クイーンエルフ

 獣王国の地下牢にクイーンエルフが匿われるような理由なんてまったく思いつかない。

 初代クイーンエルフについて知っていることと言ったら、ソルやルナが話してくれた千年前のことくらいだ。いや、千年前から匿われているという話だったし、その頃からずっと、ここにいるということだろうか。

 もしそうだとしたら、エルダードラゴンか、ユグドラシルか。それとも、ソル、邪神に関係することか。まあそれも、聞いてみれば分かる話なのだろう。


「それでは、私がここに来た理由を、ここに匿われた理由をお教えしましょう」


 そう語りだしたクイーンエルフの言葉の羅列は、千年ぶりに人と喋ったとは思えないほどに滑らかで。思わず聞き入ってしまうほどだ。


「まずは、私の冠するクイーンエルフの名の重さについてから、お話ししましょう。クイーンエルフ、この名はその名の通りエルフの女王としての名です。リリアと言う名を冠するすべての者に与えられる称号で、種族を変えてしまうほど」


 種族を、変える?


「私、初代と言われていますが、実際はそうではありません。クイーンエルフの寿命はせいぜい三千年。幾度となく世代交代を繰り返してきた役職なんです。それでも私が初代と呼ばれたのには、理由があります。初めて、クイーンエルフとして生まれたエルフだったから、です」


 つまり、どういうことだ?


「エルフ。それは人類の一種で、長命で魔力の流れを生まれながらに理解する魔術師の一族。生まれながらにして強力な種族である故に、どれだけの進化を重ねても自力でクイーンエルフに達することはあり得ない。良くてハイエルフ、ですね」


 良くてハイエルフ。その言葉から考えれば、ハイエルフになれるだけで相当凄いということなのだろう。


「しかし、唯一クイーンエルフに進化する術がある。それは、リリアの名を継ぐこと。そうしてクイーンエルフに進化した個体が、私たちエルフ一族が生まれたその時から、存続のために尽力してきたのです。けれど、私だけは違った。私だけは、クイーンエルフとして生まれた。リリアの名を、受け継ぐ前に」


 受け継ぐ前に、クイーンエルフになっていた。そんなことは、無かったという。そんなことが、あってしまったという。


「だから私は、初代クイーンエルフと呼ばれていたのです。リリアの名を失ってもなおクイーンエルフでいられているのがその証拠です。先代方は私の様にはいきません。その名を失った時点で、既に超過していたエルフとしての寿命が終わり、永遠の眠りに就くのです」


 名前によって与えられていた時間が、名前を失うことで去って行った。既に限界を超えていた肉体は不可逆の運命に従って地に還り、巡るのが生の定め。


「それを唯一免れた私は、特別な存在。自覚なんてありませんでしたし、今でもなお、本当に私は特別だったのかと己に問いかけます。この千年、問い続けてきました。けれどやっと今、その答えに辿り着いた」

「答え?」

「ええ、答え。私の探し求めていたものが、やっと見つかったのです」


 真摯に見つめる瞳は、すっと俺の胸を貫き通す。見透かすように、逸らさない。


「話しましょう、事の顛末を」


 クイーンエルフ。それは亜人の中でも最も秀でた種族であるエルフを代表する、象徴的存在だ。たった一人でエルフを何百人相手にしも圧勝してしまうほどに強大な力と、他の誰にも許されないような様々な権利をその身に宿す存在。

 世界樹を守護し、管理する種族と言うだけで特別。そんな種族の象徴、クイーンエルフとして生まれた時から圧倒的な力に包まれ、生みの親にすら崇められる存在として育てられた彼女は孤独とは言わない。それでも密かに、寂しさを抱いていた。


 そんな彼女も生まれて千年、特別な存在としての性なのか、天災に見舞われる。それが、エルダードラゴンの到来だ。

 そこからの一部始終は、俺が聞いたことある通りのことだった。ソルとルナ、ネルに彼女が力を合わせて立ち向かい、ソルが邪神として覚醒したことでエルダードラゴンを鎮め、現れた邪神をソルが払うことで事なきを得た。


 その後だ、最も重要なのは。その後に起こったこと。それが一人のクイーンエルフの運命を変えた。


「邪神に魅入られたネル様が、邪神復活を目論んだんです」

「ネルが、邪神復活?」

「ええ。と言うか、ネル様を呼び捨てできるような間柄なのですね。驚きです」

「間柄って言うか、勝手にそう呼んでも許されてるって言うか。まあ、知らない仲じゃないのは確かだな」


 でも、ネルが邪神復活を目論んだ、ってどういうことだ? 最初に邪神復活を計画したのが獣王国で、その後人間の邪神教がその理念を受け継いだ、みたいな結論が俺の中にあったのだが。


「邪神。それは神に素質を認められた存在のみが至れる境地、と私は考えます。そして、この世でそれが許されるには様々な条件を満たす必要があります。私が導いた結論の一つは、精神強化の上位スキル、冷徹者を覚醒させること。そしてもう一つは、それと同等の力を持つスキルを覚醒させること。種族的に、私基準で言うのならクイーンエルフと同格以上であることが最低条件となっているようです」


 冷徹者が鍵、ってことはなんとなく分かってたけど。

 なるほどな、これでより邪神への理解が深まった。

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