全力で

 かなを目の前に、剣を構える。


「かな、来い!」


 思わず漏れる笑みは何なのだろうか。絶対に楽しいような状況じゃない。遂に狂ったか、それとも純粋に馬鹿なのか。はたまた、この状況が楽しいと思ってしまうようになったのか。

 だってそうじゃないか。かなならきっと、笑うだろうから。


 俺と全力で戦うことを幾度となく望んだあの子だ。全身全霊をかけて、それでも殺し合うんじゃなくて。ただ単純に互いを高め、理解するために。拳で語る、なんて洒落た言葉じゃなくても通じ合える何かを探して。

 あの子は野生の本能だけで俺と語らいたいと、そう思っていたのだから。


 かなの拳が、眼前に迫る。それを剣の腹で受けてやれば、一瞬で氷の剣にひびが入る。欠片が飛び散り、魔力の増幅を感じる。

 一気に跳び退り、距離とを取る。刹那の後、爆発音が響く。

 

 かなはすかさず爆発を抜け武器を手放した俺の懐へと侵入する。拳を振り上げ、その鋭利な詰めを突き立てまいと飛び掛かり――


「させないよ」

「ナイスカバー」


 黒江の剣が割り込んだ。俺と入れ替わるように前に出た黒江はかなを押しのけ、かなの着地と同時に一歩を踏み込む。俺も新たな剣を作り出し、迂回して背後を取るように動く。一瞬にして板挟みの状況に追いやられたかなだがすぐさま方向転換し、俺の剣に一蹴り入れ、その勢いを使って一気にはねた。


「お兄ちゃん、やられ過ぎじゃない?」

「この剣、俺が知ってる中でも相当丈夫な部類なんだけどな」


 言いながら氷の破片になって崩れ落ちていく剣の持ち手を投げ捨てる。また破壊されるかもと思って魔力は仕込まないでおいたが案の定過ぎた。魔力節約のため、これからは魔力抜きでの製造に従事いたします、と。


「懲りないね、それ」

「最高品質だぞ、一応な」


 もう一本作り出し、構える。実際問題今の俺に作れる剣の限界はこの程度だ。一応最初に作ったやつと比べれば大分強力になっているが毎回相手が悪すぎる。前回よりも強くなったと思ったら敵が前回の数倍の強さになっているのだから仕方がない。

 特に、今回のかなはえげつない強さをしている。


 はっきり言って今まで戦ってきた何よりも、今のかなは強い。それももう圧倒的なほどに。

 確かにかなでは始祖竜やソルは倒せないだろう。けれどそれはお互い様の話。始祖竜では、ソルでは最早かなには勝てないのだ。それだけ力が拮抗している。いや、断言しよう。かなが始祖竜やソルを倒せないのは相性が悪いからだ。


 始祖竜とソル。俺が出会ってきた中で最強とも言える二体の魔獣は、どちらもその体に触れた者へと何らかの被害を与える能力を持っている。その上遠距離攻撃も使えて、機動力もある。肉弾戦を得意とするかなとは相性が悪いのだ。

 それでもきっと、かなには勝てない。かなのアイデンティティを潰してもなお、その基礎スペックでかなとの距離が開きすぎて応戦するのがやっとになる。


 もちろんこれらは憶測だ。始祖竜はともかくソルにはまだ俺たちに隠している力が、秘密があると俺は感じている。でもそれを込みでもソルがかなを圧倒できるかと問われたら、恐らく無理だ。


「最初は、ただ少し才能があるだけだと思っていた。俺のスキルが強くなりやすい、という力で強くなるたびにかなも強くなっていった。その距離は段々広がって行ったし、今じゃあお前と俺とにはとんでもない距離が開いている。いつからかお前が、かなが成長しすぎてた」


 かなを守る、なんて息巻いていた時期があった。一緒に戦う、なんて思っていた時もあった。それでも気付いてみればいつでも助けられるのは俺で、かなは一人で強敵をなぎ倒していった。かなが苦戦する姿を、最近全く見ていない。邪神にすら一瞬で蹴りをつけるのだ。その力はすでに神にすら及んでいる。


「何がそこまでかなを強くしたのか。どうしてかながそこまで強く成れたのかは分からない。だけど、こうやって対峙してみてわかった。お前の力は確かにお前が望み、手に入れた力なんだって。だから、俺は向き合うぞ」


 かながその拳を緩ませ、その場に静かに佇んだ。俺の言葉に耳を傾けるように、瞳を向けてきた。


「俺を守ると言ってくれたその力を俺に確かめさせてくれ。俺が一撃でも入れることが出来たのなら、守られてなんてやらないぞ」

「……」


 じっと見つめる。ただ一心に、俺のことだけを。そして小さく頷いた。 拳を握り、左足を引き。拳を眼前に構え、飛び掛かる準備万端の体勢で。

 かなは、その口を開いた。


「ん、分かった」


 そのまま、弧を描く。


「っ!? 来い!」

「行く」


 目で追えるギリギリの速度でかなの拳が目の前に迫る。身を躱し、軌道から退く。叩き込まれた追撃を剣で受け流し、蹴りすらもカバーする。流れるような連撃を断ち切る様にボロボロに飛び散る氷の破片をかなに向けて振りまいた。

 光がいりみだり、俺とかなの間に僅かな壁が生まれる。一瞬の読み合い。右か左か。上か下か、奥か手前か。かなの戦いをさんざん見てきたはずの俺でも明確な答えを見いだせずにいた。


 答えは、正面だった。


「そう来なくちゃな!」

「ん!」


 その全身を覆う体毛を銀色に輝かせ、かなは俺へと拳を向ける。俺も拳に魔力を集中し、無崩の幕を展開。全力を籠めた一撃は、全力と対峙した。

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