かなちゃんの実力

 目は慣れた。ウォーミングアップは終わった。決心はついた。

 なら私は、もう負けない。


「悪いけど、こっちは三人だからね。負けるわけにはいかないよ」


 剣と拳が交差する。

 競り合う拳に刃は通らない。宿った精霊の加護か何かか。分厚い鎧でも着ているかと思うくらいの硬さだ。素早く剣を切り返し、二度、三度と切り付ける。そのすべてにかなちゃんは反応し、合わせるように拳を突き出す。

 その度になる甲高い音が、より私の感覚を研ぎ澄まさせる。


「《ソニックソード》」

「《魔拳》」

 

 聖なる刃に音速を乗せる。かなちゃんの拳は黒く輝き、さらに早く私の剣を受け止める。

 連続する打ち合いが、鳴りやまない喧騒が私たちの身を包む。大丈夫。かなちゃんの動きは、追えている。反応出来ている。対峙できている。対等に、戦えている。


「《ムーンフォース・オービット》」


 月光が差す。

 辺りが黒に染まり始める。

 私の体を月光が照らす。


「ルナさん?」

「……眼前の敵に集中するかの。直に、体が慣れるかの」

「何を?」


 ルナさんの言葉を受けて視線を戻せば、そこには迫りくる拳があった。

 間に合わないと思いつつも自衛のために体が動く。剣を眼前まで持ち上げ、その平を拳に当てる。

 そう。持ち上げ、当てたのだ。


「対応、しきれた?」

「いい反応」


 かなちゃんからもお褒めの言葉を頂いた。

 これが、ルナさんの魔法だろうか。直に体が慣れるというけど、バフだろうか。

 能力上昇系の魔法は中々珍しい。習ったことは愚か、使う人を見たこともない。流石、太古から生きていた魔獣の一人だ。


 まだ動ける。


「仕切り直しかな」

「ん」


 再び交差する拳と剣。幾度となく弾かれ、弾き。打ち合う回数の増えるたびに研ぎ澄まされ、素早くなっていく連撃と連撃。

 たった半歩で変わり続ける間合いと踏み込み。目で見て反応し、予測し、予想を上回ろうと先回りし。それでも互いに一度も攻撃が通ることはなく剣舞とも思えるようなその舞台を前に、割り込む隙は一つもない。

 

 ない、はずだ。はず、だった。


「どけ、小娘」

「えっ!?」


 かなちゃんとの戦闘に集中しすぎたからか、外部からの干渉に気付かなかった。

 スーラが、私たちの間に割り込んできた。


「お前、よくもやったな」

「……は? 邪魔」


 珍しく憤るかなちゃんの怒号が、酷く鼓膜に焼け付いた。

 その一瞬の言葉が、私を戦いから引き離す。


 ううん、違う。かなちゃんと一緒だ。

 ただ怒りに支配された男が割り込んできたなんて。

 興が削がれた、ってやつだね。


 余裕が出来たので辺りを見渡すと、ヘイルは目を覚ましてテトに看病されていた。

 傷は塞がっているようだが体に残った痛みはそう簡単には消えない。そして痛みは同時に消耗ももたらす。立ち上がる力も残っていないらしく、テトに支えられながら座っているのがやっとらしい。

 でもまあ、一先ず安心だ。あの様子ならすぐに立ち直るだろう。


 安心できるのは、そちらだけだが。


 かなちゃんの相手をしているほうの双子の片割れは、まったく安心できない。


 動きはいい。どういう理屈かルナさんの強化を受けていた私よりも早い剣術でかなちゃんに挑んでいる。狂気の沙汰に見えて冷静さは保っている。そのひと振りには殺意と堅実さが籠っている。確かに剣士としての実力は認めざるを得ない。

 最強と言われる勇者の片割れなだけ、ヘイルと肩を並べて戦う戦士と言うだけのことはある。


 でも、そうじゃないんだ。


 ただ強いんじゃあ、かなちゃんには勝てない。

 かなちゃんが喜ぶのは、楽しい戦いだ。憎みと怒り、悪感情を抱いた戦いはかなちゃんが一番嫌いな戦いなんだ。戦ってみてわかった。戦っているところを見ていて知った。

 かなちゃんにとっての戦いは殺し合いじゃない。単純な遊び。じゃれ合いでしかないんだ。


 だからかなちゃんは、操られているふりをして。それで、私とお兄ちゃんと一緒に遊びたかっただけなんだ。


「ねえ、邪魔。ねえ……デストロイヤー」

「グロオオオォォッ!」


 かなちゃんに宿る精霊が咆哮を上げる。そして、その身をかなちゃんから分離した。


「鬱陶しいから、相手しといて」

「おい! ふざけているのか! こんな眷属如きで!」

「……舐めてると死ぬよ」

「何を、っ!?」


 スーラが身を引くかなちゃんを追い立てようとすると、そこにデストロイヤーと呼ばれた精霊が割って入る。見るからに筋骨隆々で、武闘はっぽい見た目の精霊だけど何属性なんだろうか。炎を出してるし、まんま炎かな。それとも地と炎の二属性?

 どう見てもただの精霊ではない。上位精霊以上なのは間違いない。もしかすると、それ以上かも。


 それ以上だったとして、そんな精霊を宿すかなちゃんが改めて恐ろしく思えてきた。

 考えてみれば、当然と言えば当然だった。私が宿すのは聖気。聖なる気。これは精霊の力と準ずるそれがある。私の聖気に真っ向から張り合えほどの精霊の力だ。上級以上でないと、話にならない。

 

 だからだ。だから私はやばいと直感した。


「スーラ、逃げて!」

「なぜそのようなこと、をッ!?」


 あの精霊は強い。それも、かなちゃんと同じくらいには。

 でも違う。あの精霊は容赦をしない。加減なんて知らない。

 容赦なく、人を殺し得る。

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