助太刀

 突然かつ予想外の来客に驚いてしまった俺は、思わず出迎えるためにアリシアの方へと向かっていた。程なくしてアリシアを目の前にした時に気付いたのだが、アリシアは護衛らしきものを連れていることもなく、一人で走っているようだった。

 遠くにいるのかな、とも思ったのだが、少なくとも認識できる範囲にはいなかった。


 アリシアもこちらに気付いたのか、速度を緩めながらこちらに小さく手を振って来た。


「司! お久しぶりです!」

「お、おう、久しぶり……はいいんだけど、どうしてアリシアがここに?」

「何を言っているのですか。もちろん、助太刀に来たんですよ」

 

 そう言うアリシアはオレアスの紋章が刺繍された鎧を身に纏っていた。鎧と言っても全身銀色のお堅いものではなく、お姫様が身に着けるにふさわしい可憐さと軽やかさを合わせ持ったドレスアーマーと言うやつだ。

 以前武闘会の会場で見たものとは違うらしく、初めて見た服装に素直な感想を述べそうになった。恐らく今はそれどころではないので自重したが。

 

 そして、手助けに来たというアリシアの腰には聖剣、聖剛の剣アロンダイトが鞘から柄だけを覗かせて輝いていた。

 艶やかな金髪をなびかせながら、その瞳を輝かせて言うアリシアは戦場には似つかない幼げな笑顔を浮かべていた。


「間に合ったようで何よりです。アリシア・オレアス、二万の兵を連れて助太刀に参りました!」


 二万の、兵……。


「ちなみに、その兵士たちを置いて一人で進軍して来たって言う自覚はあるか?」

「へ? ……も、もちろんです。足の速い私が先に援護に来ることで少しでも司たちの生存確率を上げようかと思いまして。それに、突然指揮系統の違った軍隊が来ては反って迷惑でしょう? ですので事前に伝えようかと思いまして」

「すらすらと出てくるのは凄いと思うがその前に間があったから」


 アリシア・オレアス。どうやら気持ちの先走るせいで味方と歩幅を合わせられなかったらしい。けれど、まあありがたいことに変わりはない。


「ありがとな、アリシア。でも、どうしてここで戦ってるって分かったんだ?」

「えっ!? ああいえ、とんでもありません。同盟国たる亜人国、援軍に向かわないほうが可笑しいと言うものです。数日前にはリリア様の名義で救援要請が届いていました」

「リリアの名義で? ああ、なるほどな。それなら納得だ」


 事前に危険を察知したリリアがオレアスに連絡を送り、それを受けてアリシアたちは援軍に来た。それなら俺の知らない間にアリシアが助けに来ていることにも説明が付く。


「じゃあ、リリアはどこだ? 一緒にいないのか?」

「はい? いえ、リリア様からは魔道切手によって手紙が送られてきただけで本人が来たわけではありませんよ? しかし、司の口ぶりから察するにリリア様は現在行方知らずなのですか?」

「まあ、そう言って差し付けない状況ではあるよ。ついでに、亜人国の国王もな」

「国王も、ですか? つまり、現在事実上亜人国には主不在なのですか?」

「そうなるな」


 アリシアに言われて気付いた。しかし、誰も気にしないということはそれほど重要ではないのだろうか。もしくは、気にしても仕方がないと割り切っているのだろうか。

 亜人国には国王がおらず、リリアもいない。リリアと同格の階級のものが他にもいるはずだが、俺はそいつらを知らないし、そもそも亜人国は今邪神教の攻撃で被害を負ってるはずだ。もしかすると、国家、と言う面では壊滅的なダメージを受けているのかもしれない。


「いや、だけど関係ないだろ?」

「まあそうですね。亜人国は武力だけで完結した国ですから。政治的な弱みがあったとしても力でねじ伏せてくると思います」

「ああうん、そうだろうな」


 なんとなく分かっていたことをアリシアから聞きながら、状況を整理すべく考え込んでみる。


「司? どうかしましたか?」

「ああいや、ちょっと考え事。よくよく考えてみれば、ネルたちを先に探したほうが良いんじゃないかと思ってな。ちょうどアリシアも来てくれたことだし、ここは任せて俺は亜人国に……って言うか、ちょっと待ってくれ。今こっちに二万人の兵が向かってきているんだよな?」

「え、ええ、そうですが」


 二万人の兵、と聞いて最初こそ心強いと思ったが、よくよく考えてみれば二万人の人間がいたとしてそれは戦力として数えられるのだろうか。いや、数えられない。その二万人が来たとして、無駄死にするのが落ちだろう。


(リル、聞こえるか?)

(なんだ、忙しいんだが)

(それよりも重要な案件だ。今こちらにオレアスの軍勢が向かってきてる。それを事前に止めてくれ。このままだと無駄に人を死なせることになる)

(……うむ、分かった。我が行こう)


 少し悩むような間を開けて、リルはすぐに向かってくれた。


「今、オレアスの軍を止めさせに行った。悪いが人間じゃこの戦場で無駄死にしかねない」

「そう、なのですか? 分かりました。けれどそちらには恐らくカレラがいますよ?」

「カレラも来てるのか? まあ、リルに止めさせに行ったから顔を見たら連れてくると思う。それ以外にはお留守番してもらうぞ。出番がないとも限らない」

「了解しました。ですが、私個人は参加させていただきますよ。見たところ、相手の軍勢は悪魔のようですね? 私の力の見せ所です」


 そう言って笑って見せたアリシアの笑顔はとても頼もしいものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る