精霊人の予想
なるほどな、なんて呟いた俺は視線を集めていた。
俺自身まだ思考が纏まったわけではない。ただそれでも、なんとなくパズルのピースがすべてハマったような感覚がしていた。
「ソルの言った獣王国ってのは、異常が起こっている国を教えてくれたんだと思う。亜人国もその一つだけど、あそこにはソルがいて、何ならネルがいる。だからこの異常を確認するためにここに呼んだんだ」
「ふむ、その根拠は如何なるものかの?」
俺の呟きにも似た見解を拾ったのはルナだ。
「そうだな。さっき獣王が言っていた国境付近の軍隊。亜人国領に在るはずが、そこは国境の内側に見える。この手の類の異変には覚えがある」
「……邪神、かの」
「邪神ヨグ・ソトース。空間を司る邪神の力は、地理くらいなら簡単に歪ませられるんだろうな。新しい世界を作り出せる力を持つやつだ。最初に思い至ったのがそれで、根拠として挙げるならもう一つ」
「ほう、聞かせて欲しいかの」
獣王が感じた違和感が邪神によるものならば、恐らく獣王国の兵士たちには気付けなかっただろう。邪神のそれは洗脳の類だ。新しい世界の中に在っても気付けないことの方が多いのは洗脳が施されているから。今回の地理の歪みもそれが原因ならば、洗脳を防げない獣王国の兵士と違い、力のある獣王は認識できたのだろう。
それが確信ではなく違和感止まりだったのは実際に視認したわけではないから、と言ったところか。
そしてもう一つの根拠。それは邪神教の存在にある。
「獣王リグルス、一応確認しておきたい。この国は邪神教の影響を受けてないよな?」
「邪神教? ああ、一昔前までは国教となっていたがな。今ではその名は一つも残っていない。確か、人の子たちが継承したのであったか」
「その認識で間違いない。それと、これから話すことはきっとこの国とも関わることだ、聞いておいて欲しい」
邪神教の由来は獣人たちの見たソルの姿だ。そこから広まった宗教の姿は、時が流れ世代を跨ぐたびに少しずつ変わって行った。獣人たちは神を忘れ、代わりに獣人たちの信じた神を人々が信じるようになった。
そしてただただ世界の崩壊を招かんとする邪神を崇拝する宗教団体となり、邪神の復活を、そしてその先の世界の崩壊を求めるようになった。それが今の邪神教。ならばこそ、邪神が復活した今彼らが望むのは、世界の崩壊なのだ。
その実態を知る者は数少ないだろうし、俺だって知っているわけではなく予想でしかない。そこまで道理の通らない話じゃないと思っているからこそではあるが、確証はない。
ただ一つ言えるのは、彼らが握ったその力だけは本物だ。その力が本物ならば、その先にあるかもしれない結末が最悪にならないようにするのがきっと俺たちの出来ることだ。
「あいつらは、既に人間国中に手を伸ばしているらしい。オレアス、サキュラ、リセリアル。すべての国はその魔の手が振り下ろされ、影響を受けているのが現状だ」
「つまり、今影響を受けていない亜人国と獣人国が今度は狙われた、と言うことか」
「この根拠、と言うか推理は確実性がある物じゃない。ただ、あながち間違ってはないと思うんだ。現に、獣王の感じた違和感がそれを証明している。力なき者には分からなくて、力がある物には分かる違い。それは、上位の存在の力が由来してるってのは、感覚で分かるだろ」
「うむ、なるほどかの。筋は通っている、と言えるかの」
そんなルナのお墨付きは、この場にいるみんなに納得を与えたらしい。ほとんどの者がそれっぽく頷く。
「つまり、サキュラで散々暴れていたあのオカルト集団がついに亜人や獣人に手を出そうとしているってことね! 敵の敵は味方、私も邪人教退治に協力するよ! ね、スーラ!」
「……はぁ、良いだろう。俺たち勇者の信念に反することではない」
「邪人教ってのが敵なら、私たちはその相手をするよ。ね、二人とも」
「僕に出来ることならいくらでも。致命傷だって治して見せます」
「宗教団体が相手なら戦いは決闘ではなく戦略的な戦いになるだろう。ならば、俺の出番もあるだろうな」
勇者連中は獣人や亜人に手を貸すことに頷き、
「ん、かなも手伝う。あいつら嫌い」
「無論、我は司殿の従者故」
「私も無名ながらお力添えさせていただきます。かつて見上げた邪神が敵になろうとも、正面より挑む所存でございます」
獣人と魔獣、亜人も手を貸すと手を挙げる。
「妾が望む道を先導する勇士の背を、追うことを願うかの。叶うのなら、その隣を歩むこともまた」
「そう来なくっちゃな、ルナ」
かつて己を拒んだ神を相手取らんとする一つの月は、星の回るように美しく佇みお辞儀する。その身に纏う従者の証しの示すように、付き従う衛星のように。回りまわる月の描くは美麗なる笑み。
カーテシーをして見せたメイド姿の彼女の浮かべた微笑は、彼女の回る星を明るく照らした。
「邪神教の相手なら、もう慣れたもんだ。世界を滅ぼそうとする神を倒すのは、俺たちだ」
俺の確かな宣誓に、皆は揃って声を上げた。
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