第九章

決戦が始まる

 決戦が始まった。

 そう予感したのは見渡す限りの戦場があまりに強大で、狂気に満ちていたからだ。どれだけの仲間が滅んでも戦意を失わない邪神教の忠実なる僕たちは、圧倒的な個の力を誇る俺たちに死ぬ気で、と言うよりは死ぬ前提で挑んできていた。

 一体一体を、何なら百体を相手にするのも、正直に言えば余裕だろう。けれど、そうではない。幾ら百体相手にしても余裕とは言え、同時に千体以上もの敵が、それも限りの分からない、より絶望的な言葉を選ぶのならば無尽蔵に湧いてくるその光景は、決して今までの戦いと同じようには見えなかった。


「はぁ……はぁ……クソッ、あの悪魔、強い……ッ!」

「ん、厄介」


 決戦を始めるにあたって、俺たちは出来る限り複数人で行動を共にすることにした。個々人が世界最強格の実力者であるとはいえ、多勢に無勢と言う言葉がある。一騎当千は永遠ではないのだ。だからこその集団。

 互いが互いを補い合い、ダメージを負えばどちらかが前に出て片方が下がる。三人組であってもやることに変わりはない。そんな戦法を取ることで、この終わりのない戦いに対して俺たちも持久力を高めようとしたのだ。


 俺とかなのペア。リルとソルのペア。リリとルナのペア。そして毎度おなじみヘイルとスーラ、黒江とテト、リウスのトリオにそれぞれ分かれ。戦場を等分する感覚を維持して敵の殲滅を図っていた。しかし、戦闘が始まってしばらくはそうして保っていた均衡も、そろそろ崩れる兆しが見えていた。

 そしてそれは、俺たちの不利に働くような崩れ方をしていた。


「司っ!」

「だ、大丈夫だ!」


 最上位悪魔、と言う名前は俺がリリアに拾われてからしばらく経ち、初めて訪れた人間の国、オレアスの商業都市オリィで遭遇したデモンパレードで悪魔を率いた存在。かなの詠唱魔法を使って滅ぼした、簡単に言えばボスのような存在だ。

 そんなボス級の連中が、目の前に五万と並んでいるのを見ていたら、段々と頭が痛くなってきていた。そのせいもあってか、俺は悪魔が放った魔法を直撃してしまう。

 

 いや、完全に物量に押し切られたのだ。無崩の幕の耐久力は鉄壁だ。けれど、持久力については限りがある。それ即ち、俺の魔力が尽きるまでだ。それは永遠には程遠い。尚且つこれから邪神との戦闘が予想されているのだ、温存するほかない。

 そんなことばかり考えていたらこれだ。致命傷とまではいかないが、これを何発も食らったら今の俺でも死んでしまいかねない。


「司、下がって。かながやる」

「……そうさせてもらう」


 情けがないことを自覚しながらも、やはり俺は弱いのだ。互いを支え合うためにとった複数人行動も、相方の足を引っ張っているようではむしろ逆効果だ。俺は残った魔力で魔術・氷を操り、壁を作ったりしながら一旦戦場から遠のいた。

 悪魔が放った魔法、魔術・地獄Ⅴ『ヘル・クロー』は俺の右手に集中していた。生命力と言う概念によってHPを表しているこの世界だが、それは受けたダメージが生命力だけを消耗させる、と言う意味ではない。無論攻撃が一点に集中されれば、攻撃を受けた個所は消耗する。

 何が言いたいかと言えば、俺の右手はたちまち不調に陥っていた。


種族:人間・精霊人

名前:司:固有権能能力使い:スキルのレベルアップ、能力開花及び進化に必要な熟練度が大幅に下がる

レベル:74

生命力:16021/19032 攻撃力:10921 防御力:8019 魔力:7928/10892

状態:制約・奴隷

スキル:属性剣術Ⅹ、剣王、気配察知、魔力感知Ⅹ、森羅万象、解析鑑定、無崩の幕、万全の期、千羅の腕、飛裂の羽、賢斬の的、永貌の瞳、物理攻撃耐性Ⅵ、魔法耐性Ⅶ、精神攻撃耐性Ⅵ、魔術・氷Ⅹ、魔術・空間Ⅹ、冷酷帝王、分割思考

権利:生きようとする権利

称号:起死回生、殺戮者、冷徹者、超人



「……ここ最近、まったく強くなれていないな」


 自分のステータスを確認して、呟く。俺は確かに色々な経験を得て強くなっていた。邪神と一騎打ちをした際には覚醒染みたことをしていたし、大幅に強くなったのは間違いなかった。それでもやっぱり、俺は弱かった。


「まあ、一先ず右腕が無くても千羅の腕があるし、永貌の瞳があれば、戦って行けはする、かな」


 千羅の腕は不可視の腕を生み出す力。永貌の瞳は現状の客観視、そしてそれらから予測できる数秒分の未来を見る能力だ。どちらも戦闘向きの能力で、実際、獣王国の王城でかなと遊んだ時には役に立った。ただ、どちらも結局は俺の采配の下で活用している。分割思考があるとはいえ、冷徹者を、ましてや冷酷帝王を使えない今の俺には使いこなせていない、と言うのが現状だ。


 万全の期で肉体と精神を整え、千羅の腕や永貌の瞳を使って戦い、賢斬の的や飛裂の羽でそれを助長する。もちろん剣王や属性剣術、魔術・空間、魔術・氷も最大限に使っていたつもり。それでも、届いていない。


「まったく……本当に成長しないな、俺」


 ふと、これまでのことを思いだす。それは、俺が弱くて助けてくれる人がいて、俺のことを思ってくれる人がいて成り立ってきた道筋だった。俺が頼りないのなんて、今更過ぎた。


「いい加減、人を頼ることの大切さを理解しないといけないよな」


 昔、それは前世と言っても差し支えない、昔。かなが猫で、俺と黒江が普通の兄弟だった頃。俺は自分が何でもできる天才だと思っていた時期があった。だから自分ですべてを何とかしようとして、かなを、黒江を助けてやろうとして。実際それが出来ているつもりでいたのだけれど。

 いざ土台を失ってみれば呆気ない。あっという間に崩れていくものだったのだと自覚する。ただそれは、別に悪いことじゃないんだって、そうも思えて来た。


「一歩成長、しかけているところかな……って、この気配は……」


 もっと頼って行くべきなのかな、と考えていたその時。この場所にいるはずのない人物の気配を感じた。いや、それだけではない。数えきれないほどにたくさんの気配を、少し離れた場所に感じ取っていた。


「これはまさか……アリシア?」


 その人物の名前はアリシア・オレアス。オレアスのお姫様だった。


 

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