月狼の笑顔

 さて、一応やることは決まったし、これからの方針を決めようと思う。


「獣王は取り合えず王都の混乱の後処理だもんな。それが終わって余裕があったら加勢に来てくれると助かるけど」

「うむ、良かろう。何やら我が祖先が発端の様だしな」


 おお、あっさり頷いた。前々から思っていたが、この世界の人たちは結構楽観的と言うか安直だよな。殺し合ったり敵だと疑ったりした仲でも、一度本気で戦えばすぐに仲良くなれる。でも、分かりやすくていい世界だと思う。

 現に、ここにいるやつの中にも戦って仲良くなった奴はいるわけだし。


「それで、何か作戦はあるのか? 主等の肩を持つことが出来ても、国境付近との戦闘となると亜人国への侵略行為とみなされる可能性もある。そうなってしまえば国際的な問題になりかねないため、そこをどう考慮するかも重要になって来るのだ」

「……お前、そんな真面目な話しできたんだな」

「もちろんだろう。だてに国主をしていない」


 真面目な話ができても皮肉と言うか、揶揄いの言葉には反応できないらしい。頭がいいのか悪いのかどっちなんだ。


「それはそうと、俺たちは今すぐ向かうことにするぞ。獣王、安心しろ。俺たちは亜人国の国王と仲が良いんだよ。それに、亜人の代表的な存在のエルフ、それも元偉いやつがいるからな」

「あまり当てにされても困りますが、多少はご期待に添えらえるように頑張りますね」

「うむ、そういうことならば問題あるまいな。我はこれより軍を整備し、戦の支度をすることにする。しかし相手が相手だ、万全の準備が必要になる。数週間単位での進軍を想定するため、あまり早急な救援は期待しないことだな」

「まあ、安心しろ。このメンバーなら負けても逃げ帰ることくらいできるさ」

「はっはっはっ! そうであろうな!」


 勇者に最強の獣人の一人、元フェンリルの影狼と最強のエルフ、そして我が愛すべき最強の獣人。俺だって決して弱くないし、行き当たりばったりでもゴリ押しが効くメンツなのだ。


「じゃあ、行ってくるよ」

「うむ、検討を期待する。再びその猫嬢と相まみえる時を楽しみにしているぞ!」

「ん、相手してあげる」

「はっはっはっ! 楽しみにしておるぞ!」


 そんな獣王の見送りを受けて、俺たちは獣王国の王都を後にしたのだった。


「しかしまあ、よくもソルはこのような面倒事へと妾らを導いてくれたかの。後で文句の一つでも言ってやるかの」

「そう言ってやるなよ。もしかしたらソルだって危険な状態かもしれないんだ。そんな中で少しでも情報をくれたことに感謝しようぜ」


 出来る限りの全力で、亜人国との国境を目指している。全力、と言っても基本徒歩だ。常人のそれとはだいぶ速度が桁違いとは言え、それなりの時間がかかる。その間俺の話し相手になってくれるのはルナらしい。


「それもそう、と言ってやりたいのは山々かの。けれど、やはり不満は零れる物かの」

「お前がそんなに不満を露にするなんて珍しいな。何か特別な理由でもあるのか?」


 ルナは喜びや感動もそうだが、悲しみや焦り、不満だって普段は口にさえしない。表情だってなかなか動かさないし、最近明るくなってきたと思う程度で普段はずっと無表情だ。そんなルナがソルに対してだけは気が強かったり、こうもはっきりと文句を言うのには何か理由があるのだろうか。


「しいて理由を挙げるのならば、妾とて彼の獣人に憧れた者の一人故、と行った所かの。今でこそその名の廃れた原初の七魔獣、陽炎のソルの名ではあるが、かつては世界中を轟かせた最強の一角。千年もの時を経た今でこそ数は減ったが、妾と同じように利用を押し付けるような迷惑な奴が幾人かいたかの」

「自分で迷惑な奴って言うのかよ」

「その時に抱いていた幻想からしてみれば、ソルはもっと完璧で油断も隙も無い存在だったかの。今は酷く下落して、どこぞの人間を強く気に入っているようかの」

「それはお前も一緒なんじゃないかと、一応言っておく」


 向けられた責めるような視線に、俺はジト目を返す。するとルナは視線を逸らして遠くを見る。ただ前を見るというよりは、地平線の先の、更にその向こうにいる何かを眺めているかのような視線に見えた。


「もしソルが窮地に陥っているのなら、妾にしてみれば絶望的な状況以外の何者でもないかの。なぜならば、憧れた存在ですら敵わない相手を前にすることになり、それに敵うなどとは思えないからかの」

「随分と弱気なんだな」

「気持ちの問題ではなく、実力の指し示すところかの。妾ならば間違いなく諦め、逃げられるようなら逃げるかの。無理ならきっと、その場で死を受け入れる」


 淡々とした奴だな、とは前から思っていた。時々冗談を言ったり、俺の心を呼んだりしてくる不思議な奴。でもそれ以上に冷めていて、情緒に欠けるやつだと思っていた。過去を話していた時に見せた暗い表情や、ほんの少し見せた笑顔が嘘であるかのように今でも無表情だ。

 それだけに、目の前で浮かべた笑顔が酷く美しく見えて。


 純黒の空に浮かぶ銀色の月が地上を照らすように、ルナの横顔は輝いて見えた。


「ただ、今ではそうとは思っていないかの。敵わない相手には敵わないかもしれない、けれど、まだ話足りない相手ができてしまったかの。だから妾は、最後まで諦めることはしないかの」


 ふと思いついたような言葉に聞こえた。雰囲気とか、会話の流れとか。その合間で、あ、言いたいな、なんて突発的な発言だった。でもそれは本音で、後で言ったことを後悔するような軽はずみな物には聞こえなかった。

 それだけ、思いが籠っていた。


「ソルと同じか、それ以上には、妾も司殿のことを好いているかの」


 俺まだ、ソルに好きって面と向かれて言われたことはないと思う。なんて、口は挟まない。似たようなことは何度も言われた気がするけど。それも、たぶん本人が気づいてないうちに。

 そんなことよりも、今だけはいつ死んでしまうか分からないほど儚げだった友が、俺のために生きてくれると言ってくれたことを喜ぼうと思う。

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