グライト・ネイト

 浮かんでいた満月の光が消え、辺りを包んでいた夜は暗闇へと変わる。

 ルナ様の放った魔法の一撃は、冥府の使途の大半を瀕死まで追い込んでいた。ただ、ルナ様自身にも多大なダメージがあった。


「っ、あ……っ!」


 膝を付いて蹲ったルナ様は右手を手に当て、込み上げる物を堪えるように目を強く瞑る。


「ルナ様!!」


種族:魔獣・月狼

名前:ルナ:固有能力月光:生命力が半分を下回った時、激昂発動

レベル:88

生命力:3085/19102(+10000) 攻撃力:10764 防御力:11765 魔力:10817/10817(+10000)

状態:正常

スキル:銀月、魔力感知Ⅹ、気配察知、解析鑑定、魔牙Ⅹ、魔爪Ⅹ、魔術・精神Ⅹ、魔術・月光、思考加速Ⅹ、自然治癒Ⅹ、魔力自動回復Ⅹ、物理攻撃耐性Ⅷ、精神攻撃無効、状態異常無効、即死無効、擬態

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利

称号:殺戮者、月光の姫


「ど、どうしてこんなに生命力が! ルナ様! ルナ様しっかりしてください!」


 先程使っていたのは間違いなくルナ様の詠唱魔法。私も初めて見たけれどとても綺麗で、生命に溢れた輝きだった。あの魔法の反動……のようには見えなかった。


「……妾のことはいい。後は、任せたかの」

「ルナ様……はい、お任せください!」


 苦しそうな表情で言うルナ様は、確かに死を間近にしたわけではない。自然治癒をお持ちだし、魔術・月光には回復魔法もあったはずだ。

 それに、私も覚悟を持ってやってきたのだ。大丈夫というルナ様のことを心配して役目を果たせないなんて、ネル様にも、司君にも合わせる顔がない。


 ……本当に、強くなってるよね、司君。私が目を離したすきに私よりもずっと強くなっていた。かなちゃんもそうだ。いつの間にかリルさんとかルナ様と知り合いになって、ソル様や人間のお友達も出来たみたいだった。

 それに、妹さんがいたらしい。妹さんも勇者だし、本当に凄い。


 最初はお友達になって貰おうと思っただけだった。それがいつしか、私を守ってくれるような存在になっていた。私を励ましてくれて、今はネル様を助けようとしてくれている。生きる意味の無かった私に、生きる意味をくれた。理由をくれた。

 私も、負けてられない。私は司君の主。私の為に尽くしてくれる司君の期待に、私も応えたい。


 神様、あわよくば私に力を。誰にも負けない力とは言いません。ただせめて、司君に恥じない主であるために。私に、少しだけ力を。


「まあ、願っても無駄だよね……《アトモスフィアブラスト》ッ!」


 瀕死の冥府の使途たちを吹き荒れる突風が襲う。手前にいた何体かは今の一撃でボロボロになって消えていった。


「……大丈夫、私ならやれる。ルナ様が必死に作ってくれたこのチャンスを掴むくらいなら、私にだって」


 残されているのは、瀕死の冥府の使途が数十体。私の残り魔力も決して多くないけれど、出来るはずだ。いや、やるのだ。


「四代目リリア、この名に誓って、必ずあなたたちを殲滅します」


 右手に魔力を籠める。一撃の威力をしっかり高める。練って、練って、練る。私の少ない魔力で確実な一撃を。残った冥府の使途たちを全滅させるつもりで、練り上げる!


「《すべてを包み》《抱擁し》《支える源》、《命を育み》《死を受け入れる》《森羅万象の母》、《今目覚めよ》《絶対の女神》《大いなる世界の中心よ》」


 残る魔力のすべてを賭けて魔法を練り上げる。これが失敗すれば私もルナ様も動けない危機的状況になりかねないが、大丈夫だ。

 大自然を謳うこの魔法は、相手の体を器に、相手の魔力を養分に自然を生み出す。一度広がり始めたら吸いつくすまで終わらない。大丈夫、自分の力を信じよう、私。


「……《グライト・ネイト》」


 大地を覆った緑の魔法陣たちが、傷を負った冥府の使途たちに新たな命を植え付ける。魔力を養分にすくすくとその芽は育ち、見る見るうちに背を伸ばす。太く逞しく成長していく木々の芽は根をしっかりを張って育っていく。

 幹を伸ばし、枝を生やし、葉を付ける。生い茂っていく葉が林となり、やがて深く大いなる森となる。


 雄大な自然が淡い光を帯びながら茂っていく様を、私は見守っていた。妨げられることなく広がっていく自然の神秘を、穏やかになっていく心の内で思いながら意識の遠のいていくのを感じる。


 魔力枯渇状態。

 体力を使い果たして動けなくなるように、魔力を消耗しすぎると発生するこの現象は、極限を超えることで容易に意識を刈り取って来る。最初は頭痛から始まり、吐き気や痛みを伴い、そして最後には眠りに就かされる。

 しかし、消費した魔力を回復させるという意味では最も効果的な手段。


 気付けば晴れ渡っていた青空の下、包み込む様に広がっていく自然の目の前で私は微睡みに襲われる。あまりの眠気に耐えかねて地面に倒れる直前、私の足元は草原へと変わり果てていた。数十にも積み重なる命の恵みから生まれた森の成長は、私の想像を優に超える勢いで進んで行く。


 遠のいていく意識の中で、一つ呟く。


「私、やったよ。後はお願いね、司君」

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