勇者の印

「……敵わないと分かったら邪神の力を借りるとは、勇者の風上にも置けないな」

「……」


 返事は無かった。


「ふむ、思考誘導から強制催眠へと切り替わったか。面倒が減って助かる」


 

 ミシアと言う雷の勇者の相手をすることしばらく。

 本気を出したらいいミシアの攻撃の悉くをいなしてやると、気がふれたらしいミシアの体が黒い煙のようなものが流れ出した。

 

 邪神教の扱う呪いだろうな。ミシアはそれに苦しむような素振り一つ見せず、順応するようにその場に佇んでいた。邪神の力を己の物としたかと思ったが、意識まで呪いに奪われてしまったようだな。


「《弦式・付与》」

 

 立ち止まるミシアに向けて不可視の糸が迫り、その体に触れようとしたその瞬間、ミシアの体は僅かに動きそれを躱した。


 続けて向かった二本目、三本目がその手刀によって切り裂かれる。


「……」

「どうやら、面倒は増えたようだな」


 先程までは不可視の糸に成す術のなかったミシアだが、呪いの影響を見えてか糸を辿れるようになっている。僅かな魔力と気配しかないはずだが、それでも対応してくるか。


 しかしやりようは幾らでもある。ミシアの動きに気を付けながら、無数に糸を操って――


 そんな思考を働かせていたその瞬間、視界からミシアの姿が消え去った。慌てて自分の内側へと意識を向ける。ミシアの気配は、背後にあった。

 大きく振りかぶられたその右腕には漆黒の電が纏っていた。


「クソッ」


 咄嗟に前方に飛び、身を低くして転がり込む。ギリギリで躱した手刀は、しかし勢いを止めることなく空振りした手を引き戻して今度は突きの構えを取った。

 すぐに体勢を整えて横に飛び、攻撃を躱す。全力で動けるのは二度が限界だったのだろう。そこで、ミシアの動きは一旦止まった。


 これは、侮っていられないな。


 ミシアの雷のような速度で移動する技の制限が連続二回ならば、これから幾らでもやりようはある。だがあの移動はスキルに依存するものじゃないようだ。呪いそのものも意思のあるものじゃなく、性質も定まっていないからか解析が出来ない。

 あの技の性質が分からない内は、あまり無理は出来ないか。


「いや、そう悠長なことも言っていられないか」


 どういう状況かは分からないが、テトが負傷しているようだ。傷を治す気配もない。対面している炎の勇者が呪いに侵されている様子だから、それが関係しているのだろう。

 クロの方は、心配いらなそうだな。


「情報を網羅せずに戦うのは俺の主義ではないのだが、仕方がない。俺の実力を見せてやろう」

「実力? 笑わせてくれる」

「何?」


 ミシアが喋り出した? 呪いに意識を奪われたわけではなかったのか。


「貴様は探知の勇者、攻撃力を一切持たない出来損ないだ。人を守る力も、敵を倒す力も持ちはしない」


 ミシアの声でそういうそれは、恐らく呪いの主、もしくは呪いそのものの意思なのだろう。

 それは、確かに俺の本質を見抜いていた。


「確かにな。探知の湯者はその特性上戦闘向きのスキルを習得することが出来ない。適性がないからな。しかし、剣技を習得することは無論のこと魔物を殺すことだって容易に出来る。常にスキル頼りの貴様には、分からないことだろうがな」

「言ってくれるな。では、やらせてもらおうか」

「いつでもいいぞ。既に布陣は整った」


 戦いの勝敗は往々にして、始まる前から決まっているのだ。


「《黒雷躰》」


 ミシアは小さく呟いた。


 再び一瞬にして視界から消えたミシアは、瞬きする間もなく俺の背後へと回り、ワンテンポ、と言っても一瞬にも満たない僅かな時間の中で俺の右側面へと回った。恐らくはフェイントのつもりなのだろうが、すべての動きを網羅する俺に取ってそれはフェイントにはなり得ない。


「《属性拳術・黒雷》」


 黒い一閃が迸り、俺の胸元を貫かんと肉薄する。


「《弦式・付与:螺旋境界》」


 無数の糸が描く軌跡は螺旋。ミシアの足元からミシアを中心に登り詰めた螺旋はミシアと外界とを分裂する境界となる。ミシアがそれに擦れた途端、糸はミシアの触れた一点に収束しミシアの全身に絡みつく。

 そして、俺の肌に触れる寸前でその拳は全身に纏わりついた糸によって動きを止められた。


「《超能神域》、名前くらいは知っていてもおかしくないな。俺の脳は常に超加速を続けている。日に日に速度はまし、無論その分負荷こそ増えるが、俺はそれに対応し続けている。この思考速度を超える動きが出来ない限り、お前の動きは俺の手のひらの上だ」


 自信を中心とした高高度を含めた全領域のを把握し、記憶し、処理するだけの技量が俺の脳には備わっている。そして、人の思考すら《弦式・付与》に捉えたのなら読み解くことが出来る。そしてそれは、俺と一体になる。


 そこに存在はなく、しかし意識はあり、意志がある。それだけで十分だ。


「《弦式・付与:反流渦化》」


 神以外に抗うことなど敵わない情報量を押し流し、その意思を破壊してやろう。


 俺は、意識の奥に眠ったいらない記憶のそのすべてを、ミシアを取り巻く呪いへと流し込んだ。

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