そして正義はぶつかり合う

「《セイクリッド・エクスプロード》」


 静かな呟きと共に放たれた一閃は、辺り一帯を薙ぎ払った。

 アリシアを覆っていた多くの悪魔や魔人たちは一瞬にして灰燼と化し、その存在を消滅させた。そしてまた、俺たちを覆っていた黒く広い結界はひび割れ、ボロボロになって崩れて行った。世界が割れる、なんて表現を心の中で呟いたのは何度目だろうか。


 アリシアは放った。人の敵となるすべてを切り裂く一閃を。

 それは切り裂かなかった。俺を含む人ではない存在を。


 晴天煌めく陽光の下、そこに残ったのは俺たちと、そして、勇者だけになった。


「どうやらお兄ちゃんたちが何とかしたみたいだね」

「やったのはオレアスのお姫様の様だ。流石聖人だ」

「す、すごいですね。僕には出来そうにもありません」

「適材適所だよ、テト。それに落ち込んでる暇はない。行くよ、あの二人の目を覚まさせてあげないと」


 結界が消えて景色が明るくなって、たくさんいた悪魔たちはどこかへと消えて行った。そして残ったのは炎の勇者、水の勇者、雷の勇者。恐らくは邪神教によって操られている勇者たち。


「ちょっとあなたたち、亜人や魔物の仲間になるなんて頭おかしいんじゃないの!?」

「説得は無駄だってさっきから言ってるだろキルア。ミシアも言ってやれよ」

「ヒノールさん、勇者に生まれたすべての民は天の導きに従ってすべての善を肯定する伝承者です。必ず分かり合えるはずですよ」

「おいおい、ミシアまでそんなこと言ってるのかよ」

「けれど、それは時に武力を介した説得を必要とします。よってこの場は、私たちの正義で以て彼女らを沈めてから始めることとしましょう」

「ええっ!? ミシアも、もうちょっとやりようが!」


 一応、さっきから説得と言うか対話を試みてはいる。どうやら勇者たちの考えでは私たちが人外に味方していることになっているようだ。見方によっては逸れも正しいと言えるため、確かに私たちが悪と言えなくもないのだろう。

 だけど、やはり彼女たちは矛盾を抱えている。だって先程まで彼女たちが従えていたのは人類の模範的な敵、悪魔だ。その矛盾に気付けないのは彼女たちが馬鹿だから、ではないはずだ。きっと邪神教は勇者たちを根っこから支配するのではなく、その思考を誘導し、認識を歪曲することで操っているのだ。


 リウスが言っていた。彼女たちに渦巻く呪いのような魔法はテトでも切り離せない彼女たちの意思を深く、そして長く絡みついた拘束のようなものなのだそうだ。既にそれらは混ざり合い、決して解けない領域にまで達しているらしい。

 テトに言わせてみれば治せない病気も、解けない呪いも無いらしい。決して諦めることはなく、見つけ出すと言った。だからそのための時間を作るために彼女たちを殺すことなく無力化して欲しい。そうも言っていた。


 なら私に出来るのはなんだ。剣の勇者としてこの地に立って、その役割を与えられた私に出来ること。それは――


 探知の勇者が導き出し、治癒の勇者が願った平和を。その剣となって戦うことが、私の使命だ。


「炎の勇者キルア、水の勇者ヒノール、雷の勇者ミシア。あなたたちの話はもちろん聞いたことがある」

「え?」

「ん? なんだ?」

「なんでしょうか」

「リセリアルで活動していた勇者でしょ。なら、私の話も聞いたことあるはずだよ。剣の勇者クロ、私の相手に相応しいか、ぶつかり合う剣に聞いてあげる」


 彼女たちとぶつかり合って決めるしかない。それが、私のやり方だ。


「ふ、ふぅん、知ってるよ、勇者クロ。勢いがある新人って聞いてる。でも、私たちに勝てるだなんて思わないでよね!」


 炎の勇者キルア。炎の様に揺れ動く真っ赤なツインテールを携えた彼女が特異とするのは遠距離からの爆撃魔法と聞いている。その両手に構えた二本のワンドの先端は赤く燃え上がり、今にも爆発しそうな程に膨張している。


「そこまで言うんなら、覚悟はできてるんだな。安心しろよ、殺しはしないさ。でもってすべてが終わった後で、しっかり教え込んでやる。お前たちの悪行を」


 水の勇者ヒノール。流動性を具現化したような波紋の様に揺れ動く青髪は、そして身に纏うロングコートは水面のように小さく静かに動き続けている。

 彼の司る水は源を意味する。リルさんの使う水とは違う。彼は有を変換して水を生み出し、水を変換して有を現出させる。その無尽蔵のように思える戦法の多さが彼の持ち味だ。


「すべての神に願いましょう。あなたたちがこの死闘の先で真っ当な使途へと生まれ変われることを」


 雷の勇者ミシア。丁寧な言葉遣いとは裏腹に軽装でその肌の大部分を新たにする彼女は徒手空拳の使い手だ。電撃のように素早く、連続する攻撃の数々が彼女の強さ。弾けた黄色い長髪の乱雑なようで規則だったその動きは目で追うことすら敵わない。


「ぜ、全力でサポートします。だから、クロ、頑張ってください!」

「一人くらいなら受け持ってやる。せいぜい頑張れ、剣の勇者」

「もちろんだよ! 私たちの力、見せつけてあげよう!」

「うん!」

「おう」


 そして始まる。正義を体現する勇者たちの、大義のぶつかり合いが。

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