不完全な神
ネルとの交戦が始まって、数分が経っていた。
かなを中心に何度も隙を伺っては攻撃を仕掛けた。
しかし、こちらは最高峰の戦闘能力の保持者ソル、最高峰の魔法の使い手リリア、最高峰の聖気の使い手アリシアと一緒に戦っているというのにネルにはほとんどダメージを与えられないでいた。一番まともに入ったのがかなの蹴りというくらいだ。
「ああもうッ! あれでまだ完全体じゃないって考えると、ほんと厄介ね! いっそ、星ごと壊してやろうかしら……」
「馬鹿! それネルだけ生き残るやつだぞ! ……って、完全体じゃない?」
「ん? そうよ。だって邪神出てきてないじゃない。言ったでしょ、覚醒したら邪神が出てくるのよ、直接ね」
……今、結構やばいことを言われた気がする。
俺が何度か零酷停王を使っても無地だったのはまだ不完全だったからってことか。
「このままでは消耗戦でこちらが不利です。ネル様の魔力は無尽蔵。アリシアさんや司さんは、あまり長時間の戦闘は得意としていないとお見受けします。このままだと!」
「はい、分かっています。けれど、決定打にかけるのも事実です。司、何かいい案は無いんですか?」
戦闘の合間、そう聞いて来るアリシアは困り顔だ。額に汗を流し、疲労を見せている。そりゃそうだ。幾ら天人と言ったって元は人間。体力には限界がある。俺の精霊人は核のほとんどが人間のそれではなく、魔力の塊になっている。それに伴って肉体強度もだいぶ高い。疲労を感じることはもうないが、アリシアにしてみればそうとも言えない。
天人だって肉体強度は高い。疲労度だって通常の人間と比べたらずっと少ないはず。超人だった頃の俺ですら、数十キロの道のりを余裕で歩いていた。だが、こうもレベルの高い戦いの中だと流石に話が違う。
純粋な疲労というよりは、密度の高すぎる戦闘が精神的疲労を呼びやすい。それと同時にハードな動きだ。当然、疲れないとは言い切れない。
「……ん、かな、やる」
「かな?」
「かなじゃないと勝てない、から、かな、頑張る」
「かな、ちょっと待て!」
「ん」
その発声は肯定ではなかった。
俺の言葉に反してかなは動き出し、駆け出す。
「《神速》」
誰にも追い付けないようなスピードで、その全身に魔力を纏って。
「《闘気Ⅹ》《魔拳Ⅹ》《水月華》」
「ッ!」
両手に黒を宿したネルがかなの両手と取っ組み合いを作り出し、力が拮抗してぶつかり合う。
「っ、ソル! かなを手伝ってやれ!」
「わ、分かってるわよ!」
かながあまりに速すぎて、ソルも俺も、リリやアリシアも反応が遅れた。俺よりも速いソルを先に向かわせて、俺もかなの後を追う。
「《マグヒート・ドラーー》」
ソルが浮かべた炎を投げ飛ばそうとした寸前、かなとネルを囲うように黒い渦が巻き起こり、ソルが攻撃を躊躇った。
数瞬後、渦の中からかなとネルが飛び出す。宙を駆け、ぶつかり合い、離れ、またぶつかり合う。あのソルですら目で追えていても追いつけない様子だ。かかの神速に対抗できるネルの速度は冥酊が関係しているようだ。
《空気との摩擦を軽減させつつ空気を圧縮して強く蹴ることによって加速を繰り返しているようです》
と、しんさんは仰せだ。
冥酊にはそんな力もあったのか。というよりは使い方の問題か。剣王は使いこなせないのに冥酊は使いこなせる。固有能力って言うのは名前に宿り自身の意志のままに操れる才能のようなものだ。ネルの固有能力が変わった理由は分からないが、それでも自分の才能として我が物のように扱っているようだ。
こればっかりは、流石としか言いようがないな。
ネルとかなは宙を駆け、縦横無尽にぶつかり合う。最初は一秒に一回だった衝突が、二回、三回と増えて行く。速度は更に上がっていき分割思考で追いつけるギリギリにまで遂に速度は到達した。
ただそれだって動きを終えるだけだ。一回ごとの攻防で何がぶつかり、どう弾けたのかまでは見通せない。分割思考で見破れない速度なんてないと思っていただけに、これはかなりの衝撃だった。
ソルも、手元で魔法を溜めながらもどかしそうにかなたちを見上げていた。リリとアリシアもまた、圧倒されるように見つめていた。
「速いっ!」
「超脳神域……発動していますよね」
リリの持つ超脳神域と言えば分割思考よりも高い脳処理能力を持つはずだ。ただ、数百年のブランクがあるからか見切れていない様子だ。それとも動体視力に関しては分割思考と同程度なのだろうか。
「ソル、あれ止められないか!?」
「爆炎打ち込んでもいいけどかなちゃんも巻き込みかねないッ! あんな高速戦闘、二人だけの世界が出来てる。こっちが邪魔したら冥酊持ってるネルの方が有利よッ! ああもうッ、こうならないために、強くなったはずなのにッ!」
「ったく、どうすればいい!」
俺のパーペ・チュアルで二人の動きを止めることも考えられるが……駄目だ。ソルの言う通り今のかなは無防備だと思ったほうがいい。これもネルの方が耐える可能性が高い。
考えてみれば、そうやって考えている数瞬の内にも、攻防は続いていたのだ。続いているから、続くものだと思っていた。でも、それは違う。終わらせるためにやっていることには、必ず終わりがやって来る。そんなこと、当然だったのに。
(ん、司、ごめん)
断片的に聞こえたその声に、俺の意識は殺された。
「かな?」
見上げた空の上から、人影が一つ降っていた。
分からなかった。意味が分からなかったわけじゃない。何が起こっているのか分からなかったわけじゃない。ただ、どうしてかなが、そう思ってしまった。
どうしてかなが、殺されなければいけないんだ。燃えるように熱くなった思考が冷え返ったのは、何度目の経験だったか。
「《零酷停王》」
俺の口は、冷淡にそう告げていた。
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