遊びじゃない遊び

 かななの拳が俺の拳に突き刺さり、激しい痛みが腕を伝って伝播する。指の先から砕けるように錯覚しながらも、俺は拳に込めた力を緩めない。

 かなもまた、僅かに顔をしかめたからだ。


「俺の自慢の防御はどうだ? 簡単には壊れそうにないだろ」

「でも、そっちも痛そう」

「痛くないわけがない。本気が伝わって来るよ」


 俺の腕に損傷はない。肌を覆うように展開された無崩の幕はかなの攻撃を完全に吸収していた。逆に言えば直撃していないのに、無崩の幕も俺の肌に接しているわけではないのに。無崩の幕に伝わった振動が、空気越しでも打撃を見舞われたのかと思うくらいに強いということだ。

 実際に受けていたかと思うと生きた心地がしないが、それくらい全力じゃないと面白くない。俺は感じた。かなからの確かな殺意を。それだけ真剣で、それだけ楽しんでるということなんだろう。


「今まで遊んでやれなくて悪かったな。今日くらい、本気で付き合ってやる」

「ん、そのつもり」

「行くぞ!」

「ん!」


 いまだ痙攣する拳を引き戻し、剣を握る。かなは一気に距離を取り、俺の剣の間合いから外れる。


「逃がさない!」


 引き戻した腕を押し出し、剣を投擲する。属性剣術:氷を発動した剣は白い軌跡を辿ってかなへと一直線に突き進む。


「《暫剣の的》」


 それと同時に剣をもう一本作り出し、かなとの距離を詰める。暫剣の的でかなの急所はお見通し。それだけじゃない。暫剣の的は相手の隙を探し出す効果もある。この能力を頼りに、俺は剣をかなへと見舞う。

 まあ、結局隙なんてものは見つけられなかったが。


「《魔爪》」


 その一言が呟かれた時、目の前で剣が二本、粉々に砕かれた。


「そこ」


 それに感心している暇もなく、すぐさま黒光りする爪が今度は俺へと向けられる。


「やば」


 咄嗟に身を翻し、宙を蹴って距離を取る。迫る追撃を躱すべくさらに宙を蹴り、背が壁にぶつかった時点で転移を発動して部屋の中央へと飛び戻る。その転移先すらも読まれたのか待ち伏せされたかなの爪を、しかし《永貌の瞳》は確かに捉えていた。

 半歩間合いを躱し、作り出した剣でカウンターを見舞う。


「《剣王》ッ!」

「《闘気》」


 振るった剣は確かにかなを捉えたが、その肌は鋼鉄かのように俺の剣を弾き、打たれた勢いでかなは僅かに遠ざかる。追撃を仕掛けようにも一歩の踏み込みで相手の間合いに入ってしまう。近接戦闘はかなの方が得意分野であるからして、畳み掛けるのは見送ることにする。

 一旦距離を取り、氷の槍を宙に浮かせる。


「《アイシクルレイン》」


 かなの頭上に描かれた魔法陣から次々と氷の槍が降り注ぐ。かなの行動を制限しようと思ってはなったはいいものの、かなはその身のこなしと銀月を活用することで隙を見せないどころか素早い動きでこちらを翻弄しようとしている。

 思わず苦笑いが零れるが、次の手は用意してある。


「《千羅の腕》、《剣王》。魔法がダメなら!」


 宙に浮かせた無数の剣が自由自在に動き回り、剣王の力を伴って必殺の威力と技で以てかなへと襲い掛かる。一切の乱れがない舞いを披露する氷の剣の中を俺もステップを踏みながらかなへと向かう。


 ほんの数秒。入り乱れる剣の中を踏破した俺が剣を振るうその直前まで、かなは俺が作り出したすべての剣の位置を、挙動を確認しているようだった。そして俺が剣を振るい、コンマ数秒単位でディレイをかけて剣がかなを襲う。

 俺の攻撃は当然のように躱され、宙を舞う剣たちも破壊されるか躱されるか、はたまた軌道を逸らされて同士討ちさせられそのすべてが落とされる。かなにその類のスキルはないはずだったが、これがかなの実力か。


 そしてそんな剣たちを掻い潜られたのなら待っているのは反撃だ。俺はかなから一瞬たりとも視線を外さぬように剣を構え、攻撃を待つ。


 かなが、その爪を光らせた。


「《魔爪》」


 永貌の瞳は捉えた。俺が死ぬ光景を。


 刹那、斬撃は眼前に飛び出した。無崩の幕を張り、剣を構えて受け流そうと体は反射的に動いた。考える間もなく。それが正解だと疑う余地もなく。


 爪がすべてを切り裂いた。何かが砕けるような音がした後で、かなの小さな拳が、俺の体に突き刺さる。


「流石だな」

「……当然」


 一瞬交わしたその会話を最後に、俺の意識は背後の壁もろとも消し飛んだ。


「お兄ちゃあああぁぁぁん!」


 黒江の声が、響き渡る。

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