決戦

 その身に纏うように精霊を宿したかなちゃんの口元に、いつも通りの可愛らしい笑みが一瞬浮かんだ。


「ん、行くよ」


 かなちゃんの姿が掻き消えるように移動する。

 背中に寒気が走る。肌に感じた殺意に反射的に体が動く。気付いた時には突き立てられた爪を剣で受け止め、のしかかる勢いに抗っていた。

 

 先程の感覚はリウスの気配察知。意識共有というスキルでリウスの得た情報を共有することでギリギリ反応できたが、実際に姿が見えない相手ですら余裕だったのに両手に痛みが走るまで私の目は錯覚し続けていた。

 いや、最初は見えていたからこそなのかもしれない。圧倒的な速度で翻弄するかなちゃんに、文字通り私は置いてかれていた。


 再び、かなちゃんが視界から消える。


「ヘイルッ!」


 直後、スーラの鋭い声が隣に届く。

 今度は肩に刺激が走る。すぐ隣、ヘイルの方だ。リウスの気配察知が私に危険を告げていた。


 視線をそちらに移す。ヘイルがいた。全神経を周囲に集中させ、隙の無い構えで杖を構えていた。

 それを見て一瞬気が緩んでしまったのがいけなかったのだろうか。直後、ヘイルの背後にかなちゃんが現れる。

 視界の端で、そのかなちゃんへと一直線に視線を向けるスーラがいた。スーラには、かなちゃんの動きが追えていたのだろうか。しかしその手はかなちゃんへは届かない。


「うしっ――《マテリアルレジスト》ッ!」

 

 ヘイルもまた並々ならぬ反応速度で振り返り、その杖より放った魔法で背後に壁を作り出す。かなちゃんの作る半透明な膜とは違い、青色に輝く分厚いそれは容易に破壊できそうもないとすぐにわかる。

 

 かなちゃんの爪が、その壁へと振り下ろされる。


「きゃっ!?」


 直後、ヘイルの悲鳴が響く。青い壁が砕かれ破片が飛び散る。その破片自体はヘイルに触れると同時に塵となって消えてしまったが壁が砕けたこと自体が驚きなのだったのだろう。思わずと言った様子で腕を眼前に出す。

 しかしかなちゃんの攻撃は止まらない。壁を砕いた勢いそのまま地面に一度足を付き、再び踏み込んでヘイルへと拳を振るう。


「このっ!」


 それでもヘイルは戦闘のプロ。牽制代わりにあげていた腕を振り払い、せめてもの抵抗を見せる。

 それに反応したのか、それとも予想していたのかかなちゃんは身を屈め僅かに勢いの落ちたものの蹴りをヘイルへと見舞った。


「くっ!」


 軽くヘイル体が宙に浮き、壁へと叩きつけられる。とっさに受け身を取ったようだけど、壁にひびが入りヘイルが口から血を吐いた。

 伸ばそうとした腕を引っ込め、続いて向けられたかなちゃんの視線に相対する。


 大丈夫。既にヘイルの元へはスーラが駆け寄りテトも向かった。気の合いそうな共闘相手になると思っていたヘイルがあっという間に脱落し、スーラとテトもヘイルの手当てにあたったことで戦力が落ちたことが気がかりではあるがここは立ち向かうしかない。

 次に吹き飛ばされるのは、私かもしれない。


「……本気みたいだね」

「全力」

「うん。こっちも全力で行くよ」


 手心を加えたつもりはない。それでもまだ気が引けていた自覚はある。

 人類の強大な敵を相手にしているつもりで、私はかなちゃんに挑むべきなのだろう。それくらいかなちゃんは強いし、考えてみれば獣王国で獣人であるかなちゃんと戦っているのだ。それこそお兄ちゃんが好きな魔王と勇者の決闘みたいな感じになってるんじゃないかな。

 だったら勇者の私は、世界の平和を脅かす魔王を倒さないといけないよね。


「リウス! ルナさん!」

「分かってる、支援はするさ」

「妾の力の限りを尽くそう。……かな嬢を止めるぞ」

「うん! みんなで行こう!」


 お兄ちゃんが言っていた。

 この国に何かがあって、困っているたくさんの人を助けるためにもその何かを見つけないといけないって。だから今かなちゃんを止めることは沢山の人を助けることに繋がるはず。そう思ったら、頑張れる。


 小さく息を吐き、剣を強く握り直す。


「《聖剣》ッ!」


 この剣に宿りし聖なる光は、あらゆる悪を断罪する。我に宿りし善なる心は、偽を破り哀を照らす。天より注ぐ栄光に代わって、私の剣は鉄槌を下す。


「《聖鋭の剣エクスカリバー》ッー!」


 私の剣が黄金の輝きを放つ。聖気が辺りに充満し、日差しの遮られていた場所でさえ光に満たされる。

 私の心の輝きは剣を通じて闇を掃う。

 勇者の力が、私に纏う。


「剣の勇者、クロ! この剣に宿る光の尽きない限り、正々堂々戦うよ!」

「……ん。かなが、相手してあげる」


 かなちゃんが王業に片手をこちらに伸ばし、挑発的に言ってくる。表情はいつものままだけど、そこに楽し気で、それでいて真面目な雰囲気を宿した顔でかなちゃんは一呼吸置いた後で、その手を降ろす。

 

 そして平坦な視線を解き、僅かに目尻を降ろしてこちらを見つめる。


 私が小首を傾げていると、かなちゃんは僅かに口を開いた。


「ありがと」

「……え?」


 消え行くような呟きの中に、かなちゃんの意思が確かに宿っていた。

 でも、それが何かを確かめる暇もなく、かなちゃんの一歩は動き出す。


「行く!」

「っ!? うん!」


 気になるけど、話は後にしよう。この戦いで勝てたなら、後でゆっくりお話しできるんだから!

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