変わってくるのだが、そうはいかない。邪神は生まれた時から理性を持っていないし、備えることも無い。真に邪神として覚醒すれば間違いなく理性を失い、破壊の化身となる。


 そんな化け物を相手にすれば世界は些細な小競り合いなんてしている暇は無くなって、そいつを倒すために一致団結することになる。神は、それがしたいのだ。


 誰か一人がこの世界のトップに君臨するのを避け、困難を乗り越えた先で他種族間が手を取りあう。そんな甘っちょろいハッピーエンドと望んで、力を望んだ誰か一人を簡単に切り捨てようとした。けれどきっと、それは当然のことなのだ。


 邪神になるものはきっと、誰しもこの世界の誰にも負けない力を望むのだから。


 そのつけが邪神化であり、その末に殺されることは理不尽と言い切ることも難しい。私たちの世界は弱肉強食。ならばこそ強さを求めるのは当然のことではあるが、弱気のすべてが虐げられるような世界を神は求めていない。神でなくたって、虐げられるだろう弱者たちが許さない。

 大きすぎる欲望が滅されることに、今更私も文句を言ったりはしない。


 私自身、大好きだったこの星を一度は滅び仕掛けた身だ。だからこそ、同じ思いはもうさせたくなかった。


「だから司、私はあんたを止めるわよ、絶対」


 唱える魔法は、己を燃やし尽くす魔法。命すらも削って力に変える諸刃の剣。だけどね司、あんたのためなら恐怖の一つも感じないのよ。不思議よね。


「《サクリファイス・オブ・エンハンス・イズ・マイハート》」


 私の体の端々から揺らぐ炎が溢れ出し、毛先の一本一本が燃え上がる。瞳にさえ宿った炎がメラメラ燃え上がり――


 ――世界が、熱中する。


「《セラフィム》」


 唱えた言葉の齎すは、この世の絶対なる命の源、太陽。


名前:ソル:固有権能陽光:陽光の下にいるとき、状態:天照神になる。生命力が半分を下回った時、妖光発動

レベル:91

生命力:3091/8009 攻撃力:30091 防御力:19265 魔力:18723/21409

状態:天照神、妖光


《妖光:魔術・陽炎『天照』が使用可能になる》


「司、太陽に触れれば火傷どころじゃすまないわよ?」


 冷たく水色に浮かび上がる司の瞳は、熱く燃え上がり真っ赤に輝く私を、真っすぐに見つめた。


 そして、私たちはぶつかり合う。


「司ァァァーーーーッ!!!!」


 《金陽》を発動し、燃え上がった拳が司の拳とぶつかり合う。炎々と湧き上がる灼熱をその身に受ける司の表情は、ほんの僅かに歪んで見えた。


 凍り付いた司と、燃え上がる私。氷と炎がぶつかり合い、せめぎ合う。そこにはたった一つ拳がぶつかり合っているだけのはずなのに、余波だけで人を殺しかねないようなエネルギーが生まれている。何度も爆発を繰り返し、その度再び氷が生まれ、熱が膨れ上がる。

 爆発は速度を増し、規模を増し、勢いを増す。耳が引き千切れそうになるほどの爆音が連発し、そして――


「えっ――」


 ――私の体は、大きく押し返された。


「ッ、ソル様! 《アトモスフィアブラスト》ッ!」


 体勢を崩した私に、司は追撃を仕掛けようと拳を勢い良く振りかぶる。

 が、寸前、リリが私と司の間に割って入る。唱えた大気の振動は司の踏み込んだ勢いを確かに殺す。そして、大気の振動が消えた直後アリシアが大きく跳躍した。


「はああああぁぁぁーっ! 《セイクリッド・エクスプロード》ーーッ!!」


 光り輝く剣が司の拳に向けて振る下ろされる。天まで伸びそうなほどの刀身を持った光の剣は、司の拳を確かに止めた。しかし、それも束の間だった。光の剣が砕け、司の拳がアリシアを襲う。


「っ!?」

「アリシアさん!」


 司の拳を咄嗟に両腕を交差させたアリシアの体を、リリが受け止めようと背後に回る。しかし、それでも殺し切れなかった勢いに押し負け、二人は音を越えて地面に激突する。粉塵が巻き起こり、二人の姿が見えなくなる。


「アリシア! リリ!」


 呼び掛けても、返事はない。解析鑑定で見てみれば、二人とも生命力こと大幅に減らされたが、死んではない。二人の攻撃が司の攻撃の勢いを殺していたのだろう。致命傷だけは避けたようだ。


 胸を撫で下ろし、司へと向き直る。そこには相変わらず、ここげるように冷たい真っ青な瞳が張り付けられていた。


「あんたは絶対に、そんな冷たい表情は浮かべない。いつも笑っているわけじゃないかもしれない。けどね、そんな、誰かを殴って何も感じないような顔、あいつは絶対にしないのよッ!」


 私の中の炎が再び激しく燃え上がる。

 私も、覚悟を決めなくてはならない。


「我が呼びかけに応じよ、天照神アマテラスッ!」


 まるで私の尾が肥大化したように、途切れぬ炎がその姿を浮き上がらせる。

 燃え上がる金色の衣の纏うその存在は、最高位の精霊にして神にも等しい力を持つ太陽の化身。


 天照神アマテラス


 私はやっと、世界さえ壊す覚悟を決めたのだ。

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