治癒の勇者テトvs炎の勇者キルア

「もう無駄だって分かったはずですよ、止めにしましょう」

「五月蠅い五月蠅い五月蠅い! ああもうどうして効かないのよ! 死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね!」


 炎の勇者キルア、という人だったはずだ。

 彼女の放つ炎の弾は確かに協力で、一般人だったら一発で灰になってしまうような威力なのは見ただけでも分かる。実際好みに受けてみれば、更にその強さがありありと伝わって来た。

 けれど、それらはすべて魔法だ。


 僕にとって、魔法は攻撃手段になり得ない。


「僕の持つ《万能体質》は物理攻撃以外の一切のダメージを無効化する能力です。魔法が攻撃手段なあなたでは勝ち目なんてありませんよ?」

「理不尽じゃない! おかしいじゃない! そんな生まれ持った資質だけで私の努力の全部を踏みにじるなんて許せない! ふざけないで!」

「生まれ持った資質だけを言うのなら、僕はキルアさんが羨ましいです。僕は誰かを癒すことが出来ても、守る力はありません。その力を持っているあなたが、僕は羨ましくて仕方ないんです」

「気安く名前を呼ばないで! ああもう頭にきた! 絶対殺す! 何が何でもこの手で殺す!」


 怒りを露にしたキルアさんの両手に真っ赤な炎が宿りだす。それは徐々に大きくなり、そして武器となって輝きだす。

 やがて両手に握られたのは日本の炎の槍だった。


「何度やっても無駄ですよ。あなたの魔法は僕には通じません」

「五月蠅い! ……へへっ、あははっ! 今に後悔するわよ、この私を怒らせたことを!」

「それは、一体どういう意味ですか?」

「こういう意味よ!」


 キルアさんはその両手に握った炎の槍をこちらに向かって投げた。

 キルアさんの様子が一変したことに構えていた僕は嫌な予感を覚えて跳び退る。


 元々僕がいたところに突き刺さろうとした槍がその方向を変えて僕の方へと向かってきたとき、それに反応することは出来なかった。

 

「なっ、っっうぅっ!?」


 肩に感じたのは焼き切れるような熱と痛み。突き刺さり、僕の左肩に留まった炎の槍は更にその勢いを増して僕の腕を覆いつくす。

 早く何とかしなくてはと思うのもつかの間、二本目の槍が突き刺さる。


 それは、心臓を焼いていた。


 胸の中央に深くまで突き刺さった槍も轟音と共に燃え広がる。全身が抜け出せない熱に包まれ、痛みと苦しみが伝播する中聞こえてきたのは狂乱したような笑い声だった。


「あははははははははははははっ! 思い知ったかざまぁみろ! お前みたいな愚図が私に勝てるわけなかったのよ! あはははははっ!」

「くっ、はっ……」


 全身の神経が焼け切れでもしたのだろう。段々と痛みは無くなって来ていた。それでも胸や肩に空洞が開いていることは変わりないし、喉のむせ返るような熱は体内で血管から血が溢れているからだろう。

 まさに灼熱地獄へでも落とされたかのような苦痛を前に、僕は膝を付いていた。


「あれあれ、どうしたの? あなたの魔法は何だっけ? ああん? 何とか言ってみなさいよ!」

「……これは、魔法じゃあり、ませんよ」

「は? 何言ってるの? どう見たって私の魔法だったでしょうが!」

「いえ、違います……僕に魔法は効かない。けれど、この炎の槍は僕を貫いた。なら、やっぱりこれは魔法じゃありません」


 喋るのがやっとだった。ただ、喋っていないと考えていることも纏まらないくらいには意識が遠のいて来ていたし、ただ夢中で喋る以外に出来ることも思いつかなかった。


「それは魔法以外の邪悪な何かです。キルアさんだって自覚しているはずですよ。その力がキルアさん自身の物じゃないってことを」

「な、何を知ったような口を!」

「……邪悪、ですね。悪魔の魔力を感じます。創造魔法でしょうか、禁術ではありますが、邪神教なら使いかねませんよね」

「や、止めなさい! 私はそんなこと、私は、邪神教の力なんて使ってない!」


 視界がかすみ始め、朦朧とし始める意識の中で、轟轟と燃え広がった炎は叫んだ。


「っ、ああああアアァァァぁぁァァァっッッーっ!」

「キルアさん?」

「な、なにこれ、何よこれ! どうなってるの!?」

「キルアさ、っ、ぁっ」


 駄目だ、力が入らない。

 本来この程度の傷は一瞬で完治できるはず。けれどそれが出来ないのは、キルアさんの槍がいつまでも体に残り続けているからだ。燃え続け、そして燃え広がり続けている。その浸食が収まらないから、傷を塞ぐことも出来ていない。


 こんな経験は初めて、どうしていいのか、正直判断に困る。もしこのままいくのなら、僕は死ぬのだろうか。なんだかんだ言って一度も死に瀕したことなんてなかった。死ぬなんて想像もしていなかった。


 昔から不死身だなんだと恐れられていた僕も、死に際はこんなに呆気ないものなのか。


「嫌ッ! 待って、止めてよ! 私は何も悪いことしてないでしょ!? ねえ、待ってってばッ! ねぇって!」


 救いを求めるような声が聞こえた。


「お願い! 私、まだ全然何もできてない! もっと強くなるから! もっとたくさんの人を守るから! お願いッ!」


 それは今にも泣きそうで、消えゆくような声だった。


「お願いよ、私、死にたくない……」


 切望し、絶望するようなその声音。

 風前の灯のようなそれだけは、どれだけ周りが見えなくなっても逃さなかった。


「お願い、私を助けてよ……!」


 だから、僕にも自覚できた。


 僕はずっと、勇者だったのだと。

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