主の為に

 二代目の攻撃はどんどん激化していった。

 正直そろそろ俺たちの手には負えない。限界が近いが、まあ泣き言ばかり言っていられない。とにかく必死に逃げるしかないのだ。


「クソッ、死ねっ!」

「容赦が無くなって来たな、っ!?」


 無崩の幕はもうあと何度使えるか分からない。魔力総量で二代目に負ける以上、二代目に魔法を撃たれ、俺がそれを防ぎ続ける限りいつしか俺が押し負ける。持久戦を真っ向から続けようとするのは愚策でしかない。リリアだってもちろん戦えるが、リリアの魔法では二代目には敵わない。こちらは短時間でも押し負ける。

 二人で力を合わせれば、と思わないこともないが理論的に不可能だ。ステータスを覆せるのは相手にない経験を持っている時、秘策がある時、もしくは状況が有利な時だ。今回はどう考えてもそれらに当てはまらない。

 後手後手で始まり、二代目は俺やリリアよりも長い時を生きている。状況はどちらに傾いているわけでもないが、どちらかと言えば二代目側だ。自力が出過ぎているのだ。


「お前たち、何時までそうやって逃げるつもりッ!? どれだけ逃げても助けは来ないわよ! この森の支配者は私、クイーンエルフのこの私よ! 私はこの森にいる限り、最強なんだから!」


 なんか、妙に子どもっぽい口調で二代目がそう叫んでくる。その両手に特大の魔力を籠めて構えているから可愛げなどどこにもないが、その物言いに少し違和感を覚える。いや、二代目のことを良く知っているわけでもないから何とも言えないが……らしくないような気がする。


「《エアリアルブラスト》ッ!」

「って、そんなこと考えてる場合じゃない!」


 飛裂の羽は重力や風力の影響をある程度無視して空を駆ける力だ。魔術空間の応用で足元に足場を作り、重力と風力をコントロールしてしばらく跳ぶ。それを繰り返すことで実質的な飛行を可能にしていて……いざとなれば壁を蹴って相手の攻撃を躱すことも難しくはない。

 ただ、二代目の魔法は超射程かつ広範囲、それでいて高速。相手が悪すぎてあまり利点を活かせずにいる。空中での近接戦でなら、結構活躍できるスキルなんだけどな。


 どうしたって躱せない攻撃だけを無崩の幕で防ごうとしたら、すべての攻撃に使わなければならなくなっているのが現状だ。悔しいが、どうあがいたって俺では二代目に及ばない。邪神を始めて相手にした時に大分強くなったと思っていたが、やはり上には上がいるものらしい。


「リリア、一旦先に行ってくれ! 俺が少しでも時間を稼ぐ!」

「そ、そんなの駄目! 司君だけ置いてなんていけない!」

「別に負けるつもりはないさ。誰かしら連れてきて欲しいって言ってるだけだよ」


 このままでは突破法が見つからない。それが見つかるとすれば、増援があった時だ。


「な、それが出来れば二人とも助かるって。って、今喋ってるだろ!」

「なんで私が、お前なんかの事情を聴いてやなきゃいけないの!?」


 リリアを説得しようとしている最中にも二代目は容赦ない。正直言って遠距離で攻撃され続ける方が辛いので近づかれた時に一気に間合いを詰めて対処したいところだが……。

 リリアは、迷ってるな。


 リリアの優柔不断は、善意から来るものだ。リリアの心の優しいのはリリアのいいところだ。それが原因で迷ってしまっているのを、当然俺は責めることなどできない。それが分かっているからこそ、俺もどうしていいのか決まらずにいた。

 優しすぎる主を持つと、奴隷としては困るもんなんだな。


 知りたくもないことを、この世界に来てまた知ってしまった。

 映画で忠誠心がどうとかそう言う描写を見たことがあったけど、やっと気持ちが分かってきた気がする。誰かに従うって辛いことかと思っていたが、主って存在はちゃんと感じてみると意外と大切に思えるものなのかもしれない。


「リリアッ!」

「つ、司君、大丈夫っ!?」

「よそ見とはいい度胸ね!」


 少し離れたところで止まっているリリアに叫ぶ。


 最初は喋ることも出来なかった。リリアからしてみればちょっとした気まぐれだったのかもしれない。だけど俺の命の恩人で、大切だと思える主様は。奴隷って身分の俺のことを見捨てることもなく、あんなにも心配そうな表情を浮かべている。

 ちょっとばかり前世だと常識を疑うような言動が見え隠れすることこそあるが、本当に優しい心の持ち主で。どうしたって憎むことのできない主を守ってみたいと思うのは、きっと自然なことなのだ。それ以上に――


「リリア、好きだッ!」

「司君っ!?」


 そんな風に思ってしまったのは、気の迷いではないはずだ。


 死ぬつもりなんて毛頭ないが、命がけで逃げる隙を作ってみようと思う。リリアにも決心がつくんじゃないかって思ったからだ。


「この、いい加減にッ! っ!?」


 そうやって魔法を放ってきた二代目に、出来る限り分厚く無崩の幕を張って突撃する。意表を突かれたからか動揺して見せた二代目の懐に潜り込んで剣を抜く。

 こんなことで何とかなるとは思っていないが、どちらにしたってアクションを起こさなければ何も始まらないのだ。

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