せめぎ合う力

 ネルの剣とかなの拳が混じり合い、幾度も衝撃が周囲に響く。


「っ!」

「ん!」


 二人の力は拮抗していた。

 無言のつばぜり合いが数秒続き、先に動いたのはかなだった。


「んっ!」


 かなは突き出していた右手を一気に引き、右足で蹴りを放つ。

 ネルは拮抗していた力を失った勢いのまま前傾姿勢で倒れ込みかなの蹴りをもろに食らう。腹部に蹴りを食らったネルは、態勢を整える間もなくそのまま地面に打ち付けられた。砂埃が大きく舞い上がってネルの姿が見えなくなる。

 ただ、俺たちは姿が見えなくたってネルの気配を探ることは出来る。そして、大したダメージを負っていないことも分かっていた。


 ネルは砂埃の中から飛び出して、かなから距離を置いた。


「かな! 大丈夫か?」

「ん、大丈夫。……ネル、調子悪そう」

「え?」

「あれくらい、防げると思う」

「なるほど。もしかしたらネルは邪神化して普段の判断力を失っているのかもしれない。それなら、そこに漬け込む隙はあるはずだ!」

「ん! 《神速》ッ!」


 距離をとったはずのネルとの間合いを、かなは文字通り光の速度で埋める。ネルは一瞬反応が遅れ、受け手に回ってかなの拳を防ぐ。


「ソル、アリシア、リリ! 今なら隙があるはずだ! 幾ら邪神化したって、あんな強い能力をかなと戦いながらちゃんと使えるわけない!」

「ええ! 《マグヒート・ドライブ》ッ!」

「《セイクリッド・カリバー》ッ!」

「《アトモスフィア・ブラスト》ッ!」


 三人が同時に攻撃を放つ。

 ソルの体から炎が巻き起こり、渦となってネルへと向かう。アリシアの聖剣が聖気を纏い、ネルを覆うほどの形を持って降りかかる。リリの魔法が待機を揺るがし、空間ごと削るような圧力がネルへと襲い掛かる。

 かなの攻撃を受け続ける、ネルへと。


「っ、ぅっ!?」


 ネルは小さな悲鳴を上げながら体を捻って後退する。ワンテンポ遅れて三人の攻撃がネルの居たはずの場所へと降り注ぐ。かなはエレメンタルフォース・アークプリズムで防いでいるが、ネルにはそんな強力な防御魔法はない。

 固有能力の制御が間に合わなかったのだろう。攻撃の余波に巻き込まれて大きくその身を吹き飛ばされる。しかし今度は空中で姿勢を立て直し、こちらを強く睨んだ。


「避けられてるわよ?」

「避けられないとは言ってないだろうが」

「ん、司、ソル、喧嘩、ダメ」

「そうですよ、今はそれどころではありません」

「せめて動きを封じられれば……無理やり近接戦に持ち込めば、かなさんが対応できるようですし」


 そう言ってリリが考え込んだのを見て、かなに一つ提案する。


「かな、白竜に使ったあれ、覚えてるか?」

「ん? ん、分かる」

「試してみよう。行動範囲を制限できるかもしれない」

「ん、分かった《エレメンタルフォース・インフィニティラビリンス》っ!」


 かなを中心にして半球型に広がっていく結界は、俺たちとネル、そしてそれ以外とを完全に別離させる。

 だいぶ前、白竜を相手にした時に使ったこの結界はアークプリズムとは違って攻撃を受けるためのものではなく相手を逃がさないためのもの。その分強度は落ちるためあまり期待は出来ないが……ネルが逃げ出そうとした時少しでも時間稼ぎが出来るのなら万々歳だ。

 今のところ、かなが押しているのだから。


 広がった結界に一瞬目をやり、ネルは忌々しそうにかなを睨む。すぐには壊せない、ってことか。


「かな、行くぞ! お前が頼りだ!」

「ん!」


 かなと一緒に飛び上がる。ずっと上空で佇むネルへとかなが拳を叩き込み、俺が二人の頭上を越えて跳躍する。空中で一回転し、真下を向いて左手を突き出す。


「《アイシクル・メテオ》ッ!」


 ネル目掛けて無数の氷の塊が降り注ぐ。この位置だとかなを巻き込みかねないが……そこは俺とかなの連携力だ。かなは自身に当たる瞬間に銀月を発動し、俺の魔法のベクトルを書き換えてネルへと向かわせる。

 ネルは冥酊による書き換えではなく受けることを選んだらしい。確かに俺の魔法の威力は決して高くない。必殺の威力以外は、その耐久力で受けきるつもりか。


「《属性剣術・氷》《クリアクラッシュ》ッ!」

「っ!」


 ネルが鋭い視線を向けた。さっきの攻撃には、微塵も興味を示さなかったネルが。


 剣王の技法の一つ、《クリアクラッシュ》。使ったことは無かったが、ネルが危険と判断するくらいにはやはり強いらしい。


「《賢斬の的》ッ!」


 駄目押しにネルの弱点を探り、一撃を叩き付ける。ネルは一瞬迷ったような表情を浮かべた後で片手をこちらに向け、その平に魔法陣を浮かべる。


「《デスウォール》」


 平坦な声が響くと同時、黒い渦が生まれて俺の剣を受け止める。しかし、それもつかの間。黒い渦は音と共に消えさり、弾ける。俺はその勢いを殺さぬままにネルへと攻撃を仕掛けたつもりだったが、一瞬遅れた。

 ネルはかなの力の入れ方を覚えて来たのかうまく勢いを殺し、距離をとっていた。俺の一撃はネルの剣の先を掠める程度で留まった。


 それでも、剣は砕け散った。


 ネルが驚愕に目を見開き、何が起こったのかと俺を凝視する。


「どうやら剣王も貰ったばかりで知らないみたいだな。クリアクラッシュ、こっちの生命力を代償に相手の生命力を削る剣術。ネルの剣はかなの攻撃でボロボロだったからな。さあ、続きと行こうぜ、ネル」


 俺は失った剣を再生し、ネルへ向かって言い放った。

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