躍動

 スーラの相手をデストロイヤーに任せたかなちゃんは、ずっと倒れたままだった獣王の方へと歩いて行った。気になって追おうとすると、こちらを振り返って首を横に振った。伸ばしかけた手が力なく降り、私が受け入れていることに気付く。

 かなちゃんは満足そう頷き、相本に転がる獣王を軽く足で突く。


「起きて。死んでないでしょ」


 一度、二度と軽く突いた後。今度はガンッ、と強烈なのを一撃。それでもピクリともしなかったのを見てか、連続してその背中を踏みつけ始めた。


「がはっ、まっ、ごっ、死ぬっ、やめっ」

「かなちゃん、起きたから! 起きたから!」

「ん? ……もうちょっと」

「とめっ、おまっ、ちょっ」


 結構激しく蹴られながらもいちいち反応しているのを見ると余裕がありそうなので放っておいていると、獣王が勢いよく立ち上がった。


「いい加減にしろ!」

「ん?」


 足を払われたかなちゃんが小首を傾げると、獣王はすぐさま構えを取り、早い蹴りを放った。立ち上がってから蹴りを放つまで数秒もかかっていない。獣王なだけはある。どうやら獅子、猫科の獣人であるようだが同じ獣人であるかなちゃんに対してあの一撃だ。同族であろうと容赦はしないのだろう。

 まあ、当たらないが。


「なっ?」

「遅い」

「馬鹿なっ!?」


 鋭い蹴りの軌道の途中で、かなちゃんはその足首を横から掴む。進行方向に手を置いて防いだのではなく、外から掴んで止めている。敢えてか気分かは分からないけど獣王は驚愕に目を見開いている。


「お前、何者だ?」

「忘れた? 自分で呼んでのに」

「……まさか、突然の来訪者が貴様、だと言うのか? ならばなぜだ。我は確かに支配の術を施したはず。貴様はなぜ、我の命に逆らい、我を攻撃している?」

「馬鹿。そんな支配、聞くわけない」

「獣人は、抵抗できないはずなんだがな」


 言いながら足を引き、後ろに飛んで距離を取る。一度は焦っていたようだがそこは獣王。すぐに落ち着きを取り戻し、真剣な眼差しでかなちゃんを見つめる。


「ふむ。敵対者、という認識で間違いないのだな?」

「かなを操ろうとするのなら、敵」

「話し合いの余地はある、と?」

「ん。許すなら」


 かなちゃんは小さく辺りを見渡す。

 私もなぞって見渡せば、まあ酷い惨状だ。場内の壁には大きな穴が開き、そこら中焼けて煤だらけ。獣王自身の服もボロボロだし、かなちゃんが放った光や私の纏う聖気が辺りに充満している。とても人の住める環境じゃない。人でなくとも、獣人だって厳しいはずだ。

 そんな環境でも平然としていられる程度には、獣王は力を持っているらしいが。


「……無理、だな。ここの惨状だけじゃない。街の住民たちにも危害が及んだ。許せるはずもなし。ならば、拳を交えると?」

「聞きたいことがある。答えてくれるなら必要はない」

「快くないな。だから力づく、ということか」

「ん、話が早い」


 いや、早くないだろう。早いかもしれないがそうじゃないだろう。

 獣人は喧嘩っ早いものなのだろうか。普通に何を聞きたいのかくらいは聞いて、答えてもいいことなら答えれば解決するだろうし。そうじゃなくても自分が戦わなくたって日時を改めるとか代役を立てるとか、取引をするとか考えないのだろうか。

 考えないんだろうな、きっと。


 でも、私も見て見たさが勝ってしまった。かなちゃんと獣王、本気で戦ったらどちらが勝つのか。ううん、それ以上に。

 かなちゃんの全力を、私は見て見たかった。見たくなったのが、いけなかったのだろうか。


「デストロイヤー、もういいよ。こっち来て」


 かなちゃんの声で、スーラの足止めを。いや、スーラを叩きのめしていた精霊がその身に宿る。


「おい……待て……」


 地面に伏し、全身の至るとこに傷を負い、血を流し。それでも死なぬは精霊の手心故か。這いつくばったスーラが片手を伸ばすが、儚く虚空を掴む。その手は静かに地に落ち、力なく崩れ落ちた。


「……テト、出番だよ」

「はい、分かってますよ」


 視線を向ければ、テトはすぐに動き出しスーラに歩み寄った。手慣れた動きでスーラを担ぎ、辛うじて安全と言える後方に運び、ヘイルの隣に寝かせる。ヘリウがスーラに手を伸ばそうとし、全身に出来た傷を見て手を引いた。

 その身を案じて、テトの治癒を任せる構えを見せた。ヘイルもまた、冷静さを失っては無かった。


 私はテトに任せて、視線を戻した。


「そなたの守護精霊か。ふっ、面白い。強いな」

「これだけじゃない。でも、見せない」

「はっはっは! よかろう。我が力で、そなたの全力を引き出して見せようではないか」

「ん、望むところ」


 やる気になってる。なりすぎている。互いの背後に炎が揺らぐ。

 かなちゃんは赤茶色。揺らぐ炎は魅惑的。

 獣王は鮮やかな水色。力強く、猛々しい。


「獣王。司のために、相手する」

「我に問うことがあるのなら、力を示せ。我が強靭を、下して見せよ」

「ん、望むところ」


 色々と、唐突に唐突が重なった今日一日。そう、一日なのだ。これだけ濃厚な時間を過ごしてなお、経ったのは十時間に満たない僅かな時間。その中で行きついた先がこれなのは、ちょっと予想外だった。


 最初は皆で獣王に立ち向かうかのかと思ってた。次は私とお兄ちゃんでかなちゃんを止めるのかと。次は、次は。入れ違い食い違いで次々と布陣が変わってぶつかり合って。


 きっとこれが最後なんだなと思える戦いが今、始まろうとしていた。私の直感が、終わりを察していた。獣王とかなちゃんの戦いが、今、始まろうとしていた。

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