冬入りの森
どれくらいが経っただろうか。リリアの嗚咽も収まり、手の甲に落ちる涙もなくなった頃。突然リリアが視線を上げた。それは部屋にある窓の外。つられて視線を向け、魔力感知に反応がある事に気付く。
そこに在ったのは、渦を巻いた黒い穴。かつて見たことがあると思ったそれは、ダークネス・ホール。異空間へと繋がる門。かなと出会い、ダークネスファントムと言う魔物と戦った時に使われた魔術・闇の魔法。
けれどよくよく見てみればそれは違った。類似する点は幾つもあるが、その本質が違う。黒く渦巻いた穴の中心は深い紫色で、真っ黒だったダークネス・ホールとは違うとはっきり分かった。それに、あの奥に繋がっているであろう異空間から途轍もない魔力が溢れ出ていた。
「……魔術・冥府、アナザーカーテン」
「リリア? 知ってるのか?」
「ネル様が持つ魔術・冥府の一つ。冥界へと繋がる門よ」
「ってことは、あそこにネルがいるのか」
「というよりかは、来るんでしょうね」
なにが、と聞くことはなかった。
俺はリリアから離れ、リリアもその場に立ち上がる。魔力を纏い、臨戦態勢を取った。俺も助けを呼ぼうとして、やめた。氷の剣を一本作り出し、リリアの前に立つ。
「司君?」
「リリアは下がってて。誰が来ても、守って見せるから」
「でも……」
不安気に伸ばされた手が俺の肩に触れる。小さく震えていて、怯えていることはありありと伝わってくる。それでも振り返ってみれば心配そうに俺を見つめている。どこまでも優しくて、人の為にと思える人だ。
だからこそ、守りたいって思える。
「リリアはこの森の中でならどこへでも逃げられるだろ? 安心しろ、俺だって転移は使える。リリアが安全なところまで逃げるか、危なくなったら俺も逃げる」
「ううん、やっぱり駄目だよ。司君には仲間がいる。やることがある。でも、私は……」
痛む胸を押せえるように自分の手を引き寄せたリリアは、苦しそうに俯いて言う。
「だから! 司君は逃げて! 大丈夫、ソル様がいればネル様とだって戦える。司君がソル様に伝えてくれれば、なんとかなるから」
優しい笑みを浮かべて言った。俺の目を見てそう言った。そのことが嬉しくて、口元が思わず緩んだ。でも、じゃない。だから、俺はリリアを守ると決めた。
「じゃあ、二人で戦ってみようか。案外、何とかなるかもしれない」
「っ!? な、何とかなるわけないよ! 私はもちろん、司君だってネル様には敵わない。二代目にだって、抗えるかどうか」
「別に正面から戦う必要はない。一緒に戦いながら逃げて、ソルのところまで行ければ力を貸してもらえるかもしれない。な、そうすればどっちも生きられる」
「でもっ!」
そう声を張り上げたリリアに、俺は拳を握って見せてやる。
「大丈夫。根拠も理由もないけどさ、大丈夫だって信じてみないか? そうしてみなきゃ、何も始まらないだろ?」
「司君……」
躊躇うように伸ばしたては、一度引き戻された。だけどそれは拳を作り、リリアは強く頷いた。
「うん、そうだね。最初から弱気になってちゃだめだよね。私、頑張ってみる。だから、司君も一緒に頑張ろう。お願い」
「主様が、リリアがそう言うんなら、当然従うし、協力するのが。それが俺の使命で、俺の願いだから。もちろんだよ」
「ありがと」
砕けた笑みを浮かべたリリアは、緊張も不安もないかのように自然体で笑っていた。
「さ、どんとこいだよっ!」
「だな。どんとこい!」
改めて外に浮かんだ紫色の穴へと目を向けると、ちょうどそこから人影が浮かび上がって来ていた。剣を握る手に力が入る。何が来るかと意識を集中させる。
やがて眺めていた穴にくっきりとした輪郭が浮かび、その顔がこちらを捉えた。俺もそれを確認して、リリアと同時に息を飲む。
「クイーンエルフ……」
「二代目ね。まあ、ネル様よりましかな」
種族:亜人・クイーンエルフ
名前:リリア:
生命力:13982/13982 攻撃力:5192 防御力:9823 魔力:30918/30918
状態:正常
レベル:52
スキル:解析鑑定、森羅万象、完全支配、魔術・自然Ⅹ、魔術・治癒Ⅹ、魔術・空間Ⅹ、魔術・精神Ⅹ、魔術・冥府、精神強化Ⅹ、自然治癒Ⅹ、魔力即時回復Ⅹ、魔法無効、物理攻撃耐性Ⅹ、精神攻撃耐性Ⅹ、状態異常耐性Ⅹ、即死無効、魔術強化Ⅹ、魔法威力増加Ⅹ、魔法効果範囲増加Ⅹ、魔法消費魔力効率上昇Ⅹ、魔術高速詠唱Ⅹ
権利:基本的生物権、植物支配権、世界の書閲覧の権利、魔術使用の権利、自己回復の権利、自己防衛の権利、見通す権利
称号:森の管理者、風の操り人、大魔術師
化け物だった。ステータス、スキル、権利に称号。どれをとっても一級品。リリと比べてもずっと大きな力を持っているようだった。特に
なるほど確かに、代々クイーンエルフに継承されているリリアの名は、あいつが持っている物の方が本物らしい。
「あら、影武者を始末しに来たつもりが、おまけがついていたみたい」
壁越しだと言うのによく響く声が聞こえた。そして俺は確信する。なるほど、確かにリリアだ。
容姿も背丈も、声すらも瓜二つ。違うことと言えば纏う魔力と、二代目の方が大仰で煌びやかな衣服を身に纏っていること。それと、二代目が浮かべる笑みは薄く、人を小馬鹿にしたようなものであることくらい。
「ま、ちょうどいいわね。一緒にあの世に送ってあげる」
二代目は口元に浮かべた笑みを深めた。
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