最後の戦場

 邪神が消滅した。けどそれは毎度の如く、戦いの終わりではないのだった。


 邪神を倒したかと思ったそのすぐ後、辺り一帯が半透明の黒い半球状のドームに覆われた。そしてその内側は覚えのある魔力で満たされた。

 そろそろ、本命であって欲しいな。


「まだ邪神は出てきていないようだけど……なんか厄介そうなやつらが出て来たな」

「そう軽々しい雰囲気でい続けるわけにもいかなそうね」


 前世で例えてみようと思う。

 虫がたくさん現れたとしよう。けれどそれが蚊のような小さな虫であるのなら殺虫剤や火を使えば一気に対峙することが出来るだろう。

 しかしそれがただの蚊ではなく拳大のカマキリやスズメバチで、且つそれが人間を積極的に襲う習性を持っていたらどうだろう。恐ろしいことこの上なく、退治するにも一苦労するのだろう。


 で、だ。こんな上手くもない例えをわざわざ使ったのは目の前の光景は少し信じ難かったからだ。

 邪神に届きそうな力を持った魔人が、言うなれば強化魔人が少なくとも千体確認できた。大きさも見た目も大差ないが、大きな魔力を纏った人型がわんさかと地面から滲み出てくるように這い上がって来た。

 

種族:創造性生命体・邪魂魔人

名前:なし

レベル:52

生命力:18023/18023 攻撃力:21928 防御力:19203 魔力:12938/12938

状態:正常

スキル:魔術・闇Ⅹ、魔爪Ⅹ、自然治癒Ⅹ、魔力自動回復Ⅹ、物理攻撃耐性Ⅹ、魔法耐性Ⅹ、状態異常耐性Ⅹ、精神攻撃耐性Ⅹ、即死無効

権利;*>@?▲◆#▽


 久しぶりに見た、権利が表記バグを起こしているのを。けれどそれよりなにより名前を持っていないと言うだけでそのステータスは邪神を比べて遜色ない。個体ごとに多少のばらつきこそあれ一線級の戦力だ。

 場合によっては一騎当千を成し得るような奴らが千体いるのだ。千の二乗で百万。俺たち十数人で割って約十万。良く分からない計算してるが、俺たちは一騎約十万を成し遂げなければならないのだ。決して楽はさせてくれないだろう。


「邪神擬きがこれだけの数いるのは、どうにも壮観かの」

「うむ、その上厄介なことに、教団の連中は悪魔を躾けているらしい」

「そうですね。デモンパレードにも似た現象を発現させようとしているようです」


 ルナとリル、リリがそれぞれ戦場を見渡してそう呟く。

 言われて見れば、と言うわけでもないが改めて意識する。確かに強化魔人の集団の背後には無数の魔法陣が展開されている。それがオレアスの王城で邪神教の奴が使った悪魔を召喚する魔法陣だってことはすぐに分かった。

 そしてそれは当時のそれよりも何倍も大きく、何十倍も多かった。


「お兄ちゃん、ここからは私たちも戦うよ」

「さ、さっきは見せ場を奪われてしまったからね。まだまだ出番がありそうで嬉しいわ」


 そんなことを考えているうちに、黒江やヘイルたちが合流した。どうやら今度は勇者組もやる気らしい。と言うか、勇者組こそ躍起になっているような気がする。当然と言えば当然、だよな。邪神教の連中は、とことん準備を進めていたらしい。


「あそこにいる人たちの相手は、私たちに任せてね、お兄ちゃん」

「世界最強の勇者である私たちが、あの子たちのお尻を拭いてあげるわ!」


 強化魔人が千体くらいいて、これから悪魔が数千体出てくるとして。それを纏めるように強化魔人たちの先頭に立っているたったの五人がそれら全部と同じくらい強そうに見えるのは、俺の見間違いじゃなさそうだ。

 そこには、勇者たちが居た。


「炎の勇者、水の勇者、雷の勇者、風の勇者、土の勇者。何だか定番の属性を司る勇者様たちがお集りの様だ」

「お兄ちゃん、皆行方不明になっていた勇者たちだよ。それに、悪の香りがする」

「操られてるんでしょうね。勇者の敵である邪神に支配されている勇者、滑稽な話ね。勇者代表として情けない限りよ。ねえ、スーラ」

「知らないけどな。まあ、あれと一緒にされるのは嫌だ」


 五人の勇者が邪神に支配されている、か。しかも邪神の力か分からないが、それこそ黒江やヘイルたちと並び立てるくらいには強い。もともと強かった可能性も考えられるが、世界一だ何だと言い始めたヘイルが勇者の中でも抜きんでているのは確かだと思う。

 それと同等の勇者が五人もいるだなんて、あんまり考えたくない。


「……必ず、僕が洗脳を解きますよ。利用されているだけの人を誰も死なせたりはしません」

「あいつらが魔人たちを従えてるのか? だとしたら統率力の無さはあいつらのせいだろうな。集団戦の勝敗を決めるのが情報だってことを、教えてやるよ」

「おおいいね、二人ともいつになくやる気だ! と言うことだからお兄ちゃん、半分くらいは私たち三人に任せてくれていいよ!」


 自信ありげに宣言した黒江がブイサインを向けてくる中、ヘイルは俺の視界に割り込んで少し不満っぽく言い放つ。


「じゃ、残りの半分は私たちね。まあ、あなたたち如きに半分も相手できるとは思えないから、そうね、一割くらい片付けてくれればいいわ。残りは私たちがやる」

「へぇ、そうですか。そちらこそ同職に足元をすくわれないようにお気を付けください」

 

 煽り口調のヘイルに、黒江も負けじと応戦する。そんな小さな争いを視界の端に収めながら――


「本気で行くぞ、皆」


 ――大きな戦いの幕開けを迎えようとしていた。

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