冥府の使途

 冥府の使途。ネルによって召喚されたその軍団は、妾とリリアの前に犇めき合っていた。


「リリア、覚悟はいいかの?」

「無論です、ルナ様。私は力足らずかもしれませんけど、力を貸させていただきます」

「妾が前に出る故、纏まっているところを攻撃してくれればいいかの」

「分かりました」


 リリアは力強く頷く。

 言ってしまえば大した力のない彼女だけれど、誰かを守るためにと必死になっている。ならばこそ、妾も覚悟を決めなければならない。弱きものなりの覚悟を。


「《ムーンライト・ワイドネット》」


 月光の輝きが横に広がり、網目となって広がる。百を超える冥府の使途たちの最前列に向かった光の網目は、網に向かって飛び込んで来た一体の体を包み込み、その体に網目を刻んで消えた。


 何体か巻き込めればいいとは思っていたけれど、一体分の威力にしかならないか。やはり、威力と規模に劣る。


「《ムーンライト・エリアフラッシュ》」


 右手のひらに浮かんだ金色の紋章から閃光が弾け、冥府の使途たちの全面を焼く。確実なダメージこそ与えられたが、一発で何体も倒すような威力はない。

 

 攻撃を受けて触発されたのか、使徒たちのうちの何体化が妾へ向けて飛んでくる。


「《エアリアルブラスト》ッ!」

「リリア?」


 目の前に突風が巻き起こり、こちらに向かってきた使途の体勢を崩す。


「ルナ様、お願いします!」

「っ、任されたかの! 《ムーンライト・スペクトルキャノン》ッ!」


 魔力の束が出来上がり、浮き上がった使途の体を貫く。


 狙いを絞るのが難しいから普段は使用を控えているけれど、あれだけ隙を晒しているのなら当てるのも容易だ。体を貫けばその体は散り散りになって黒い煙と化した。気配は完全に消滅する。弱点は、胸部か。

 あそこを射抜ければ、妾の魔法の威力でも一撃で倒すことが出来る。


 他の使途は、既に体勢を整えたか。一体倒したとしても、残りは百体余り。それでは先にこちらの魔力が尽きてしまう。考えなければならない、勝つ方法を。


「ルナ様!」

「分かっているかの! 《ムーンライト・ワイドネット》ッ!」


 向かって来る使途は三体。体勢を崩し、胸部を貫く。ならばまずは、一体を確実に行動不能にする。

 網の捉えた使途は身動きが取れない。スペクトルキャノンは使途の胸を捉え、一体を消滅させる。残りの二体は――


「《エアリアルブラスト》ッ!」

「っ、《ムーンライト・スペクトルキャノン》ッ!」

「ルナ様、もう一体!」

「うむ!」


 更に一体の胸を貫き、もう一体。一体だけなら、体術でも!


「《魔爪》」


 妾のそれより長いリーチで放たれた拳を半歩の動きで躱し、右手を使途の腕へと添えて軌道を逸らす。剥き出しになった胸部に左手の爪を突き刺せば、使途の気配は一気に弱まる。藻掻き、動きが荒っぽくなった使途の体に右手を更に突き立てる。

 使途の体は塵となり、消える。


「よしっ」


 思わず笑みが零れた。妾の力であろうと、通用する。これならば――


 そんな歓喜が脳内を巡るのと同時、気配察知に妾の脇を通ってリリアへ向かう気配を見つけた。数は、一つ。けれど、速い。


「リリア!」

「《アトモスフィアブラスト》ッ!」


 リリアの放った魔法は、空気を圧縮したその攻撃は使途の体を包み込み、その体を強く押し出し、やがて胸元を貫いた。使途は、バラバラになった。


「だ、大丈夫、です! 風属性の魔法は、得意なんです!」


 僅かに息を切らしながらも、リリアは笑顔を浮かべて返事した。


「……良かったかの。まだ、行けるかの?」

「もちろんです」

「なら!」 


 多少の無理も、効くと言うもの。


「《ナイトメア》」


 訪れた夜の空で、満月が輝く。


「《陰りを越え》《真を見ろ》《光を浴び》《虚を見ろ》」


 妾には、誰にも言ったことがない秘密がある。ソルやネル、司殿にさえ、言ったことがないこと。


「《入れ替わる裏表》《すり替わる真実と嘘》」 

 

 心の奥底で眠る、もう一人の妾のことを。あの日別れた、彼女のことを。


「《混じり合う光と影》」


 満月の、狼のことを。


 今は、私の時間だよ。


種族:魔獣・月狼

名前:ルナ:固有能力月光:月光の下にいるとき、状態:月読命になる。生命力が半分を下回った時、激昂発動

レベル:88

生命力:309102/309102(+300000) 攻撃力:10764 防御力:11765 魔力:309002/310817(+300000)

状態:月読命

スキル:銀月、魔力感知Ⅹ、気配察知、解析鑑定、魔牙Ⅹ、魔爪Ⅹ、魔術・精神Ⅹ、魔術・月光、思考加速Ⅹ、自然治癒Ⅹ、魔力自動回復Ⅹ、物理攻撃耐性Ⅷ、精神攻撃無効、状態異常無効、即死無効、擬態

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利

称号:殺戮者、月光の姫


 月読命の力を、見せてあげる。


「《生ける者の喜びと》《死する者の悲しみと》《共生する対義》《対立する意義》」


 あなたが新月に生きるのなら、私は輝くすべてを全うする。


「《私たちは共に生きている》」


 例えその一瞬はどちらかしか存在出来なかったとしても。私たちは確かに、一緒に生きているのだ。


「《ムーンライトオブフラッシュライフ》」


 一帯を覆う夜をすべてひっくり返すほどの月光が、天を貫いて地面へ広がる。冥府の使途たちを、包み込む。


魔力:10817/310817


 すべてを解き放つ輝きに、妾は彼女を失った。

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