勇者の自覚

 僕は、勇者だ。


「お願い、私を助けてよ……!」


 泣き叫び、助けを求める声が聞こえた時、僕の意識は薄れていく最中だというのに鮮明に救いを求めるその人を見つけていた。


 炎の勇者キルア。邪神教の呪いによって認識の方向性を歪められ、自身の意思で悪事を働くというある意味洗脳されるよりも酷い状態に貶められた彼女は今、その呪いによってその身を蝕まれていた。


 全身から溢れ出るどす黒い魔力はキルアの四肢を拘束し、地面に引き込むように下へと引っ張る。それに抗うことのできないキルアはやがて膝を折り、辛うじて膝立ちを維持しながらも、全身を引き裂かれるような苦痛に耐えかねていた。

 今にも体が弾け飛んでしまいそうな状況を前に、必死に抵抗しながらも涙を流し、苦痛に表情を歪ませていた。


 僕の目は既に視覚を失っていたけれど、それだけのことを、僕はキルアの悲痛な叫びから感じ取っていた。今の僕には、そんなことが出来ていた。


「せめて、彼女だけでも……ッ!」


 伸ばした手が届かなくても、それでも。それでも届けないといけない思いが、力が、僕にはある。そうするだけの力があるから、そうすることを望んだから。


 別に望んで手に入れたわけじゃあない、もっと欲しいものは沢山あった、何度だって苦しめられ悩まされた。それでも、僕にとっての唯一の力。


 誰かを救えるこの力で僕は、彼女を救いたい。


「《セイクリッドフォース・アンチカース》ーッ! 」

「くっ、っああああーあぁぁぁっー!?」


 さっきまで彼女の心の奥底に住み着いていた呪いは、彼女を内側から飲み込もうとしてか表面にまで顔を出し始めている。その片鱗でも見せてくれるのならその呪いの性質、特性、弱点が完璧にではなくとも大まかに理解できる。

 元凶を探すように外側から呪いを打ち消していく。しかし、僕の魔法は深くまで届かず、彼女を覆う表面の呪いを一部取り除くだけに留まった。


 また、僕の魔法を受けて呪いが苦しんでいるのか動きが激しくなり、それに伴ってキルアが悲鳴を上げた。


「《セイクリッドフォース・アンチカース》、《セイクリッドフォース・アンチカース》、《セイクリッドフォース・アンチカース》、《セイクリッドフォース・アンチカース》、《セイクリッドフォース・アンチカース》ーッ!」

「きゃあーあぁっーああぁあーっ!?」


 魔力が尽きるのなんて気にしない。今は全力で、キルアに憑いた呪いを掃うことだけを考えた。

 キルアの右手を縛る呪いを削り、足元を削ぎ、その全体を抉り取る。その浸食を上回る速度で、僕の魔法は呪いを取り除いていく。けれど、その勢いを完全に止めることは出来ていない。源を断つことは、出来ないでいる。


「ど、どうすれば……」


 今まで、僕に治せない傷も、消せない呪いも無かった。

 治癒の勇者の力は絶大で、病気でなければどんな症状も回復させることが出来た。だからこそ、こんなにも強大な呪いを相手にした時、どうすればいいのかを知らないままでいた。


 普段、クロもリウスさんも重傷なんて負わないし、呪いを受けることも無い。だからこそ仕事が少なくて、それでも少しの傷を癒す度ありがとうとクロに言ってもらえるのが嬉しかった。

 だから、僕は鍛錬を怠っていた。こんな時にこそ、僕の居る意味があるというのに。こういう時に何も出来ないのなら、僕がいる価値なんてないというのに。


 必死に頭を巡らせた。何か対処法はないか、僕の出来ることでキルアを救う方法はないのか。


「僕は、キルアを助けたい!」

「っ!?」


 もう意識を繋ぎとめる理性も体を動かす余力もほとんどないけれど。最後に、刹那の希望にかけて僕は紡いだ。突拍子もなく頭に浮かんだ、世界の常識を変えてしまいかねないようなその力の名前は――


《人を救う権利》


 神だけに許された絶対の権限の一端を、僕はこの一瞬だけ、借り受けることが出来たのだ。

 それが、僕の願いが届いたからなのか、ただの神の気まぐれなのか。分からない。けれど確かに、邪神の力を上回るほどの力を、権利を。僕はその瞬間手にしていた。それを振りかざすことが、その時の僕には出来たんだ。


「《万象流転の渦中》《踏み止まるは異端の所業》《それでも生を望むのなら》《我が御業にてその願い》《温情の下に叶えたり》、《心願せよ》《切望せよ》《崇拝せよ》《我が絶対の力にて》《彼の闇を掃さん》――」


 あまりにも長い一瞬だと思った。まるで、意識が引き延ばされているかのようだった。世界がゆっくりと動いているようだった。

 全身に溢れる神聖な力に溺れないように藻掻くうち、一瞬視界が輝いた。明るく照らされた景色の中で、その瞳の端に涙を浮かべたキルアが見えた。


 ぼーっとこちらを見つめていた。苦しみも、痛みも忘れて茫然と。そして間の抜けたような笑みを浮かべた。安心するような笑みを浮かべた。


 僕はその笑顔に、答えられたかな。


「《リ・フェイト》」


 運命は無限に巡り、そして僕の望む世界へとたどり着く。

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