戦いの後で

「はい、おしまい」


 単調な言葉で締めくくられた壮大な決闘に、歓声が溢れることはなかった。


 冷たく見下ろされた瞳は、感情を失ったような虚ろな瞳。でもそれは、向けられる者によって見え方が変わる。かなの目に宿る力強さは、活き活きとした生命の色。ほんの少し感情薄なのは、まだ表情の作り方を知らないから。

 些細な変化さえ見逃さなければ、そこに在るのは無ではない。僅かに変化しては戻り、変化しては戻る七変化の面の持ち主だ。


 今は、ほんのちょっと不機嫌そうだな。


「……司、お待たせ」

「いや、いいもの見せてもらったよ。な、リリ」

「そうですね。とても良いものを見せていただきました。模造品とは言え、神器を携えた獣王をこうも容易く相手取るとは」

「だよね! やっぱかなちゃん凄い!」

「ん、ありがと」


 口々に述べられた賞賛に、かなは少し元気になった。


「確かに凄かったけど、私は許さないわよ?」

「……ああ、俺もだ」

「そ。かなも」


 不機嫌顔でかなに突っかかるヘイルとスーラに、かなは珍しく嬉し気に言い返す。

 本当に珍しいな、かなが俺や黒江以外のやつの前で笑うの。と言うよりは、自分の意志を伝えることの方が珍しいか。


「良かったなお前ら、かなに嫌われたぞ」

「それのどこかいいのよ」

「無関心よりマシだぞ」

「無関心より関心があるのはいいかもしれないけど、評価としては無関心の方がましだと思うの」

「そうか、良かったな」

「だから何がよ」


 突っ込みを受けながら、テトはどこかと探してみる。


「あと、テトもありがとな。ヘイルたちを助けてくれてたんだろ?」

「いえいえ、当然のことをしたまでです。僕にはこれくらいしか出来ませんから。出番を頂けて嬉しいくらいですよ」

「それでも、ありがとよ」

「あと、リウスもな。黒江を守ってくれてありがとうな」

「構わん」


 黒江をサポートしてくれた二人にも、感謝しておく。


「で、どうするリリ。見たいものは終わっただろ?」

「ええ……一国の崩壊を、ちゃんと見届けられました」

「……え?」


 リリは今、なんて言った? 一国の崩壊、だって?


「今代の獣王は継承を考えておらず、まだ子孫が一人もいない状態です。彼が死んだ以上、血筋が潰えてしまいます。獣王国は血筋の潰える度に、形的には一次国を解体し、残った種族同士で闘争して新たな王を立てるのです。ですので、あの獣王が死んだ以上国家崩壊ですね」

「いや、死んでねぇぞ」

「あら」


 獣王が生きてた。


「おお、結構元気だな」

「一瞬気絶しただけだ、勝手に殺すな。しかしまあ、このガキは強いな」


 凄い気さくな感じで話しかけてきた獣王は、数歩近寄りながら右手をかなの頭へと伸ばす。が、かなはひょいと交わして俺の隣にやってくる。


「っと、相変わらずの身のこなしだな。改めて、獣王国国王、獣王リグルスだ。よろしくな」

「これは改まっていると言えるのだろうか」

「一度淘汰され、負けを認めたのだ。改まっているだろう?」

「たぶんそれ意味が違うぞ」

「はっはっはっ! 面白い。気に入ったぞ!」


 リグルスに気に入られてしまったらしい。

 高身長で体格がよく、乱れた猫毛が彼に着くと荒々しくて逞しく見える。そんな、まさしく筋骨隆々を体現したような男が獣王リグルスだった。

 

「おい、坊主」

「どうした、獣王」

「そのガキは俺に聞きたいことがあるらしい。負けた代価だ、答えてやる」

「そうなのか?」

「ん」


 かなが他人に聞きたいことがあるとは珍しい。何があるのだろうか。


「ん、司が言ってたやつ」

「え? 俺が言ってたやつ? ……ああ、ソルの」

「ん、それ」


 なるほど。どうやらかなに聞きたいことがあったわけではなく、俺の代わりに聞く機会を作ってくれていたらしい。そのために一国の王をぶっ飛ばすのはどうかと思うが、端から交渉する気が無かった俺の言えたことではないので褒めておこう。


「ありがとな、かな」

「ん」


 頭を撫でてやると、かなは気持ちよさそうに目を細めた。


「で、だ。聞いての通りかなの聞きたいことは俺の聞きたいことだ。別にいいだろ?」

「構わぬ。さあ、なんでも聞くがよい」

「じゃあ、まずはそうだな」


 ソルが俺たちをここに呼んだ理由として挙げられるのは、ネルの暴走の原因がここに在る、とかを考えていた。ただ、どうやらそんな感じではなさそうだ。獣王が俺たちを見て、亜人の手先だとかその手のことを言ってないのが根拠だな。

 なら他に何があるのだろうか。最初は女王リリのこととも思っていたが、これだけではないと思う。リリは千年もの間眠りに就いていて、ネルとの関わりこそありそうだが今回の決定だとは違うよな。


「今、亜人国で起こっていることを知っているか?」

「亜人国? ああ、原初の魔獣が治める国のことか。いや、思い当たることはないな……ああ、いや、ちょっと待て。一つ報告を受けていたことがあるな」

「どんなことだ?」

「ああ。確か、我が国との国境付近の基地に人員が集められている、と言う報告だ。しかし宣戦布告を受けたわけでもなく、放置と言う結論になっていた。ただ、その報告がどうにも妙でな。あれは国境付近と言うより、国境上だった、と言うものがおった。やつは地理と言う学問に秀でていてな。やつの言を疑うわけではないが、やつ以外のすべての者が我が国土内ではなかった、と言い張るのだ」

「……なるほどな」


 ちょっとだけ、散らばってた情報が繋がった。

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